俺様の片鱗

壁から天井まで白に統一された特殊警察関東本部正面玄関ホール。
隅々まで清掃の行き届いたホールには内部に設置された各課の人間や、清掃事業者その他様々な人間が往き来をしている。
忙しそうな者もいれば鼻唄を唄いながら大窓を拭いている清掃員、熟練したスマイルを武器に来訪者への対応をする受付嬢等個々の様子は、実に多種多様だ。
克が気を利かせ医大の駐車場に置いていった愛車を走らせ、本部に着いた和人はそんな賑わいをみせるホールを抜けて、少し奥まった通路の先にあるエレベータに乗った。
途中、和人に気付いた者に声をかけられたが当たり障りなく軽く応えてかわした。中には見知らない者もいたがそこは一社会人。普段好き勝手やってはいても挨拶くらいは出来るしその対応は手慣れたものだ。
勿論、女性に対してはさり気なく一定の距離を保つことは忘れない。


「現場で倒れたんだってね。刑務官の総部隊長が聞いて呆れるよ」

エレベータを降り、和人が自身の執務室で隊服に着替えて部屋を出ると一人の刑務官に話しかけられた。
振り向けば少しくすんだ色合いの黄に左右疎らに跳ねた髪が視界に映る。
少し目線を下げると和人より少し濃い青をした瞳の青年と目が合った。
幼げな顔立ちは童顔という言葉がうまく当てはまるだろう。
やんわりと目を細め、柔らかく笑みを作ったその表情は無駄に爽やかさを醸している。

「……えー、誰だ。あ、みなと?」

「誰だよそれっ!」

和人は基本的に人の名前をきちんと覚えない。
あまり聞かない苗字であれば尚更記憶に残りにくく、うろ覚えているだけでも奇跡である。

「水上、水上颯人だよ!」

「ああ、そういや居たな。そんなやつ」

「そ……っ!!」

あんまりな一言にショックを受ける颯人。和人は思い出せたことに満足気だ。
水上颯人。
刑務官部隊に所属する警察官であり、現場に出れないわりにAランク総合トップにいたりする健を凌ぐ素早さの持ち主である。実力主義の部隊ではAランクに位置し、接近戦を得意としているが遠近戦もこなせる万能タイプとその評価は高い。
またその外見から、毎年春に行われる本支部格付けアンケートでは愛で系及び王子様系ランキング男性部門で常に1位を獲得している。
しかしその性格はドS腹黒とあまりよろしくはない。

「それで、何しに来た?」

「……本部長に、あんたを見掛けたら本部長室に来るよう伝えてって言われたんだよ。でなければわざわざ声なんか掛けるわけないじゃないか。大体、僕はあんたを総部隊長として認めてないからね」

「ふーん、その話長くなる?今親父が危篤で忙しいんだよ」

「嘘!?」

「嘘」

「……っあんた、人を馬鹿にすることしかできないの?ていうか人を一体何だと思ってるんだよ」

信じかけてあっさり騙されたことに、颯人が不機嫌さを露にする。そんな颯人に和人は至って冷静に、そして然も当たり前であるかのように、

「愚問だな。俺以外の全ての生物は等しく馬鹿にされるために存在してる」

言い切った。


わおう、俺様キタッ


いっそ清々しいまでの発言に水上颯人、十九歳。
危うく人生初の現実逃避を図りかけた。

「ああもう本っ当質悪いね。克隊長を降ろしてあんたなんかを刑務官のトップに置いた本部長の気が知れないよ」

刑務官は本部の部隊長が一番上の地位に位置し、正式には刑務官部隊総(部)隊長という肩書きが与えられる。次点となる本部の副隊長は総副(部)隊長、支部はその下となり肩書き自体は(部)隊長・副(部)隊長と特に変わりない。
そして和人は総隊長に当てはまり、本部における隊長というだけでなく本支部合わせた全ての刑務官を束ねる立場にある。
実力もあり実績もあるのだから不思議ではないが、前総隊長であり当時相方でもあった克を抜き十四歳にして総隊長就任。今に至るその異例とも言える若さや性格等からそれをあまりよく思っていない者もいる。

「克はアレだろ。いつセクハラで訴えられるかわかんねえから」

確かに。

「いや、頷くなよ。少しくらいフォローしてやれ」

セクハラについては納得がいくのか、黙りこくって頷いた颯人に和人がつっこむ。それにはっとして颯人は勢いよく顔を上げ切り返す。

「っセ、セクハラの件はともかく!」

「フォローはしてやらないんだな」

「うるさいよっ実力も除けば克隊長の方がよっぽど相応しいじゃないか…!」

どうやら実力に関しても認めてはいるようだ。

「んなこと、俺に言われてもな」

和人の最もな一言に颯人が言葉に詰まる。
各部課の主要ポストは全て本支部長が割り当てている。総部隊長にしても就任を要請したのは浹であって、別段和人自身が希望したわけではないのだ。更に浹は客観的かつ公平に物事を見据え全ての判断を下す。
そこに個人の主観的な思考は介入しない。

