狂愛マリア

「大丈夫?」

和人を一直線に見つめ佳奈は僅かに首を右へ傾ると、何か思い当たる節があるように傾げた首を元に戻し和人の前にしゃがみこみ右手をそっと和人の頬へ伸ばす。

「まだ、あの日と決別出来ていないのね……それとも、受け入れきれていないのかしら?どうせ、あの子はもう長くなかったのに」

「佳奈…っ」

牽制するように、佳奈の伸ばした手を和人が勢い良く叩き払う。
瞬間佳奈が体勢を崩しかけたがゆっくりと体勢を整え不敵に微笑んだ。

「能力者、それも四大能力―闇の能力者だったのに、その力を認識してなかったんだものね」

四大能力―光、闇、時、重力の能力の総称。
数ある能力の中でも特異性が高く、同じ時間軸に該当する能力者が各能力につき一人しか存在しない。
又、威力や効果等も他の能力と比べ秀で未知数な部分が多い。
決定的な違いは各四大能力者にのみもたらされる特別な効用があるということである。
重力の能力は当該能力者の意志に関係なく能力による攻撃その他当該能力者に害ある効果を打ち消し、完全に無効化する。
その特質からか、四大能力の中でも特に珍しく重力の能力者は過去に一人、能力者の元祖とされる者と和人しかいない。
時の能力は消費能力の限界値がなく、オーバーロードという概念そのものが無いとされてはいるが検証しようもない為定かではない。
残る光と闇の能力は能力者自身を保護する為その能力自体が自我を持つことができ、当該能力者と精神のトレードをすることによって、その体を自由に扱い自己防衛を行なうことができる。
あくまでも自我の形成元は能力者の能力に基づく為、派生した自我は当該能力者と性格・趣向等の類似点が多い。
しかし、確認されている前例が光と闇を合わせても両手で足りる程である為明言は避けられている。
そして、光の自我は例え当該能力者とのバランスがとれなかったとしても何のデメリットはない。が、

「闇の能力は扱えるだけの素養があったとしても、能力そのものの自我との調和がとれなければ次第に体が不具合を生じて死に到る」

「…っるせぇ」

「それも、一度生じればその体に闇の能力が宿っている限り、例え光の治癒力をもってしても治らない」

「五月蝿ぇ、黙れっ」

言いたいことも聞きたいこともあるし、これ以上の発言を力ずくでも止めてやりたいのに、どれを実行するにも身体が意のままにならない。
そのもどかしさと憤りに辛うじて和人が佳奈を睨みつけるが。

「ふふっ怒らないで。貴方が気付いたときにはもう、手遅れだったんだものね。ただ一緒にいる以外もうどうしようもなかった。だから、貴方は何も悪くない。気負いすることなんてないのよ」

嬉しげな表情をした佳奈は話を続けながら再び和人へ片手を伸ばすと、優しく頬に触れる。

「だって、一緒にいてくれるだけで幸せだったんだもの。ねぇ、かず」






    か  ず






「お前……誰、だ」

飛鳥以外に、もうそう呼ぶ者も呼べる者もいる筈のない呼び方。何より佳奈は和人のことを常に和人、と呼び慕っていた。
その呼称を口にすることはほぼありえない。

「ひどい、忘れちゃったの?……なぁーんてね。私は、まつりだよ。って言っても、本来の主人格の方は眠っちゃってるから能力から形成された自我の方だけど。だから、会ったのはあの日以来だね。ああ、でも、かずを好きなことは、変わらないよ」


にっこりと、今までとは全く違う無邪気とも見れる笑顔を佳奈−まつりは浮かべると、

「闇の力は光と違って能力者にかかるリスクが大きいのは知ってるよね。でも、リスクばっかりじゃ割りに合わないでしょ?だから、生き延びる為に他人の精神を乗っ取って、その躯を奪い取ることができるんだよ」

最も、四大能力ともなれば当該能力者と同等又はそれ以上の素質を備えてなければならず、そう都合よく見つかるものではない。
のだが。
なんの因果か佳奈にはその素質が備わっており、能力そのものである闇の自我はその素質を見抜いていた。
しかし、いくら自我があるとはいえ能力は能力。能力者との疎通も取れず表だってその力を行使することはできない。

「能力者が心から切望しない限りは、ね」

未だ明らかにされてはいなかった闇の能力について言葉を紡いでいく。

「あの子も自分の体の異変には気付いてたし、かずと離れたくなんかなかった。だからこそ、生への微かな執着が強くなって私を引き出した。後は簡単。新しい媒体の精神を少しずつ浸食していけばいいだけ。その準備が整ったのが三年前のあの日。折角だから邪魔だった女共も殺しちゃった。あ、でも佳奈ちゃんはかずの妹だからね、本来なら消しちゃうんだけど眠らせるだけにしてあるよ」

「心、臓は…、あいつの心臓は何の為に盗って行った?」

鮮やかな赤で彩られたまつりの死体。その胸元には穴が空き、何故か心臓が抜かれていた。
和人が三年余り、独自に探し続けているものだ。

「私が私であるために、だよ」

所詮闇の能力は能力者がいて初めて自我を形成することができる。相反する光の能力もまた然り。能力者が死ねば、当該能力者より形成された自我も同時に消滅する。他人の体を奪い取るにもそうなれば奪うどころかこの世界に存在すること自体ができない。
だが、闇の力はその力をもって能力の実質的な宿り木であり生命の元である心臓をその活動・機能をそのままに体から引き離すことで完全な“死”から免れることができる特質を有していた。
その特質から、どうしても鼓動を維持したままで心臓を取り出し、所持していなければならない。
肉体が事実上の死を遂げたとしても心臓が生き続けることで当該能力者の精神を生かし形成された自我を保つことができるのである。
あくまでも、四大能力を受け入れられるだけの素質を持つ媒体が傍にいることが前提となることは変わらないのだが。

「あの子の精神も今はまだ眠っているけどじきに目覚めるよ。だからね、
その時の為にも、私の為にも、かずが欲しいの」

「佳…っ!」

覆いかぶさるように身体ごと近づいてきた佳奈を和人は咄嗟に制止しようとしたが、首筋を噛まれたことで言葉は喉の奥に押し戻された。
噛まれた痛みに苦痛の声がもれる。
噛み付かれた跡をねっとりと舐めあげられると、舌の湿った生温かい感触にぞくぞくとした感覚が背筋を走った。

2007.1.1




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