女王様々

カツカツと響き渡るヒールの音。

「あーっもうお前等しつこい!なんでこんな時にいらん根性見せてんの!」

かつてこんなにも諦めの悪い連中にあったことがあるだろうか。直接的に任務の障害となる対象であれば標的以外であっても始末する事を認められてはいるのだが、克は標的ですら極力生かしたまま確保したいと殺す事に関して消極的なタイプである。
それ故に、油断はせずとも手加減に手加減をしているというのもあるのだが。
今時珍しいもんだと関心する反面、その根性を何故真っ当な方面に活かさないんだと頑張る小杉の部下を前に克が本日何度目になるかも知れない溜息を吐いた。その時。

「克!」

たわわに揺れる胸、雪のように白い肌にきらきらと輝く金髪をなびかせた麗しの相方こと春菜が駆け付けた。

「おおおナイスタイミングだ女王さま女神さま春菜さま!こいつら任せた!殺さないでくれなー!」

「はあ?あなた一体何様の……!あれは……、佳奈?」

手を振り踊り場から飛び降りた克越しに見えた人物に春菜は眉を寄せる。

「……ふうん、直也の狙いは綾瀬の足止めだったわけね。まあいいわ。ところで、坊や達。この私が相手してあげるんだから精々楽しませなさい」

倉庫を見下ろして腕に絡めた銀糸を春菜がヒュッと踊り場の床へ叩きつける。
半ば強制的ではあるが頼まれたからには仕方がない。わざわざ下に行って佳奈と戦うよりも断然楽だ。とあっさり割り切り春菜は手摺りを背ににっこりと振り返った。


「おじゃ〜まさんっと!」

「!」

踊り場から飛び降りた克はその勢いを利用し、佳奈へ刀を振り下ろす。対する佳奈もその気配に気付くと闇の能力で造った小刀で刄を受けとめるが、

「……っ…重い、」

衝撃に耐え切れず刀を受け流し後ろへ退き間合いを取った。

「いきなり斬り付けるなんて、酷いのね。おじさん」

「いやー悪い悪い。女性に武器を向けるのは主義に反するんだがなあ。こちらと、そう我儘を言ってる場合じゃないもんでね」

「ふふ、いいわ。別に」

克の返事に、佳奈は気分を害した風もなく愛想良く微笑む。

「目的は果たしたもの。今日のところは引いてあげる」

「おいおい、うちが担当してる殺人の容疑者を見逃すとでも思ってるのか?」

三年前の事件を境に起こっている女性殺人。内情を知る人間は佳奈が犯人であることを知っている。
しかし、何の物証もなければ容疑者である佳奈は姿を暗ましたまま行方知れず。
親しくしていたと思われる川口直也もまた、足取りがつかめなくなっていた。
結果的に捜査は難航。容疑者及び重要参考人等が公にされないまま、警視総監の判断により特例として捜査権が特警へと移転されている。

「ええ、そうせざるを得ないもの」

ぴちゃん、と水の滴る音。

「克っ……上よ!」

「うおっとぉ!」

途端頭上から襲ってきた一体を成し渦巻く水の塊を克が身を翻して回避する。

「おや、残念。外してしまいましたか」

「ダメじゃない、ちゃんと狙わなくちゃ」

「すみません。いまいち攻撃に関しては慣れていないもので」

仕掛けた攻撃をかわされ、佳奈に注意を受けた青年は申し訳なさそうに肩を竦めた。
長く黒い髪に整った優しげな顔立ち。綾瀬を一人置き去りにした優男、川口直也である。

「いいわ。帰りましょう」

佳奈が長い前髪を払うと深い闇が佳奈と直也の周囲に集まる。

「またね、かず」

愛しげに囁くと集まった闇が佳奈と直也を覆い尽くし、そして消えた。


「こんなあっさり逃げられるなんて、とんだ失態ね」

「あ、今グサッと来た」

刀を鞘に納め、浴びせられた言葉に克はわざとらしく萎れて見せた。
そんな克のリアクションに春菜は階段を降りながら鼻で笑って返す。

「可愛いからって鼻の下伸ばしてるからよ、ロリコン「Σ酷っ!」それより和人、大丈……っ和人!?」

克が間に割って入ってから、微動だにしない和人に春菜が視線を移すと和人がばったりと床に倒れこんだ。




「大丈夫、気絶してるだけだ」

「そう……ならいいけど」

倒れた和人に視線を向けながら、安心したように春菜が一息つく。

「まあ、寝不足って言ってたからなあ」

「そっち?」

佳奈との接触による精神的な負担じゃなくて?思って春菜は克を蹴飛ばした。
痛い!と克は床に転がるが春菜はシカト。インカムを情報課の通信と繋げた。

「真由、救護班を手配して。女性は抜きね」

「そんなさび抜きみたいな言い方しなくてもぶっ」

蹴られた痛みに寝転んだままの克の顔面に、春菜のブーツがめり込む。

「下僕風情が一々煩いのよ」

隊長クラスの刑務官による克の認識状況。
和人、春菜→下僕→克←変態←綾瀬。

『救護班手配完了しました!此方までは出てこれますか?』

「ええ、問題ないわ」

『それではお待ちしてますねー』

身悶える克は相変わらずシカトし、春菜は真由との通信を切った。

「ちょっと、いつまで遊んでる気?外に出るわよ。さっさと和人担ぎなさい」

「え、坂部忠芳はそっちで片したのか?」

中山伸也と野村裕美の死亡は確認しているし、小杉俊男は佳奈が立っていた付近に転がっている。
しかし坂部忠芳に関しては出会ってもいなければ何の報告も受けていない。

「さあ?どうかしら。綾瀬が片してるといいわね」

「希望か」

「仕方ないでしょう。携帯は圏外、インカムは壊したみたいで一切連絡が取れないんだから」

「マジか」

「マジよ」

綾瀬のクレイジーコンパスは周知の事実だ。
本人も認めるには至っていないものの、本部から自宅間以外まともに移動出来た試しがない事は認知せざるを得ない状況下ではある。

「大丈夫よ。方向音痴でも標的との遭遇率は昔から高かったもの。仮にも刑務官部隊総副隊長なわけだし、ね」

「それもそうだな。んじゃあ一旦引くとするか……あ、あいつら消してないよな?」

軽く伸びをしながら思い出したように克が階段の上、踊り場を指差す。

「少し遊んであげたら、大人しくなったわよ」

聞いてから克は踊り場の男達の現状を想像し、身震いした。
同時に彼らの行く末も按じた。

「にしても、春」

「何」

「今日の下着は白なんだぬべしっ」

克の顎を華麗に蹴り上げ春菜が腰に片手をあてがう。

「白じゃないわ。azureよ」




正すべきはそこですか。

2007.1.1




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