待ち伏せ

「なんか随分と殺気立ってますね」

穏やかな陽射しが眠気を誘う午後。
無造作に生い茂る草木に囲まれた廃屋、今回の標的が指揮する密輸グループのアジトに潜入した克は間抜けた表情で両手を上げた。
潜入した部屋には黒服の男達が三人。
推測する必要もなく、標的の部下だ。
待ち受けていたのか用意周到にもゴツい銃を構え持ち、克を囲うようにして立っている。

「刑務官ともあろう方が、無様ですね」

どうしたものか。と克が頭を掻いていると黒服の男達の背後にあるドアから、真新しい紺色のスーツに身を包んだ一人の男が現れた。
克の記憶が正しければ標的の一人だ。

「そりゃどーも。お前…、中山伸也だな。大人しく捕まる気はないか?」

「はっ…この状況下でよくそんな台詞が出ますね」

相手は四人。克は一人。
しかも丸腰ときている。
足元に強要され外した武器がある、とはいえ銃を突き付けられた状態で無闇に動けばたちまち蜂の巣だ。
圧倒的不利であることは民間人でも一目でわかる。

「職業病みたいなもんさ。犯罪者を前にするとつい聞きたくなる」

「そうですか…、では殺す前に答えて差し上げましょう。捕まる気はありません。邪魔者は排除して組織に戻ります」

そんな状況にも関わらず平然としている克に、些か警戒心を持ちながら中山が質問への答えを示す。
それを聞いて、そうか。と克は残念そうに小さくため息をつく。
それは中山の最期を意味していた。

「もういいでしょう…、殺りなさ…っ」

指示を出そうとした中山は言い終える代わりに、開いた口から大量の血を吐き出した。
何が起こったのか分からないまま、じわじわと増す痛みに胸元を見れば細長い刃物が突き刺さっている。
非常に鋭利な刀だ。
次第に痙攣し始める躰をかろうじて動かして中山が振り向こうとすると刺さった刀が引き抜かれ、瞬く間に中山の首が斬り落とされた。
続いて、刀の矛先は驚きに唖然とする黒服の男達へ向き器用にも手にした銃だけを真っ二つにした。

「流石刑務官最強。仕事が早い」

無防備になった黒服の男達を携帯している催眠スプレーで眠らせ縛り上げながら克が一連の刀の持ち主である和人を称賛する。
当の和人は適当に生返事を返し、付着した血を拭い刀を鞘に納めると中山の死体から銃その他所持していた凶器を抜き取った。

「しっかし、待ち受けられてるなんて俺たちの行動ダダモレだな」

「ああ、帰ったらもぐら探しの必要がありそうだ」

特殊警察の情報に係るデータは機密など情報の重要性に関わらず、幾重ものセキュリティシステムにより厳重に保護されている。
どんなに腕の良いハッカーでも外部から情報を引き出すことは不可能に近い。
情報が漏洩するとしたら内通者−もぐらが潜んでいると考える方が妥当だ。

「んー、何にしろ少し急ぐか」

「そうだな。とっとと帰って寝てぇし」

「えっそう来る?普通逃げられたら大変とか言わない?残業コース一直線だぞ?」

どこまでの情報が流れているかは定かではないが、当初の予定通り正龍会からの船を使って逃げる可能性は低い。
がしかし、日本国内であれ逃がしてしまってはまた見つけ出し確保に赴く手間が増え終わるまで帰れない。
そして現在遂行中の任務は本日最後の任務である。
よって、取り逃がす=残業という単純かつ明解な算式が成り立つ。

「残業は下僕……他人に任せる主義だ。精々頑張れよ」

「俺か……!ていうか下僕っ今下僕って言った!?言ったよな!?」

「……かわいそうに、遂に幻聴が聞こえるようになったのか……。手遅れになる前におんさんに診てもらえよ」

「ちょっ俺はまだまだ正常だ!現役d「自分のことわかってるつ・も・り。なだけのやつってよくそう言うよな」うおおおおそうかも!じゃない!認めるな、認めたら敗けだぞ、おr「自己暗示かけてる時点でぜんぜんダメかも」ノン!」


