兄妹の対面

いい加減疲れてきたんだが。

僅かばかりの息切れを感じながら愚痴りたい気持ちを克は辛うじて押さえ込んだ。
目の前を走る男は麻薬の売人で殺人者であり、任務の標的−小杉俊男である。
後ろからは何人いるのか知れない標的の部下が追ってきている。
隣にいるのは和人だが。
同じ速度で同じ距離だけ走っているのに然して疲れた様子もない。


「何だよ」

克の視線に気付き、和人が怪訝そうな顔を見せる。

「いや、若いっていいなあと思って。おいちゃんなんか疲れてへとへとだよ」

「そうか、それは可哀想だな……」

「えっなにその拳銃!?」

どこか悲哀を含んだ口調の和人の手元を見ればなんとその手には拳銃が一丁。
銃口は明らかに克を向いている。

「これか?これはお前を一瞬で疲労から解放してくれる優れ物さ。二度と疲れることもなくなって万々歳」

「どこが万々歳!?俺明らかにお陀仏じゃん!」

「安心しろ。苦しまないよう即死させてやる。希望があれば焼死くらいまでなら叶えられるぞ」

「いやっいやっこのこどこのこ!?真顔で怖いこと言ってるんですけど!」

「やっぱ焼くならミディアムだよな。ウェルダンの方が好みか?」

「訊かないで!おいちゃんまだ死にたくない!っていうかそれ中山の持ってたやつじゃない!?」

「ピンポン、大正解。自分の使ったら即行足つくからな。弾勿体ねぇし」

だからといって押収した武器を使ってはいけません。

「まあ、正解を賞して今回は見送ってやるよ。追いかけっこももう終わるしな」

「おっマジ?た、助かったあ……っておおいっ!」

視線を小杉へ戻した矢先の小杉の行動に克が驚きの声をあげる。
前を走る小杉が長い通路を抜けた先、踊り場から、階段には目もくれず一直線に踊り場の手すりを跨ぎ飛び降りたのだ。
慌てて克が手すりに駆け寄るが、直ぐにかっくり頭を垂らした。

「あいつ、能力者か」

打って変わって悠長に歩きながら、和人が呟く。
後ろにいた部下達はついてこれなかったのか、一人も見当たらない。

「そうみたい。あー、焦って損した。それで、次はかくれんぼか?」

踊り場から床までそれなりの高さがあるにも関わらず、軽やかに着地をした小杉は慌ただしく踊り場から死角になる場所へ隠れてしまった。
踊り場の下は倉庫に使われていたのか、使い古された大きな木製の箱や木材、ドラム缶等が散乱しており、かくれんぼにはなんとも最適な場所である。

「和人、お前かくれんぼ得意?」

「炙り出しなら」

「……、…」

「……、…」

「……よし、じゃあ小杉は頼んだ」

「? 了解。へますんなよ」

「まかせといて社長」

かくれんぼで炙り出し?
何かの比喩か、言葉のままなのか。どちらにしろつっこみたい気持ちでいっぱいだったが、自分が可愛いので克は心に留めておいた。
和人の育ての親は実質的に飛鳥である。
一般教養は全て浹がみていたが、武器の扱いから戦闘訓練、かくれんぼその他の遊びまですべて飛鳥直伝。もしくは独学。
一度つっこんだら次から次へとつっこむべき点が湧いて出そうだ。
激的な体力の消耗は避けられないだろう。
何より今はそんな暇がない。

「居たぞ!」

二つ返事で踊り場から飛び降りた和人を見送っていた克の背後から、追い付いてきた標的の部下の一人が大きな声を上げた。

「よっ、タイミングいいな。大分疲れてるみたいだが大丈夫か?」

「う、うるせぇ!誰のせいだと思ってんだ!」

「小杉」


いやーうん。
そうですね。


「……、…ばっ、ちっげぇよ!お前らが止まらねぇからだろ!!」

「いやいや、小杉が逃げなければ俺達だってわざわざこんなとこまで走らなかったさ。HaHaHaHa」

「っ…うあああなんだこいつム、ムカつく!くそっ殺っちまえ!」

のらりくらりと言ってかわす克の態度に、頑張っていた部下の一人が逆ギレよろしく怒鳴り散らして克へ発砲する。

「気性が荒いなあ。まあ、痛い目みたいならかかっといで。連れのイケた兄ちゃんと違って、おいちゃん優しいからな。最悪病院送りで済ましてやるぞ」

扱いに馴れていないのか、自身の左横を抜けていった弾丸を横目で見送り、克は面前の部下一同へにっこり人のよさそうな笑顔を向けた。




和人が倉庫へ降りると、かたんと、音が鳴った。
音自体は小さなものだったが、聞き漏らすほど甘くはない。

「ひっ…!」

音のした方向へ和人が発砲すると、小杉が情けない声を漏らして尻餅をつく。和人と目が合うとまた悲鳴じみた声を上げて急いで身を隠した。


「…、…上に残った方がよかったな」

情けない。
情けないったら情けない。会って間もない相手だが、小杉の行動と言ったら逃げては隠れてまた逃げるだけ。
ねちねちといたぶるのが好きな綾瀬辺りなら喜びそうなタイプであるが、生憎、和人はその手の趣向を持ち合わせていなかった。
なぶるのが嫌いなわけではないが好きなわけでもない。
上から聞こえてくる派手な騒音を聞き流して、和人は小杉の処理を引き受けたことをちょっぴり後悔した。


