火の元注意






「却下。そんなことしたら減給どころか解雇されちゃう。
それに、君が火を放つことなんて不可能だもの」




矢野の要求を躊躇もなくはね除けて、綾瀬は向けられた笑みに笑みで応えた。


とたん――

矢野の背後、開け放たれた窓から拳銃−デザートイーグル(.50AE)が火を吹き矢野の右肩を貫いた。
驚いた矢野は激痛に顔を歪め、現状を把握しようと即座に振り返る。
が、時既に遅く。
制御管理室で起きた爆発に巻き込まれた筈の和人が瞬く間に間合いを詰め、業火を纏った白銀の刃が矢野の首を斬り落とした。




「あの爆発で無傷なんて凄い凄い。どうやって回避したの?」

永遠の別れを告げた矢野の首と胴を交互に見比べながら綾瀬は和人に問い掛けた。

「ん?ああ、重圧で押し潰した」

爆弾が正に爆発する直前、爆弾を軸とした周囲に過度の重圧をかけその効果範囲を激減させたらしい。
同時に爆弾との距離をとれるだけとるべく後退し、迫る爆炎を自らの炎で相殺したため無傷ですんだそうだ。

「さっすが和人、伊達に死線をくぐってきちゃいないね」

明かされた経緯に素直に感心する綾瀬。
さすがというよりもはや人の域を脱し矛盾すら蹴散らしている感がなくもない。

「どうでもいいがそろそろ出るぞ」

腕時計から時刻を確認した和人は一言告げると共に刀についた血を振り払った。

直後、


「か、かかかかかかか和っ、人…!」


綾瀬が顔を引きつらせ床を指差しながら奇怪な声を上げた。
綾瀬の異様なまでに不可解な反応に何事かと床に視線を落とせば、


「あ」


何と床にばらまかれた爆弾の導火線に火がともっている。
恐らくと言うかむしろ確実に先に刀の血を払った際、未だ残る刀に付された炎の火の粉が血と共に払われ引火したのだろう。
そして、今正に爆破への秒読みを終え




爆発した。









「あのー…すんません。ここ、美術館跡地でしたっけ?」


容疑者の死体処理及び被害状況の確認に派遣された健は目の前に広がる景色を眺めながら、先に到着していた情報課の面々に素直な質問を投げ掛けた。
その顔は落書きこそ消えているものの唖然とした様がとてもまぬけだ。

「ああ、うん。ついさっき跡地になったわよ」

「惜しかったね。もう少し早ければおっきな花火が見られたのに」

「いや、花火じゃなくて爆発でしょ」

壮絶な爆発を目の当りにしたにも関わらず落ち着いた表情で真由はさらりと問いに対する答えと軽いツッコミをかます。
真由のツッコミにああそっか。と鈴希は笑って頷く。
そんな様子にこの二人からは大した状況説明を受けられそうにないと判断した健は、仕方無しに周囲を見渡した。
そして、

「うあーありえない、ありえない」

「あっ綾瀬隊長!ご無事で何よりです…ってどうかしたんすか?」

幸運にも敬愛して止まない綾瀬が目に留まり、明るく声をかけた。
当の綾瀬は普段と何ら変わりないように見えるが何かに対する不満を惜し気もなく漂わせている。

「おや、久保ちゃんだ。らくがき消しちゃったんだね。うけたのに」

「まさかあれ綾瀬隊長の仕業ッスか!?」

「違うよ。主犯は和人で私は見てただけ。そんなことよりさ、久保ちゃんの隊服頂戴。私の裾焦げちゃったの」

洗顔に必死になりすぎ浹かららくがき首謀者の名を聞かないまま来たのか即座に返った健の追求を、綾瀬はさらりとかわし自身の要求を突き付けた。
確かに、白い筈の隊服の裾が黒くなっている。
場所が場所なだけに言われなければ特に気にならないのだが。
言われてしまうとなんだか気になる。

「そ、そんなことって…。あ、隊服。別に俺のでよければいいですけど。綾瀬隊長のと違って肩のひらひらついてないすよ」

隊服を譲るのはいいのか。
あまりに軽く受け流されたらくがきの話題に少々愕然としつつも健は律儀に要求への応対をする。

「いいよ後で和人につけてもらうから」

「いや、全然よくねえよ」

「あ、和人隊長…ってど、どうしたんです、ずぶ濡れじゃないすか!?」

提示された問題をまるで当たり前のごとく和人へ押しつけようとする綾瀬に、ふいに現れた和人から否定の声があがり、更に続けて和人へ健の質問が投げ掛けられた。
その姿は着衣水泳でもしたかのごとく濡れており、髪からは水がしたたっている。

