どっちもどっち
コンクリートに前のめりに伏したうざをを知ってか知らずか。
ぴりあは依然、和人にくっついて離れない。
「いつまでこうしてる気だ?」
言いながら和人はぴりあの左頬をつまむ。
さすが。見た目が幼いだけあって程よい弾力性と柔らかさを保っており、そのつまみ心地はいい。
否、そんな分析はどうでもよく。
ぴりあがくっついているせいでうまく身動きが取れず、不便で仕様がない。
「うざをが起きたら、乗り換え、ます」
落としたのお前じゃん。
てか何だ、その言い方。
「よかったねー、うざを。ご指名だよ」
綾瀬の呼び掛けに、待ってましたとばかりに長い耳をぴんと立てうざをが勢い良く起き上がる。
目指す先は無論ぴりあ。
駆け寄るのはいいのか、今度は何も言われる事は無く悲願の到達を果たした。
「よっし、役者も揃ったことだし後は頼んだぞ。…ところで三村」
「あ?」
捜査条件が揃ってしまった以上、だらけていても現状は変わらない。
仕方なしにマガジンへ弾を詰め下準備をしていた和人が佐山の方へ振り向く。
「お前確か女性恐怖症だよな?」
「医者が言うにはな」
「小さい子なら大丈夫なのか?」
訝しげに、けれど真剣な眼差しを向けられ和人はわざとらしく大きなため息を落とした。
「ぴりあは女じゃねえよ」
直に名前をあげられたぴりあは聞こえてはいなかったのか、物珍しそうに玄関前から理紗の家を観察している。
予想にもしなかった一言に、佐山からは壮大な驚きの声があがった。
最も、佐山が驚くのも無理はない。当のぴりあは紺のマフラーに黒いキャミ。
下はひらひらとしたチェックミニスカートにニーハイブーツとはた目からみればどうあがいても女の子にしか見えない。
頭上で結い垂れなびく長い髪が更にその認識を高めさせる。
「佐山さんうっさい」
「をうっ!?」
耳障りだとばかりに綾瀬が手近にいたうざをを片腕でぶん投げる。
うざをがもろに腹へ直撃した佐山は腹部を押さえその場にしゃがみ込んだ。
「や、だって女の子だと信じて疑わなかったってのに男だって!少しくらい驚いてもいいだろう!」
「少しの度が過ぎてるよ。ていうかぴりあちゃん、男の子でもないし」
「はい?」
佐山は続く以外な言葉に間の抜けた表情を見せる。
「中性なんだと。生れ付きだったか?」
「うん。おもしろいよね」
軽く笑って流す和人と綾瀬。
一人取り残された佐山は呆気にとられて首を捻った。
「てっかさー、ぴりあちゃんいるなら私等いらなくない?」
「一人で十分事足りるしな」
突入に際して一通りの準備が終えた頃、綾瀬と和人がぽつりと呟いた。
理紗がどれだけ厄介な相手なのか調書から知り得た情報ではよくわからないが。
ぴりあの力は和人も綾瀬も重々承知している。
人は見掛けによらないとはよく云ったものだがぴりあは正にそれだった。
難のことはない。
小さい。子供だ。
等と甘く見たが最期。
ものの数分でグロテスクな死骸へと転身していった標的を何人も見ている。
「…、…ぴりあ。今日は一課とお二人の仲介役なので単独では行動できないの、です」
うざをを抱き抱えながら申し訳なさそうにぴりあが答える。
うざをの頭部にはばってん印の大きな絆創膏がその存在を主張していた。
「おーまーえーらー、いい加減往生際が悪いぞ!まあ、確かに面倒なのはわかる。わかるがこちらと松田に畑中やら一課の三割がここで行方を暗ましてるんだ」
「!」
「さすがにこれ以上「ちょっちょちょっ和人!何いつまでも渋ってんの、人命がかかってるかもしんないんだよ。早く片しに行こうじゃない!」おお!片倉!わかってくれたのか!」
佐山の言い分を遮り、突如綾瀬がやる気をだした。
滅多に聞くことなどできないであろう正義感に溢れた台詞もつけて。
そんな綾瀬に、まだ一握りの良心が残っていたのだと佐山は感動する。
一方。その傍ら。
「……おい、ぴりあ」
「……はい、です」
「……救急車、呼べ」
「……至急、手配します」
「あは。バラしてインド洋に沈めんぞ、てめえら」
和人とぴりあは神妙な面持ちで、現状を受けとめ切れずにいた。
「なるほど、犬。ね」
「いえっす。畑中さんちの柴犬、ちょうかわいいんだって」
畑中が行方を暗ます直前。
ペットである柴犬を見せてくれと約束を取り付けていた綾瀬は、約定日以前である現在に畑中に殉職されては困るらしい。
畑中が現場から戻らなくなってから今日で二日目。
まだ生きているという可能性も低いなれど捨てきれはしない。
それならば、早急に容疑者を確保して生存または死亡を確認したいそうだ。
極力、死体と化しているのは勘弁願いたいが。
蓋を開ければ、犬。基、かわいいものに目が無い綾瀬らしい解答に和人は乾いた笑いを浮かべる。
「だからさ。三人でちゃっちゃと片そうよ」
「あー、うん。健闘を祈る」
「かーずーとー!」
依然、やる気がみられない和人の肩を綾瀬が揺する。
「…、あの。伝え忘れていたのですが、今回。相手が能力者の可能性が非常に高いため、定時間外手当以外に警視庁から成果に見合った額の特別賞与が頂け「おい、何もたもたしてんだ。早く行くぞ」…え、あ。はい、です?」
特別賞与という単語に一変。
すっ、と綾瀬をかわし、さっさと玄関に向かう和人にぴりあは思わず気の抜けた返事を返す。
「……、和人ってさ」
「何」
「結構、現金だよね」
「ほっとけ。今月水道光熱費払い忘れてたうえ車検あんだよ」
「あちゃ、ありがちな支出事情だね。庶民的。つまんない」
だからほっとけ。
何を期待していたのか。
悪怯れもせず放たれる綾瀬本意な駄目だしに、和人は胸の内で心根をリピートした。
2006.11.11