綾瀬vs矢野

「お姉さん、もしかして片倉綾瀬?」

「そうだよ。よく知ってるね」

大きく開けた扉を境に交わされる会話。
扉の先にある小さなホールは他のフロアとは異なり、開放された窓から暖かな光が射している。

「じゃあ管理室に仕掛けた爆弾食らったの、三村和人なんだ。まいったなぁ。あの人は殺すつもりなかったのに。佳奈ちゃん凄い怒りそう。俺っち殺されるかも」

その一室で悠然と寛いでいた矢野悟はばつが悪そうにぶつぶつと呟きを溢して、床に無造作に置かれている無数の爆弾へ手を伸ばした。

「……、佳奈……?ってちょっとー勝手に殺さないでよ。爆発に巻き込まれたってだけじゃ死んだかどうかまで明確には判んないんだから」

確かに火力によっては生存率は低いかもしれない。
だが万が一ということも在りえる。
確認もせず、臆測だけで“死んだ”等と結論付けるなど三流以下のすることだ。

「そっかあ。能力者だし、少しくらい期待できそう。生きてるといいなあ」

綾瀬の言葉に頷いて矢野はへらり、と笑った。
先程拾い上げた爆弾は使う気がないのか、膝元に置いて大事そうに撫で回している。

「まあ、和人の話は置いといて。しっつもーん」

「んー何ー?」

「佳奈が今何処にいるか知ってんの?」

「佳奈ちゃん?うーん。昔は付いて回ってたけど最近月一、二回連絡程度に電話するくらいだし…、居るとこまでは判んないなあ」

「チッ…役立たず」

「酷っ」

飄々とした表情に少し困ったような色が看てとれる。
恐らく本当に知らないのだろう。

「いいや、次。大人しく拘束されてくんない?」

「えー、やだって言ったらどうなんの?」

「ここでお陀仏」

決まってるじゃんばりの爽やかな笑顔で、綾瀬は簡単明解な答えを返す。
どうやら殺る気は満々なようだ。
ご丁寧にも手と手を合わせてご愁傷さまといった様な動作まで付け加えている。

「だよねー。でもさ、捕まっても殺されるか一生務所入りなんでしょ?」

「何、あのクソガキ。そんなことまで喋ったの」

再び矢野の口から出た言葉に、綾瀬が顔を顰めて口を尖らせる。
特殊警察は警察庁の長となる警察庁長官の請求により、法務大臣及び最高裁判所・最高検察庁双方の司法総長が出す特別逮捕状に基づき名前を挙げ逮捕することを容認された被疑者を管轄とし捜査等の公務を行っている。
いわゆる指名手配であるが、一般の指名手配とは異なる“特殊指名手配”とされるものであり、当該手配犯又は被疑者は新たに施行された特別法令の適用により身柄拘束後、死刑又は終身刑いずれかの処罰を受けることが特別逮捕状発行と共に決定される。
大人しく捕まっても死ぬのが遅くなるか、免れて一生を塀の中で過ごすか二つに一つしかないのだ。
刑務官が任務において特定の条件が満たされた場合に、被疑者を殺すことが認められている理由の一つでもある。
おかげでそれなりに内情を知っている裏社会の人間には処刑人等と人聞きの悪い忌み名が付けられたりしている。らしい。
自首または何の抵抗もせず拘束された場合、実刑は免れることもできるのだが。
矢野も、情報源である佳奈もそのことまでは知らないようだ。
極秘機密の一つだし、当たり前と言えば当たり前か。
思って綾瀬は尖らせた口をすぼめた。

「んー…まあいいや。それで、どっち?」

「いやん」

答えて矢野は冷や汗をかいた。
綾瀬の表情が途端に極上の笑みを象ったかと思いきや、ホルスターに収められていた銃を抜き引き金を引いたのだ。


小気味よく響く銃声。


しかし、放たれた弾丸は矢野に届く寸でのところでバチリと見えない何かに弾かれ、床に落ちた。

「あああ危なっ危なっ危なっ!」

間一髪、直射を免れた矢野は驚きに声を上げる。
綾瀬が引き金を引いた瞬間反射的に自身の能力で不可視の障壁を造ったのだが。
どうやらそれが幸をそうしたらしい。

「わーん酷いー!折角一思いに殺してあげようと思ったのに!」

弾かれたのがショックだったのか、綾瀬が膝を折り床に手をついた。

「ええええ!?一思いって…耳狙ってなかった!?」

「あん?何、弾道読めるなら聞き返さないでよばぁたれ!一思いになんて何となく言ってみただけだよ!誰が楽になんて死なせてやるもんか!」

「待ってそれ警察が言う台詞!?」

半ば逆ギレ気味な綾瀬にすかさず矢野が喚く。
どちらかといえば犯罪者が口にする方がしっくりくるだろう。

「大体さあ、能力者相手に銃器なんか役に立たないってことくらい同族ならわかってるでしょ」

漸く落ち着き、先程迄の調子を取戻した矢野は短く息を吐いて小首を傾げた。

「はあ?どーぞくー?低俗な能力者風情が一緒にしないでよ。私の価値が低くなるじゃん」

しかし応える言葉は冷たく、連れないなあ。と矢野はヘラヘラと薄ら笑いを浮かべた。
そんな矢野に、銃口を向け綾瀬は再び引き金を引いた。

「だっから無駄だって言…っ!?」

放たれた銃弾を再度障壁で凌ごうとした矢野は、予想に反し障壁をすり抜けて右頬を掠めた銃弾に目を見開く。

「普通の弾じゃなければいいんでしょ。同じ属性なら阻まれることはないもんね」

驚きを隠せず間抜け面をさらす矢野に、綾瀬は得意げにして片手を腰に手を当てた。
手にした銃にはバチバチと電流が伝っている。

「凄っ、付属効果なんて付けられるんだ。俺っち一度も成功したことないんだよね」

例え能力者とはいえその力の細やかな制御は難しく、他の物質にその属性効果を付加するとなればその対象となる物質の耐久力を超えないよう細密な調節が必要不可欠となる。
因みに、もし耐久力を超してしまえば当該物質は破損し使い物にならなくなる。
大して素質もない並の能力者が簡単に出来るような芸当ではない。

「ん〜、でもさ。現状はちゃんと把握しないと。
この部屋一面に置いてある爆弾の内一つでも爆発すればこんな美術館くらい跡形もなく吹っ飛ばせるんだよ。まあ、俺っちも巻き込まれることになるけど爆死できるなら別に問題ないし」

「…へぇ、それはそれは大した威力だこと。んで、だから何だっての?」

妙に回りくどい言い回しに不快さをありありと表しながら綾瀬はその真意を催促した。
対する矢野は、

「見逃してよ。一緒に心中なんてごめんでしょ?」

へらりと笑って答えた。

2006.11.10




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