46歳気張る

「酷いもんだ」

くたびれたトレンチコートを着た刑事が苦い顔をして髭の生えた顎に手を当てる。
嫌でも目につくのは無惨な女性の遺体と血の臭い。
何者かに殺された女性の体には鋭利な刃物による刺傷がいくつも看られた。
生前につけられたものから死後つけられたものまで少なくとも十ヶ所以上はあるだろう。
路地には傷口から流れ出た血が広がり、独特の異臭が鼻についてまわる。

「佐山さん、」

部下らしい刑事がトレンチコートの刑事の元へ駆け寄り
そっと耳打ちをすると、軽く頭を下げて周辺の聞き込みへ向かった。

内容は至って簡素なもので
被害者の女性の自宅から新たに男性の遺体が発見されたらしい。
身元はこの女性の夫とみられ、頭や喉元等を何かに貫かれ倒れていた。
凶器は見当たらないものの、傷口から葉のようなものが出てくる等不可解な点が多数看られるそうだ。
恐らく同一犯による犯行だとは思うが、二つ目の遺体が佐山はどうも気になった。
長年培ってきた勘が正しければ…、


「…こりゃ、俺たちの手には負えないかもなあ」

誰に言うでもなく呟いて、佐山は頭を悩ませた。




【力の代償】




「身元も居場所も特定済み」

「目撃者の証言もほぼ全員一致」

「その上裏付けとなる物的証拠も収集済み。なのに未だ逮捕に至らず、あまつさえ確保のため現場に足を踏み入れた捜査官は全員仲良く行方不明」

「ねえねえ、三村さん。一ついいかな」

「手短にどうぞ。片倉さん」

「そんな現場になんで私等はいるのかな」


時は夕刻。
いつになく鮮やかに紅く彩られた空は遠く、不吉な色を帯びている。
強い西日を浴びながら三村和人と片倉綾瀬は一見、何の変哲もない二階建の家の門前に立っていた。

「知るか。そこの誘拐犯にでも聞け」

言うや否や、和人は意識的にその現場が視界に入らないよう少し離れた場所で部下と話をしている佐山誠へ視線を移した。
確かに、外見そのものはそこらにはこびるチンピラのようだ。
本日最後の任務を終えた和人と綾瀬を強引に車へ引き込み現場に連れてきた張本人でもある。
しかし、それでも佐山は一応警視庁・刑事部捜査第一課を仕切る課長であって間違っても誘拐犯などではない事を此処に記しておこうと思う。(佐山戦記より)
そして、視線に気付いた佐山は何を思ったのか。
和人と綾瀬に向かって爽やかなウインクを連発し始める。
そんな佐山に、何か無性に腹が立つ。と綾瀬は飲みかけのグレープジュース(500ml)を見事なまでに華麗なフォームで投げ付けた。


「で、粗方予想は付くが一応聞いといてやる。こんなとこに連れてきて一体何の用だ」

「よくぞきいてくれた。実は「うっわ佐山さんべたべた。近寄んないで」片倉!誰のせいでジュースまみれになったと思ってんの!?」

先に投げ付けられたグレープジュースをもろに被った佐山は話を切り出そうとした矢先、横から聞こえた非難の声に大げさな仕草で抗議した。

「お前だろ」

「佐山さんでしょ」

しかし、何の説明もなく連れてきたお前が悪いとばかりにあっさりした和人と綾瀬のダブルパンチに、取り敢えず頭を下げる事になった。

「と、とにかく。話を戻すぞ」

「あ、いいよいいよ」

「俺らもう帰るから」

「何言ってんの!それじゃ何のためにジュースまみれになったのかわかんないじゃない!いや、本当待ってお願い後生だから!つーかそれ俺の車だけん!」

お疲れさん。と労いの言葉を残し何時の間に鍵を掠め取ったのか佐山の愛車で去ろうとする和人と綾瀬。
このまま特殊警察きっての最強コンビを逃してなるものかっ!ついでに愛車乗ってかないでと口のみならず目でも訴えかけながら佐山は二人に縋り付く。
その様は必死そのもの。
これぞ懇願といえるであろう正に手本のようだった。




「被疑者は飯塚理紗、12歳。両親殺人の容疑で既に上から逮捕状も出てる。事件直後行方を暗ましていたんだが家宅捜査が済んだ後戻ってきたらしくてなあ。今は立て籠る形でここに在宅してるってわけだ」

