件の女子寮
「特警だ」
「「お疲れさまです」」
現場となっている女子寮を囲い込むように張られた規制線。
そのすぐ外側で警察関係者以外の侵入を防ぐ二人の警察官に、和人と綾瀬が特殊警察所属の証である刻印のなされた手帳とバッジをかざす。
「現場はこの先を真っ直ぐ行った所になります」
「ああ、知ってる」
「そ、そう…ですか」
「あは、無愛想でごめんね。うちの人ったらシャイなの」
「はい、片倉くん。ご所望の鉛弾だ。たんと味わえ」
「やっだ三村さんてば本気にしなーいでー」
有言実行。
言葉通りに発射された銃弾を綾瀬は風の能力を発現し弾道を変え退けた。
「お前、先入れよ」
「うえっ、何で!?」
和人も当たるとは思っていなかったのか、銃をホルスターへ入れると現場へと向かい出す。
歩きがてら最初に現場へ入る事を指示された綾瀬は当然に抗議。
犯人が潜伏しているともなれば突入に際し、一番危険性が高いのは先入者である。それ故必然的に細心の注意が必要となってしまう。
面倒くさがりの綾瀬が嫌がらない方がおかしい。
「弾一発無駄にした罰」
「何それー、異議ありっ異議あり!」
「異議を却下します」
「あーん酷いーめんどいーっ」
不平を訴える綾瀬に表情を動かすことなく和人の答えはズバリ完全否定。
綾瀬はちょっぴり泣きたくなった。
「…あれが特警、ですか。初めて見るけど若いんですね。どこのモデルかと思いましたよ」
「確かに若くてスタイルもいいね。エキセントリックだけど」
「そうですねー。発砲にはしびれました」
そんな和人と綾瀬の様子に警備についていた警察官二人は、和人と綾瀬が向かった方を眺めてのんきな会話を交わしていた。
人気がない場所を担当しているせいか、暇を持て余しているようだ。
「うおー吹いてるねー」
「吹いてるな。てかお前は飛んでくな」
現場となった寮に着き近づこうとした早々、突如吹き荒れてきた突風に綾瀬が飛ばされた。
和人は緩やかな風に髪がなびいている程度。
至って平然としている。
「これじゃ確かに近づけないね」
風の吹き荒れる圏外まで飛ばされ、着地した綾瀬は納得した面持ちで乱れた隊服を整えた。
寮の周辺には木々がなく芝が生い茂っている。
ただでさえ綾瀬を軽く吹き飛ばすほどの強い風に加え掴まるようなモノもない。
これでは能力者であってもこの風を相殺できるだけの風の能力を備えていなければ正攻法で近づくことは困難だ。
因みにここで言う正攻法とは主に正面突破を指すが、和人の場合は特例である為当てはまらない。
「いいから早く来い。置いてくぞ」
「えー、待って待って」
既に寮の玄関口まで着いた和人に綾瀬はのんびりした口調で返す。
そして、吹き付ける突風とは逆方向に必要最低限の威力を持つ風を起こし衝突させる。
力そのものは綾瀬が勝っている様である為、相殺等と手を抜かず圧倒的な力でもって消す事もできるが目的は寮へ入る事だ。同程度の威力さえあれば事足りる。むやみやたらに無駄な力を使う必要はない。
風が止んだところで綾瀬はすたこらと和人の元へ足早に向かった。
「三村さん、いきなりハードです」
玄関を開けての開口一番。綾瀬はぽたりと天井から滴る赤い水滴を指差す。
玄関のすぐ先は直結した比較的広いロビーとなっており、荒らされた形跡は特に見当たらない。
「上より下だろ」
「ありゃ、溜まってるね」
和人に促され綾瀬が下に目線を落とすと小さな赤い水溜まりが一つ。
赤い水滴はその中心辺りへ落ち、小さな音を立て溶け込んでいった。
「一階異常なーしっ」
「遺体がある時点で異常だろ」
「んもう、いけず!」
二手に別れ寮の一階層の現状及び安全の確認をし終えた和人と綾瀬は再びロビーで顔を合わせた。
本格的な捜査をしようにも鑑識が入れないことには始まらない。
今回の和人と綾瀬の目的はまず粗方の現状を把握し、鑑識その他捜査関係者に害が及ばないよう安全の確認。そして寮の外で起こる風の原因を特定し止める事。
