女王様登場

大きな硝子窓でその半面をぐるりと囲われている高層ビルの最上階。
綺麗に磨かれた大硝子からは一目瞭然といえる程に、外の様子がよく見渡せる。
曇り一つない大硝子のサイドにあしらわれたステンドグラスは深い青や緑の色を帯び、淡く清廉された光を落としていた。

「失礼しまーす」

−カチャリ。
軽い音を立て扉が開く。
凛とした足取りで部屋へ入ってきたのは二人の男女。
一人は亜麻色の髪を分けず全て後ろへすきあげ、不精髭を生やした長身の男。
もう一人は均整のとれた顔立ちに引けをとらない抜群のスタイル。そして、白い肌に煌めく錦糸の髪をさらさらと揺らす女。

「いらっしゃい。早速だけど、本部長様がお呼びよ。直ぐに本部へ発ってちょうだい」

待っていたように微笑を浮かべながら、部屋の主は予め机の上に用意していた書類の束を二人の訪問者へ渡し告げた。




【狂愛マリア】




「入るわよ」

軽いノックの後。
入室を断るでもなく断言し、西川蓮音は本部長室へ入った。
部屋の主である浹は特に気にした素振りも見せず、やわらかく笑みながら迎える。
今日も今日とて穏やかだ。
その隣で、悠長に茶をすすっていた健は予期していなかったのか不意打ちの来室者に慌てた様子で茶の準備を始める。
浹とは対照的に、今日も今日とて随分と慌ただしい。

「どうだった?」

「どうもこうも、気分のいいものじゃないわ」

小さな溜め息を落として蓮音は手にした書類の束を浹へ差し出す。
そんな蓮音の態度に浹は少し困ったように笑みながら書類を受け取った。
その動作を追うように、
ことり。と小さく音を立てて健が淹れたての珈琲を蓮音へ出す。

「すいません。今、丁度紅茶切らしちゃったみたいで」

「お構い無く。私、珈琲も好きだもの」

ありがとう。
濃い珈琲の香ばしい香りに蓮音はにこりと笑む。
つられるように健も、どういたしまして。と笑った。

「そうそう、別に鑑識を依頼された飯塚理紗の件だけど。おんさんからも調書が届いたわよ」

「どうぞ、話して」

渡された資料に目を通しながら浹が先を促す。
短い言葉だが普段より微かに低く感じられる声に、
浹もまた、資料の内容が気に入らなかったのだろうか。
と、なにともなく思って蓮音は肩を落として珈琲カップを机に置いた。

「胸部から腹部にかける服の一部、それに傷口からも解析不能なエネルギー物質が微量だけれど検出されたわ」

「それって……致命傷を負わせたのは能力者ってことっすか?」

告げると同時に健がきょとんと目を開き首を傾げた。
健が能力者、と言うのも。
能力を使用しての殺人や器物の破損に係る傷・破損等の損傷部からは、常に同質とみられる謎のエネルギー物質が検出されているからだ。

「犯人がわからない以上、断定はできないけど。可能性は高いわね。まあ、推測される凶器の大きさからみても普通の人間に犯行は不可能でしょうけど」

「はあ……、あれ?でも、もし能力者だったら一体誰がやったんですかね」

確か隊長方もぴりあも今回は殺す前に気が済んだと手を下していないはずだ。
和人達が理紗を片して警察が入るまで約十分。
更に、現場となった理紗の家の周囲は警察が囲っていた。
僅か十分程度で現場へ侵入して理紗に致命傷を与え、その場を去れるような人物など健が知る限り和人、綾瀬、ぴりあを除き関東には浹と佐和くらいだ。


「……、佳奈」

「え?」

「三村佳奈なら、犯行も可能だし動機もある」

三村佳奈。和人の実妹であり、約三年前、和人の恋人を殺害し行方を暗ませながら尚、和人に言い寄る輩を惨殺している殺戮者だ。
意外。
とまではいかないものの、和人と佳奈との間に起こった事件を知る人間は滅多に口に出したがらない名前に健は小首を傾げる。