勝者、和人。
克は心がポキリと折れた。


「うう、おいちゃんもう若者気分でいられないかも」

「すでに適齢期すぎてるしな」

「追い討ち!ってそこ、合掌はしなくていい!ていうかかわいそうな人を見る目で見ないで!」

目は口ほどに物を言う。
和人の憐憫の眼差しが克の心に突き刺さった。


「……、ところで」

「ん?」

「お前まだ探してるのか?」

突拍子もなくかけられた質問に、和人が顔をしかめる。
予想通り動揺したのを看て取って、克は一呼吸置いて続けた。

「もう三年以上になるだろ。第一…、」

「うるせぇ。アレは俺のものだ。何年経とうと諦める予定もつもりもない。部外者が口出しすんじゃねぇ」

「わかった、わかった。もう何も言わない。だからそれをおろせ」

突き付けられた銃が下ろされるのを見て、克は胸を撫でる。
地雷とは分かってはいた。
が、ここまでするか。
思いながら克は顎に手を当てて、

「春が諦めるわけだ。一途過ぎるってのも考えもんだなあ」

苦笑した。









信じられないというように茫然と見開いた男の眼に、鈍く光る銀糸が映る。
血の気を無くしたその顔は酷く青ざめ、自らの意思で動くこともままならない。
男は初めて見る惨状に一目散にその場から逃げ出したくとも体がすくんで動けずにいるのだ。
落とした視線の先に、手や足、首その他様々な身体の部位がバラバラになって転がっている。
それも一人分どころではない。
顔と判別出来るものだけでも十程はあり、それが共に目の前に居る侵入者を追っていた仲間達の成れの果てだと直ぐ理解した。

「入り口で転けるなんて、運が良いわね」

落ち着いた声に顔を上げた男は息を呑んだ。
さっきまで自分達が追っていた侵入者が男を見下ろしていたのである。
真っ白なロングコートに身を包んだ二人組の女。
春菜と綾瀬だ。

「どうする?殺す?殺す?」

「標的でもなければ戦意も無いみたいだし、放っておきなさい」

風を切るような小さな音を立て、春菜は部屋中に張り巡らせた銀糸を手元に戻した。
男が助かったのは軌跡にも近い。
春菜の張った罠に掛かる寸前で足が縺れてすっ転んだのだ。
鈍くさい男だがそれで助かったのだから笑うに笑えない。

「ちぇっ命拾いしたね、お間抜けさん」

靴底を浸すくん、と、鼻をくすぐる赤く鉄臭い液体を踏みつけて、綾瀬は床に座り込んだままの男に近づく。
そしてにっこりと笑みを浮かべて額を突っついた。

『片倉隊長、金子隊長』

「おや、真由ちゃん。どしたの?」

『三村隊長と荒井隊長が中山を始末したそうです』

「あら、そう。こっちも一人、片付けられそうよ」

インカムを通しての真由からの報せに短く応え、春菜は綾瀬と男の居る出入口とは反対の出入口の方へ微笑を落とした。
カツカツと近づいてくる足音はヒール、女のものだろう。
春菜の勘が正しければ恐らく標的――野村裕美。

「綾瀬、貴女先に行ってなさい。道案内だけなら、そこの腰抜けで十分でしょう」

「えーっ、…まあいいか。じゃ、先行く。BYE-BYE」

「うえっ!?」

勢い良く首根っこを捕まれ男が声を上げる。
男を気遣う気はないのか、そのまま男を引きずようにして綾瀬はヒールの音とは反対の方向へと姿を消した。


「驚いた、刑務官にも女性がいるのねぇ…私は野村裕美って言うの。刑務官さん、貴女は?」

足音の人物、標的四人のうちの一人、野村裕美は明瞭簡潔な自己紹介をして小首をかしげた。

「…貴女に与えられる権限は一つ、私の質問に答えることだけよ。犯罪者風情が気安く話しかけないで。汚らわしい」

決然と回答を拒否され野村の表情がみるみる歪んでいく。
なんて高慢な口振り。

「私の大嫌いなタイプだわ」

「結構よ。他人にどう思われようと私の知るところじゃないわ。で、捕まる気は?」

「ないわ」

「あら、そう」

「でも、殺る気ならあるわよ。十二分にね!」

細い眉をつり上げ、野村が隠し持っていた銃を構え引き金を引く。
少ない動作で春菜が銃弾を避けると、突然雄々しい地響きが起こりそれに連動して大地が床を突き破り幾つもの土の壁を作り上げた。
春菜を囲うようにそびえた壁は動く間を与えることなく寄せ集まり、春菜の居た場所を中心とした一帯を埋め尽くした。

「凄いでしょう?思い通りに土を操れるのよ、私。…、ごめんなさい。もう聞こえないわよねぇ」

衝突により砕けた壁の残骸を眺め野村が高笑う。
ああ、そういえば、
もう一人いたな。
思い当たって野村は部屋を後にしようと歩き出した。

「次はもっと素直な子だといいんだけど…、」

「それは残念ね。次はないわ」

「!?」

応える筈のない声にぎょっとする。
空気が歪み、ぞわりと鳥肌が立ったかと思うと野村が振り返る頃には、積み重なった圧倒的な質量が全て消失していた。

「ごめんなさい、驚かせたみたいね」

属性は違うけど、私も能力者なの。
驚き固まっている野村の表情を覗いて春菜はにんまりと嗤った。




「相変わらず凄惨な仕事よね」

静まり返った室内を見渡して春菜は自嘲気味にくちびるを歪めた。
辺りは前に惨殺した黒服の男達の血や身体の部位が飛散しさながら地獄絵図のようだ。
野村裕美はというと死んではいるものの、他の死体とは異なり頭以外の部位が跡形もなく消失していた。

「さて、綾瀬はどこへ行ったかしら」

綾瀬の進んだ方向へ振り向き、春菜は凄惨な室内を後にした。

2007.1.1




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