「何だ、まだガキじゃねえか。早く捕まえちまえよ使えねぇな」

「三村!それが出来ないから困ってんの!」

「お子さま一人捕まえられないなんて。最近警視庁の人達、無能ぶりが目立ってきたね」

「片倉!警視庁の人間目の前になんてこと言ってんの!」

「そうだぞ。お前率直すぎんだよ。いくら本当のことでももう少しオブラートに包み込め」

「違うから!そこ注意するとこ違うから!何なんだもうこいつら人の話くらい静かに聞けよ!!」

何とか引き止めに成功をしたものの話をあっという間にそらされ貶された佐山は涙ながらに癇癪を起こす。
だが、

ぱこんっ

「佐山さんうっさい」

大声をあげた佐山を手渡された資料を丸め軽く叩く事によって綾瀬が制した。
我に返ったものの癇癪の原因を考えるとこの仕打ちは少しばかり酷い気がする。
というか酷い。
理不尽だ。
思いながら佐山は心の中で涙した。

「大体このガキ、まだ指名手配されてないだろ。管轄外となると本部長の許可がない限り協力はできねえぞ」

そんな二人のやり取りには目もくれず、和人は手にした資料を佐山へと放り投げた。
和人や綾瀬の勤める特殊警察は様々な職種の枠組みのうち、警察というカテゴリーに属している。
しかし警察庁とは別の機関として独立している為、特殊警察に勤務する警察官が長である本部長の了承なしに警視庁の捜査へ介入することは原則として認められていないのだ。

「許可ならちゃんととっておいたぞ。疑い深いお前等のために、本部長殿の秘蔵っ子も拝借してな」

「「秘蔵っ子?」」

和人の言葉に、抜かりはない。と誇らしげに胸を叩いた佐山はパチンッと指で軽快な音を鳴らした。
その音を合図に一人の部下が一台のパトカーのドアを開く。
おそらく秘蔵っ子というのはぴりあのことだろう。
佐山の発言から直ぐ様そう予想を立てたものの、


「……、うざを?」

「うん。うざをだね」

ぴょこん。と開けられたドアから身を乗り出してきたのは常に本部長である浹に寄り添うぴりあの人形、うざをだけ。
さらにうざをの主であるぴりあが出てくる気配は一向になく、
ドアを開けた警官は人形が勝手に動くという突然のサプライズに目を見開いて静止する。
佐山はあれ?と呟くと小さく首を傾げ、
和人と綾瀬もまた、ぴりあの行方に疑問符を浮かべた。
そんな周囲を尻目にうざをは数時間ぶりの外気に空へ向かって腕を広げ、大きく背伸びをした。


「っ…!?」

この状況をどうしたものか。
背伸びに続いてストレッチを始めたうざを眺めながらどうでもよさ気に思考を巡らせていた最中、唐突に腰へ腕を回され和人が驚きついでに視線を落とせば、


「…、ぴりあ?」

「うん。ぴりあちゃんだね」

車内から忽然と姿を暗ました。と、思われるぴりあがぺったりくっついていた。

「佐山さーん、浹部長から借りてきたのってコレ?」

「んんん…?おお!それそっあべしっ!!!」

綾瀬の声に振り向き、
ぴりあの姿を目にした佐山が満面の笑みで駆け寄ろうと左足を一歩踏み出したその時、何かが佐山を弾き飛ばした。

「さっ、さささ佐山課長ぉおお!!」

舞い上がる佐山誠、46歳。
前触れもなく上司に降り掛かった厄災に成すすべはなく。鈍い音と共に無機質なコンクリートへ落下した佐山の姿に、部下の悲痛な叫びがより赤みを増した空へと、ただ、こだました。

「あいたたた…っ、一体何だってんだ」

「…アレ。に弾かれたみたいです、ね」

「アレ、ぇえ!?」

部下に支えられ見上げた先には未だぺったり和人にくっついているぴりあ目がけ、空高く飛び上がったうざをの姿。
そのフォームは人形とは思えぬ程実に美しく、どこにそんな跳躍力が秘められているのか。また一つ、うざをの謎を浮上させた。

「……うざを。うざい、です」

一寸の狂いもない正確な軌道・放物線を描き、空中より少しずつその距離を縮め近づいてくるうざをに気付いたぴりあは、眉間に眉を寄せながら無情な一言を放った。
その声に、精神的大ダメージを負ったうざをが現在地点にぴたりと一瞬静止した後、垂直に落下する。
佐山とは対照的にぱふんと軽い音を立て地に付した姿は哀れそのもの。
見ていた捜査官数名の涙を誘うに値するものだった。

2006.11.11




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