「でも、和人隊長との接触は手を触れ合った程度っすよ?」

「それで十分なんだよ。彼女にとっては、ね」

何時の間に資料を読み終えたのか、疑問符を浮かべる健に浹はいつもと変わらぬ優しい面持ちで答える。
真意は計りかねるが、生まれた頃から佳奈の成長を見てきたらしい浹にとって、佳奈の狂行には複雑な思いがあるのは確かだろう。
この時。浹が一体何歳であるのかを疑問に思う者は健を始め、もはや本部にはいなかった。

「うーん。女の人って、よくわかんないっすね」

どうにも腑に落ちないとばかりに健がぼやく。

「あら、そこらの女より。目の前の上司の方がよっぽどわからないわよ」

直後、突然扉の向こうから声が聞こえた。

「うげっ……!」

開け放たれた扉より現われたセミロングの髪と共に揺れる豊満な胸を思わず健が凝視する。
が、聞き覚えのある声と見覚えのある顔に反射的に苦い顔をした。

「何よ、その反応。この私を前に失礼なガキね」

「す、すみません……!」

尊大な態度で自身を見下ろす来訪者に、健は慌てて頭を下げた。

「久しぶりだね、春菜。今着いたのかい?」

「ええ、これでも急いで来てあげたのよ」

長い睫に、高い鼻、控えめで落ち着いた緋色に彩られた薄い唇はなんとも色っぽい。
全体的にバランスがよく整った顔はあまりの綺麗さにどこか彫刻のような、作り物のようにも見える。
そんな人並み外れた美貌を持った来訪者は金子春菜と言い。
刑務官部隊NO.4の座を不動のものとする実力者であり、特殊警察一の美女でもある。
健とは打って変わって、にこにこと春菜は浹に笑いかけた。
そして、同じく部屋に居た蓮音に気が付くと久ぶり、と互いに顔を綻ばせる。
鋭い表情で睨み付けられた健は難を逃れほっとするのも束の間、あっ。と小さく声をあげ珈琲を淹れに部長室の奥へと姿を消した。
どうやら雑用が板に付いているようだ。

「それじゃあ、私はこれで。また何か見つけたら報告するわ」

「うん、よろしく」

「今度ゆっくり話でもしましょうね」

掛けられた言葉にええ、と軽く応え、蓮音はコツコツとヒールを軽快に鳴らしながら本部長室を後にした。

「ところで、克は?」

「さあ?鼻の下伸ばして若いこの尻でも追っかけ回してるんじゃない?」

共に任務をこなす相方のことであるにも関わらず、春菜はまるで興味がないかのように片手を上下に軽く振った。

「それより、わざわざ私達を呼び寄せるなんて。どんな任務なの?」

「詳細は情報課からの報告を待ってからになるけど……、そうだね。特別難しいものではないよ」

「ならいいわ。……ところで、今夜は空いてる?」

デスクを境に浹の前に立ち、春菜はその端正な顔を眺める。

「いや、先約がある」

「あら、残念。恋人?」

「うん。明後日休みが取れたからね」

腕を組ながら詮索をかけた春菜に、微かな笑みをこぼして浹が相槌を打つ。

「ふうん?デートの打ち合せってわけ。ねぇ、今度紹介なさいよ」

「構わないけど……。どうして?」

「だって無欲恬淡、難攻不落。お偉いさんの令嬢にも見向きもしなかったあなたを落としたのよ?興味がないわけないじゃない」

端から見れば仲の良い上司と部下のプライベートな会話を繰り広げ始める浹と春菜。
そんな二人の恋話(?)に、珈琲を入れるべくお湯を沸かしていた健は扉を境にどうしたら自然に割って入れるだろうかと頭を悩ませていた。

2007.1.1




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