本部への帰還
荒れ果て消し飛んだ美術館とは打って変わり、各所隅々まで整備の為された本部へと帰還した和人と綾瀬は武装を解除し本部長室へ向かった。
そして、閉ざされたドアを開き、
「「代休くれ(ちょうだい)」」
部屋にいるであろう上司こと浹に、声を揃えて今日分の代休を要求した。
「あ、お疲れさま。報告だと怪我はないようだけど、一応病院で精密検査は受けておいてね」
「手続きは済んでいるので、すぐ、終わると思う、です」
ふわり、ふわり。
そんな二人を、窓から流れる穏やかな風に髪を揺らしながらにこやかに浹とぴりあが出迎えた。
先に戻っていた健もまたソファに腰を落ち着け、崇拝する三人を目の前に何やら幸せそうにお茶をすすっている。
「いや、だから、代「あー!ぴりあちゃんなんで今日に限って隊服着てんの何かショックー」どうでもいいだろ黙っとけ」
「あいたっ」
あまりに自然にスルーされた請求を再度しようとした矢先、突如言葉を遮った綾瀬に和人は平手打をかました。
避ける間もなくダメージを受けた綾瀬は打たれたヵ所を擦りつつ、暴力反対とばかりに和人へ怨めしそうな視線を送っている。
「……、ぴりあ。明日は用事がないので、二人の代わりに悪い人と追い駆けっこ…する、です」
「あの服じゃ悪目立ちしそうだし、一応君たちの代行だから隊服を新調したんだよ」
目前で交わされたやりとりを気に留めるでもなくぴりあと浹は簡単に事の経緯を告げた。
対照的に健はハラハラと綾瀬の身を案じ落ち着かない様子だ。
「んんん?」
「て、事は」
「今日分の代休は明日。羽目を外しすぎて後日仕事に支障を来さない様にね」
にこりと微笑む浹が、神のように見えた瞬間だった。
「ヒケッ話は済んだ〜あ?」
喜ぶのも束の間、ひどく間延びした声と一緒に扉を境に本部長室と繋がっている応接室のドアが開いた。
奥から出てきたのは眼帯で左目を覆った青年。
顔の造形やスタイルはそこそこいいのだが。
施された厚く奇抜なメイクに加え、ニタニタと浮かべた笑みがなんとも言えない不気味さを醸し出している。
「…何でお前、ここに居んだ?」
「ケキャッかずりんごあいさつ〜。今日はひさたんにお届け物渡しに来てたのぉ」
青年はキャキャと楽しそうに笑い声を漏らすと、何を思い浮かべたのか舌なめずりをした。
一体何を届けたんだ。
気になる。気になるのだが、この青年に聞いたところでまともな答えが返ってくることはないだろう。
教える気がないのか、それとも話を聞いていないのか。はたまた電波系なのか。
何を聞いてもろくな返事をされた試しがない。
後で浹に聞けばいいかと、思い止まり和人と綾瀬は追求までは避けた。
「ケヒッそんなことより〜ぃ検査行くならおんさんも連れてって〜ん。おんさんいないと検査終らないんだし〜」
和人と綾瀬の思考など知る由もなく、自身をおんさんと名指した青年は言いながら室内のソファにダイブした。
通称、おんさん。
医師を始めとした医学に関与するあらゆる資格を取得していながら、学割あるし若いからと医大へ通っている学生である。
見た目は風変わりだが勉強家で腕もいいし人もいい、かもしれない。が。
解剖大好きと常識はずれな趣味の持ち主でもある。
医師としての肩書きは外科医としているものの、その医学知識や医療技術は他の科医としても十分に通用し臨床経験もまた豊富だ。
そんな彼は学費その他生活費を稼ぐべく、本部に在籍する刑務官専属の医師として働いていたりする。
精密検査もおんさんの兼任する職務の一つだ。
「お前シート汚すからやだ」
「えぇ〜おんさんそんなことしなぁい」
「この前コンポタ溢したの誰だ?」
「おんさん〜」
「ほら汚してんじゃん」
和人の誘導尋問に墓穴を掘りおんさんが息を詰まらせる。
おんさんは他人をアッシーに使っては車内を汚す常習犯でもあった。
「もう汚さない〜お菓子で我慢するからぁ」
「ざけんな他当たれ」
寝転んだソファの上でおんさんが子供の様に駄々をこねるも、和人は気にせず冷たくあしらう。
「いいじゃんどうせ明日洗うんでしょ?」
「彼がいないと、検査が終らないのも事実だしね」
「あーやん…ひさたん…」
綾瀬と浹の助け船におんさんが顔を上げる。
「…、飲食。禁止な」
「はあいおんさん頑張る〜ぅキャキャッ」
綾瀬に加え浹にまで説かれ、和人は致し方無く折れた。
「浹、様。帰してしまってよかった、のですか?」
何はともあれぴりあが代行であるなら明日の休暇は確実。
と喜ぶ傍ら、任務について簡潔に報告を済ませた和人と綾瀬は早々におんさんを連れて部長室を後にした。
健もまた、定時と言うこともあり二人の後を追って仕事を切り上げた。
その様子を見やり、定時にはまだ早いため処理した書類をきれいに整理していた浹にぴりあが問い掛ける。
「そうだね。まあ、能力の扱いについては後日注意しておくよ」
「そう、ですか……、……ぴりあ、お腹が空いた、です」
「そっか。じゃあ、少し早いけど今日はもうあがろうか」
そう言って卓上の書類を片しながら笑んだ浹にぴりあは嬉しそうに笑んで返し片付けを手伝い始めた。
2006.11.10