最強チーム結成
「揃ったみたいだね」
春菜の後に続いて部屋に入れば丁度電話を終えた浹が和人達を迎えた。
所用で出掛けているのか、いつもなら居る筈の健の姿はない。
それに気付いて、入室して早々ぴりあは浹のもとへ駆け寄る。
そしてうざを出したかと思えば床へ腹這いに敷き、その上に座った。
一見粗末な扱いを受けているように見えるが、当のうざをは頬を朱に染め大変幸せそうにしている。
その様子に、いつにも増してキモいわね。等と率直な感想を述べた春菜に場に居合わせた誰もが頷いた。
正確には主であるぴりあと浹を除いて。
「揃った、て…おいおい、まさか俺達四人で同じ任務に就くのか?」
「もちろん、そのつもりで呼んだんだよ」
デスクに置かれた調書を丁寧に四つに別けながら、浹が克に視線を向け続ける。
「標的自体は数が多いだけで大したことはないけど…少し厄介な組織に所属してるうえ、明日には国に帰ってしまうみたいで、ね」
「…所属組織は国外のか。それで、失敗だけは御免被りたいと」
肯定を示すように苦笑し頷く浹に、克は眉尻を下げて小さく肩を竦めた。
「国外、国外。なんて組織?」
「何して手配されたんだ?」
「それはこちらでご説明しまーす」
綾瀬と和人に浹が返答する前に再び入口の扉が開かれる。
入室の断りを入れ、入ってきたのは須藤真由と槇尾鈴希。課内で特に実績のある情報課のコンビだ。
「居場所は特定できた?」
「はいもうばっちりと。現場に何名か疎らに張り込みさせているので、動きがあれば直ぐに連絡が入りますよ」
「後々、こちらの管轄外の容疑者については従来通り警視庁その他各省庁の方に情報提供しましたのでご報告申し上げまーす!」
「うん、わざわざありがとう」
「ああんそんなっ、仕事ですし浹塚部長の為とあらばどんな苦労もいとわず…!」
「あら、あなた初めて見る顔ね。新人?」
浹からの労りの言葉に始まりを予見させた真由の弾丸トークが、春菜のこの一言で急停止する。
その理由は。
「あ、はい。槇尾鈴希です。よろしくお願いします、金子隊長」
「こちらこそ。真由と組めるなんて有能なのね」
向けられた先が共に仕事をこなしている鈴希だからと、
「あー!金子隊長!私のパートナーなんですから、毒牙に掛けちゃだめですよー!支部にいっちゃったらどうするんです!」
春菜と知り合った警察官がその後、春菜目当てに支部への異動を希望するという呆れた事例が少なからずあるからだ。
別段、春菜が意図しているわけではないだけに質が悪い。
「別に話すくらいいいじゃない。大体、異動は本人の意思によるものだし私のせいじゃないわ。それに、情報課は収入もイマイチだしその手に関しての興味はないわよ」
「うう…確かに…美人って羨ましいっじゃなくて、そんなこと言って、何人もの男の人に色々貢がせてるじゃないですかっ」
「強制はしてないわ。くれるって言うから厚意と一緒に受け取ってるだけ。それに、汚い金で買ったものは受け取ってないわよ」
「んもう!そういう問題じゃないですってばー!」
「……で、任務の詳細と標的の所属組織は?」
周囲を置き去りに始まった論点ずれまくりな掛け合い。
そこに挟まれた冷静な声に春菜と真由が振り返る。
見ればソファに腰掛け悠長に茶を啜っている和人の姿があった。
更に周囲を見渡せば朗らかに名刺を交換し合う鈴希と克。
和人の横でどこから出してきたのかみたらし団子を食べる綾瀬。
ぴりあはうざを見捨て浹の膝の上に腰を落ち着けて、浹と話をしている。
そして、ぴりあにフラれ床に力なく伏したうざをからは絶望に満ちた腐敗オーラが漂っていた。