「ひっひ……死にたくない、捕まりたくない…!そ、そうだ……、」

一方、倉庫の片隅へ逃げ込んだ小杉はガタガタと震える体を縮ませて、携帯していた小型の拳銃を取り出した。

「ああ、あいつも皆、こ、殺せばいいんだっ」

小刻みに震える手に拳銃を握り込むと、照準を和人に合わせる。そして、引き金に指を添えた。


「止めておいた方がいいわよ。あの人には銃も、能力も効かないもの」

直後、かけられた声に小杉は顔をひきつらせて、拳銃を握る手はそのままに後ろに振り向く。

「き、君…か……」

声の主に見覚えのある相手だと察して小杉は緊張を解いた。


かたん、と、もう一度小さく音が鳴った。

後ろ、か。
そう確信を得て音源を辿り振り向いた和人は目を見開いて、後退った。




低い呻き声と共に数人の男が床へ倒れこむ。

「無鉄砲なのもいいが、ちゃんと相手は選ぶべきだぞー」

立ち上がらない男達をしげしげと眺め克がその場にしゃがみ込む。
余裕のある声に比例したように息も整い衣服には汚れも乱れもない。

「しっかし後から後からよくもまあ、わき出てくるな。うちのイケメンは何して……」

踊り場の出入口から近づいてくる気配に気を配りながら克はゆっくりと下を覗き込むと、勢い良く手すりに手を掛ける。

「おいおい、何であの子がいるんだよ……っと」

意外そうに呟くと克はナイフを構え飛びかかってきた男を交わし、男の手からナイフを叩き落した。呻く男には構わず拾われぬよう、ナイフを足で払い除ける。
男を失神させ出入口に振り向くと、遊んでる場合じゃなくなったんだがと項を掻いた。




和人の前に現れたのは和人によく似た漆黒の髪をした女だった。小さく笑みを浮かべたその表情はいくばくか幼さが残っており、実年齢より少し若く見える。


「……、佳奈…」

「こうして、直接逢うのは三年ぶりね。そうだ、先に、これ。捜し物でしょう?」

至極嬉しそうに笑みを深めると、女−三村佳奈は後ろ手に掴んでいたモノを足元へ放った。ぐちゃりと床に落ちたそれは。無惨な肉塊へと変わり果てた小杉だった。
それを楽しそうに眺めると和人へ視線を戻しながら、言葉を紡いでいく。

「ずっとね、すぐにでも逢いに来たかったのよ。けど、いつも片倉綾瀬が近くにいるし……夜は疲れていそうだから何だか躊躇われるし。かといって特警の情報はセキュリティが頑丈すぎて外部からは引き出せない」

佳奈と一定の距離を保ったまま和人はその場を動けずにいた。
大きく見開かれた瞳はそのままに、佳奈をとらえた視線が逸らせない。

「それに、貴方に近づくごみの処理もあったし……中々機会がなければ、つくることも難しいんだもの」

尚も続く言葉は右から左へゆっくりと流れていく。
息をするのも忘れ、和人は無意識に必死で手にした銃を握りしめた。
力を込められた手はカタカタと震えている。
まるで直に脳に轟くかのように心臓の鼓動がドクドクと脈打っていく。

「今回だって、こいつらを利用して特警を動かしたまではいいものの、片倉綾瀬と二人での任務か港での遂行になってたら見送るしかなかった。逢えて、嬉しいわ」

佳奈が一層、深く、妖艶な笑みを称える。

「……っ」

立ちくらみからフラりと後ろへ傾いた後、和人は床へ片膝を折った。

「和人っ!?くそっ、フラッシュバックか……!」

小杉の部下をあしらいながら、目端で和人の様子を伺っていた克が舌打ちをする。
そんなに捕まりたくないのかはたまた意地を張って自棄になってるだけなのか、尚も頑張る小杉の部下。
もう関節外して強制リタイアさせようか。と克は倉庫と部下達を交互に見て首を捻った。


肩で息をする和人の視界に淡い粉雪が映る。













『どうして?』


まるで雪に染まった白の世界を浸食するように、流れ拡がった血に染められた雪の中に佳奈とまつりは居た。


『……魔、だからよ』


鮮やかに赤い雪の上に立つ佳奈とは対照的に、まつりは身を横たえ、なおも血を流し続けていた。
ゆっくりと、時間の流れに合わせるように赤は拡がっていく。




『どの女も』


『みんな、』

『邪魔 だからよ』




『どんな形、どんな内面でも私が心奪われる限り貴方は永遠に欲しいって欲求の対象なの。忘れないで』


『誰にも 渡さない』


脳内に三年前のあの惨劇がフラッシュバックした。

2007.1.1




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