初動捜査に移るための下準備のようなものだ。
「膨れるな。上行くぞ」
不機嫌そうに頬を膨らませた綾瀬に告げると和人は階段のある広いリビングへ入っていく。
ぷしゅっと口に含めた空気を吹き出して、綾瀬もまたリビングへと向かう。
リビングは天井までの吹き抜けがあり大きなシャンデリアが吊るされている。
匿名の電話主の通報通り寮生と思われる女性が三人、床にうつ伏せになり手を後頭部で組んだ状態で並んで横たわっていた。
その頭には各一発ずつ、銃弾が撃ち込まれ既に事切れている。
「確か寮生は八人だよね」
「事件前に抜けてなければな」
「実習とか?」
「ヒモのとこかも」
「何かリアリティーあってやだなー」
悠長な会話を交わしながら、和人と綾瀬は階段をつたい二階へ上がっていく。
通常の任務であれば情報課という優秀なツッコミが止めに入るが残念。今回は不在の為止む気配はない。
「あちゃぱ。ご愁傷さまだね。なーむー」
「滅多刺し。それに後頭部に一発。凶器は見当たらない、か」
二階へ上がった綾瀬は階段と直結している談話室のテーブルとソファ近くに横たわる四体の遺体を目にし軽く頭を下げて合掌。
和人は遺体の側へ寄り看ると、その周囲を見渡した。
付近には被害者の血が飛び散り花瓶等の備品が散乱しているが凶器らしきものは見当たらない。
二階は吹き抜けのリビングを挟んだ談話室の向かいにテラスがあり、左右に寮室が二つずつ隣り合わせにある。
もとより少人数を受け入れる寮なのか定員数八名にしては多少広めではあるが、構造は比較的シンプルで内装は華やかかつすっきりしている。
「なんかエスカレートしてるね」
「射手と他に仲間が居たのかもな」
「おっじゃあ一人私に頂戴」
「確実に生け捕れよ」
「やっぱいいや」
遺体は一階の遺体と同じように並び、床にうつ伏せている。しかし、一階のものとは違い頭部の銃傷以外に複数の刺傷がうなじから背中全体に看られた。その程度の違いは明らか。単にエスカレートしただけとも考えられるが、後頭部を撃った射手以外の第三者が手を加えたとも考えられる。
「ん?そういえば一人足りないね」
二階談話室の遺体は四体、一階には三体。
住んでいる寮生は八人。
吹き抜けからも見下ろせるリビングの遺体と談話室の遺体とを綾瀬が数え直してみるがやはり一人足りない。
「テラスだろ」
「どれどれ…あ、居った。玄関の血はあの子のだったんだね」
向かいのテラスに視線を送った綾瀬は手すりに寄りかかるようにして血塗れになっている最後の寮生を確認した。
テラスは玄関とロビーの丁度真上に位置している。
亀裂等から染み入ったにしろ、一階まで滴る程の出血ともなればその量は相当なものだろう。
青白く血の気をなくしたテラスの遺体に綾瀬は談話室の四体にしたように合掌した。
「綾瀬、」
「ん?なんだい私は忙しいのだよ」
「じゃあいいや」
「うっそ!?もっとネバって!」
「めんどい」
「かーずとー!」
綾瀬が少し挫けたとき、二階のどこかでカツン、と音がなった。
「…、…誰かな」
「確認すりゃ解る」
「確認、ってその前にどこから…ああ。これが言いたかったんだ」
聞こえるには聞こえたが、音は小さく発生源を特定するには不十分である。
それを伝えようとした綾瀬に和人は床についた不自然な下足痕を指で指し示した。
被害者の血を踏んだのだろう。下足痕はどれも赤黒く、談話室側左の寮室で途切れている。
「入ったきりだね」
「そうだな。つかお前今日注意力散漫しすぎじゃね?」
「だって和人居るし。頼りにしてる証拠さ」
「さいですか。で、お前先入る?」
「いやん怖ーい」
お前の方が怖ぇよ。
ちらりと綾瀬を盗み見て和人が敢えて声には出さず心の中でツッコむ。
当の綾瀬はヘラヘラと笑みながら肝心の台詞は棒読み。怖いと言うより単に先に入りたくない感じである。
事実入りたくないんだろうがな。と思いながら和人は軽く一息ついて足跡の向かった寮室を見据えた。
2008.5.3