「あぁああぁぁああ!すすすすすみませんすみませんっ!たたたっただいまご報告致します!!三村隊長っ今日もおおお美しくいらぶふうっ」
「んまっままままゆちゃーんっしっかり!」
状況を直ぐ様把握し、慌てふためいた真由の絶叫ともとれる声と鈴希の叫び声が本部全域に木霊した。
本部長室の床には大量の赤い液体が滴り落ちた。
とにもかくにも何だかんだで落ち着き、真由と鈴希が自分達の持ってきた調書と浹が先ほど四つに分けていた鑑識課からの調書をそれぞれに手渡す。
「今回の標的は小杉俊男、中山伸也、野村裕美、坂部忠芳の計四名。一度に多種類のドラッグ使用、乱用による急性中毒殺人事件の容疑者です。属している組織は台湾の幇(マフィア)“正龍会/チェンロンフェイ”。といっても末端の密輸グループの構成員ですが」
「うっわ。大きいのが出てきたね。でもしたっぱか」
「はい、したっぱです。けど、部下は無駄に多いみたいですよ」
ぽつりと呟いた綾瀬の言葉に鈴希が頷きながら答える。
正龍会とは台湾で特に力のある黒社会組織の一つだ。
しかし、末端となればその組織の大老(大ボス)どころか重要度の高い幹部の顔も、又、名前すら知らされない。
正にしたっぱ的ポジションである。
「ちょっと、正龍会が薬を扱ってるなんて初耳よ。大老は薬嫌いじゃなかったの?」
「どうやら正龍会にも黙って密輸の際、密売の為の麻薬も運んでいたみたいですよ。って金子隊長、大老が薬嫌いなんてよく知ってますね。お知り合いなんですか?」
「まあね。無駄な詮索はいいから続けて」
まあね。ってえ、そんな一言で片付けられるの?と詮索打ちきりを余儀無くされた真由は思ったが何か怖いので心の中だけに留めておくことにした。
「えっと…四人の所在ですが、現在は疎らに動いていますが本日十四時。アジトにしている芝浦の廃屋にて全員が顔を合わせるようです。後は夜まで身を潜めてお迎えの船を待つみたいですが…廃屋と出国前に港、どっちで片付けます?」
廃屋となると必然的に屋内で任務を遂行することになる。
屋内となると標的の居場所が疎らである可能性が高く、又、使用出来る武器も能力も屋外に比べ大幅に制限されてしまう。
武器等に関しては建造物破壊が目的ではない為、当たり前といえば当たり前であるのだが。
屋外に比べ効率が悪くなる事は免れない。
「港」
「港」
「廃屋」
「港」
「廃屋」
「「「「ん?」」」」
口々に自分達の希望を出した和人ら刑務官の四人は互いに目を見交わす。
声が一人分、多かった。
ちらりとその声を辿れば、
「仕事は早い段階で片付けようね」
浹の穏やかな微笑みがあった。
「それじゃあ、私たちはこれで。新しい情報でも収集しながら現場で待ってますね」
「失礼します」
軽く礼をして真由と鈴希が退室する。
「十四時まであと三時間もあるけど。私達は好きに動いていいのかしら?」
「任務に支障をきたさなければ構わないよ」
「一人は俺と動いてもらうが、な」
浹の応じる声に思いがけなく間髪入れず放たれた声。
それに連動して扉が開らく音が聞こえ、反射的に室内にいた全員が振り向く。
視線が捕えたのは赤黒い髪にどこか含んだ笑みを称えた背の高い男だ。
「あれ、引き受けてくれるの?」
「連中にはウチの舞妓が一人、世話になったからな」
可能なら直々にくびり殺してやりたいくらいだ。
軽い足音を立て、男が室内へ足を踏み入れる。
浮かべた爽やかな笑みとは対照的に物騒な言葉を付け足して。
「わー、飛鳥ちゃんじゃんじゃん。昨日ぶり」