颯人をからかうのは面白いしはっきりと自らの意見や主張等を言う性格も気に入ってる。ドSだが。
しかし、この話になるとそんな好感度より面倒くささが勝ってくる。

「第一、お前だって知ってるだろ。あいつに部下は殺せない。それが決定的な要因だ」

次第に冷めた目つきになり、告げられた和人の言葉に颯人は眉をひそめた。
刑務官の頂点に立つ総隊長はその立場から、もし刑務官が任務における一定の条件を満たした場合を除いて殺人等の犯罪を犯した場合に当該刑務官を最悪、処刑する役割をも担っている。
相手が刑務官ともなれば通常の任務よりその危険度は増すと考えられ、一瞬の躊躇が命取りとなりかねない。
克から和人への異例の引き継ぎはその危険性への考慮を多分に含んでいる。

「はっ…、…あの人は。あんたみたいに任務の為なら何の躊躇もなくかつての仲間を殺せるような冷血漢じゃないもんね」

今だかつてここまで切り込んだことなどないし、こんな事を言いたかったわけではない。
僅かに目を見開き驚いた様な和人の反応に、少し言い過ぎただろうか。と颯人は気まずそうに顔をそらした。
常日頃涼しげにして見せるこの男は、どう反応するのか。









「そうだな」










「俺は部下だろうと親しい人間だろうと、敵に回るなら容赦はしないし任務であれば躊躇なく殺れる。相手にどんな理由や想いがあるかなんて興味もない。ただ自分の為に動くだけだ」

颯人との間にある距離をしなやかな足取りで、和人が詰めていく。そこに先ほど迄の表情はない。

「他人がどうなろうと、どう思おうと、俺さえ良ければそれでいい」

間近まで近づくとゆっくりその長身をかがめ、自分よりも低い位置にある颯人の目線に合わせる。
すうっと片手を伸ばし、茫然とする颯人の頬と髪に触れると、そのまま軽く自分の方へその手を引き、


「だから、お前の知りたがってる事も教えてやらない」


颯人の耳元でそっと、囁いた。

「お前の髪やっぱ触り心地いいなー」

颯人の髪を撫でにっこりと、一変しふざけた台詞を口にする和人に、少し間を置き我に返った颯人は文句を言おうとしたが既に和人はエレベータの中。
いつの間に現れたのか。
和人の隣に綾瀬の姿を認識したと同時にエレベータの扉が閉まった。

「っ……、なんで。あんたなのさ……」

言って、颯人は下唇を噛む。
ぽつりと溢れた言葉は誰にも拾われることなく、静寂の中にとけていった。









「教えてあげればいいのに」

「元相方は奇跡的に組織が適合した結果、お前の心臓のドナーになりました。てか?」

エレベータを降り本部長室へ向かいながら和人が綾瀬に返す。
颯人は数年前、信頼を置いていた相方を政治家・警察官その他の人間を謀殺した殺人犯として当時刑務官総副隊長であり、総隊長であった克の代理として処理任務を請けた和人に殺されている。
さらに相方の罪が完全に発覚する直前、心臓の移植手術を受けなければならない程の重症を負った。幸いにも早期にドナーが見つかり一命を取り留めたものの、目覚めたのはその事件が片付いた後。
相方は埋葬され土の中だ。
法を冒そうと凶悪な殺人犯だろうと大切な存在であった相方の死について、その経緯を知りたくても意識を失っていた間の出来事等考えた所でわかる筈もない。
しかし、それならば聞けばいい。と、颯人は唯一の当事者である和人に相方について聞くも、死んだ事以外は涼しげにはぐらかすばかり。教えてくれようともしない。それを知る限られた者も和人に聞けと教える事はなかった。

颯人が和人に対し不平不満を言うようになったのはそれからだ。
また、克が総隊長の任を降りたのも。

「颯人は受け入れられるかもしれないが、被害者遺族はどうだろうな。情報なんて何処から漏れるか知れない」

「そだね。今更変に波風立っても困るし。にしてもなーんかめんどくさいなー」

「任務がか?仕事だ。諦めろ」

「ぶーぶぶーぶー!」

2007.10.10




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