「あはは、これね。話すと長くなるけど爆発した美術館の中に私等残っててさ。脱出はさすがに無理そうだから水の障壁作って被爆を回避したんだけど、私の隊服の裾が範囲外に出てたみたいで火が着いちゃったんだよね」

そして、頭に疑問符を浮かべる健に、和人が現在の状態にならざるをえなくなった経緯を綾瀬が笑いながら話始めた。

「んで、どうしようってちょっとばかしテンパってみたら障壁崩れちゃって。構築してた水もろに頭から被るハメになったんだよ」

「しかも俺だけな」

「あは」

「あは、じゃねえ。これじゃ車乗れねえだろ」

自らが事の原因であるにも関わらず悪怯れもせず飄々とする綾瀬に和人が愚痴る。
どうやら気に掛けているのは車への乗車についてのようだ。
確かにこれではシートが濡れることは避けられない。

「そこの3馬鹿、そろそろ引き上げるわよ。って和人、何でまだそんな濡れてるのよ。さっき渡したタオルどうしたの?」

粗方の処理がすんだのか健とともに派遣されていた西川蓮音が三人の間に割って入る。
次いで未だ水が滴っているうえ渡したはずのタオルも所持していない和人に小さく首を傾げた。

「須藤の止血に使った」

「……、ああ、そう。あの子また噴いたの。別にいいけど、ね。取り敢えず引き上げるわよ」

対する、和人は平然と真由の止血、基鼻血止めに使用されたタオルの哀れな末路を伝える。
予想の範疇にあったのか蓮音は軽く、呆れを含んだため息を落とし、

「真由、鈴希。貴方達もね」

「「アイアイサー!」」

少しばかり離れた場所で何故か爆弾と花火の相違について会話を交し続けていた真由と鈴希にも声をかけた。


「…ん?あれ、そういえば。爆発に巻き込まれたって事は矢野、自爆したんすか?」

他の警察官に声を掛ける蓮音を背に車へ迎う最中、健は一つの疑問を浮かべる。

「いや、爆弾に火を付ける前に始末した」

答えながら和人は所持していた武器や備品を健に持たせ水の滴る上着を絞り込んだ。

「じゃあなんで美術館、爆発したんすか?」

「転がってた爆弾に和人がうっかり火付けたから」

続く質問に今度は綾瀬がにこりと回答を告げる。

「え、えぇぇえぇ!?ってことは美術館壊したのって事実上、和人隊長……って事、に……?」

「「うん」」

他に誰がいる。とばかりに和人と綾瀬が頷く。
そんなあまりにあっさりした二人に健は驚きと落胆の色を隠せず、動揺の声を上げた。

「う、うんって…!ななななな何平然と肯定しているんッスか!!」

「え、だって矢野は既に死んでたし」

「事実は事実だし」

お二方、てばもう。

始末書まとめて地主に謝んの、俺なんですけど。
本来なら組織単位の責任として本部長である浹が事の顛末を説明し、必要とあらば弁明・謝罪の責務を負うのだが、仕事が忙しく中々被害関係者のもとへ赴くことができないのが現状である。
そのため、浹の補佐を務める健は代理人としてその責務を代行する役割を担っているのだ。
何もお茶くみや雑務のみが仕事と言うわけではない。
しかも破壊したのは廃されたとはいえ大きな美術館。考えようによってはかなりの利用価値がある。
まして全面的にこちらに非があるとなると弁明に苦しい。苦しすぎる。
事を招いたのが崇拝する上司でなければ殴ってしばいて地主の前で土下座をさせているところだ。
そう、和人と綾瀬だからこそ当たり前のごとく許される。むしろ何をしてもいいと思う。

さすが、俺的神。
悪怯れないお姿がとても素敵です。

それでいいのか。
前向きと言えばそれまでであるが。常人なら理解に苦しむであろう結論に達した
健は土地の所有者が寛大な心の持ち主であることを願い本部へ向った。

2006.11.10




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