「ああ、昨日ぶり。今日も可愛いな、お前は」
飛鳥と呼ばれたその男は嬉々と近づいてきた綾瀬を軽く抱き留める。
男の名前は二条飛鳥といい、和人の睡眠不足の原因を作った張本人である。
快闊だが冷静で聡明な男だ。
「何か欲しいものがあったら言えよ。金で買えるものならなんでもやるぞ」
「あははじゃあ今度カステラ送って」
「なんだ、そんなものでいいのか。帰京次第手配してやる、一年分」
「多っ」
しかし、大変子煩悩でもあったりする。
幼少の頃から面倒を見ていたことから綾瀬への態度は誰よりも甘く、まるで親馬鹿のようだ。
「かず、お前は?」
「別に、今はこれといってねえよ」
「そうか。しかし、あーやにやってお前に何もやらないとなると俺の気が収まらんな…、そうだ。庭にプールを建設してやる」
「悪い、今の無し。ディーグルスの腕時計が欲しい」
※ディーグルス
世界に名だたる有名ブランドの一つ。
安くて使い勝手がいい商品を売りにしている。
「なんだ。二人揃って欲のない」
どうやら綾瀬同様、和人にも甘いようだ。
「飛鳥…、お前。羨ま「しがってんじゃないわよ。大人気ない」はーるー」
未だ綾瀬を抱き寄せたままの状態の飛鳥を羨望する克を春菜が一喝する。
「お前らも相変わらずだな。ハル、お前また一段と綺麗になったんじゃないか?」
「あら、ありがとう。でも誉め言葉としては3点ね。私が綺麗なんて今さらよ」
「はは、手厳しいな」
当たり前と言い切る春菜に肩を落とす飛鳥の表情はどこか楽し気で、返答を半ば予測していた様だ。
「それで、さっきのはどういう意味?」
その様子が気に入らなかったのか、春菜が不機嫌そうに眉を寄せる。
元々、飛鳥のことを好ましく思っていないというのもあるのだが。
半ば投げやり気味な口調に飛鳥は苦笑をもらし綾瀬に絡めた手をほどいた。
「今日、正龍会の大老に会いに行く。その際の護衛に一人借りたいのさ」
「大老に?」
「そう、大老に」
不思議そうに小首を傾げた綾瀬の髪を飛鳥が優しく撫でる。
「君達が失敗するとは思っていないけど、それが絶対という保証はないからね」
「保険、てやつか」
国外に逃げられれば、国外にいる限り日本の警察組織だけの手には負えなくなる。
しかし、それは逃亡の経路を絶ってしまえばいいだけの話だ。
逃亡の手引きをする人間は帰属する組織の構成員であることは間違いない。
幸いなことに飛鳥は元防衛省の上層部の人間であり顔が広く、大老との繋がりもある。
その上、正龍会は麻薬密売など大老の主義に反した者を組織の面汚しとして処分するのだが、その方法は状況により区々である。
麻薬密売の絡む今件に関しては交渉次第で船の停止・身柄の引き渡し等の協力を仰ぐことが可能なのだ。
「で、俺としてはハルを指「却下」早っ」
話を進めた飛鳥は、麗しいばかりの微笑と共に即座に指名をはね除けられた。
春菜はガードが固かった。
「じゃあかず、付き合え」
「何で俺」
「ハルにはフラれたし、可愛いあーやを危険な場所に連れていけないし、克は見映えが悪い。となるとお前以外残ってないだろ。大事とはいえ腕も見映えも特級品だしな」
消去法かよ。
堂々と貶された克は、酷いなあ。と特に気にした様子はない。基本的におおらかな性格であるようだ。
「行き来にはぴりあを連れていって良いから、両方とも十四時前には返してね」
「ああ、ちゃんと返してやる」
柔らかな声に送った視線の先に、ぺこりと丁寧にお辞儀をして見せるぴりあを見て相変わらず和む主従だ。
と、思いながら飛鳥はくつりとひとつ、喉を鳴らした。
2007.1.1