廃品処理






かつん。




かつん。




静寂に包まれた美術館は荒廃し、窓に打ち付けられた木材の隙間から微かに光がもれている。
磨かれた無機質な大理石の床が、唯、靴音を辺り一面に虚しく響かせた。


「やな感じ」


周囲を警戒しながら先立って歩を進めていた綾瀬は天井の片隅を見つめながら、不機嫌そうに呟く。

「何が」

「カメラだよ」

見上げた先には旧式の監視カメラが一つ。
矢野が侵入者の監視用に機能させているのだろう。
部屋全体を見渡すようにゆっくりと動いている。

「……、確かに邪魔だな」

自分達の存在が相手に知られていようといまいと然したる問題ではないが。
監視されている。と云うのは全く以て気分が悪い。

『三村隊長、片倉隊長』

ふいに入る外部からの通信。声の主は鈴希である。
どうやら無事胃薬を購入し戻ってきていたようだ。

『元関係者の話によると、現在居るフロアより先はセキュリティシステムが生きている可能性があるそうです』

「うっわ。なにそれ最悪」

「ちゃんと廃棄してから手放してほしいもんだな」

和人と綾瀬に繋がったと確認した鈴希はそのまま用件について述べる。
その内容に綾瀬は心底嫌そうに顔を曇らせ、和人もまた苦い笑いを零した。

「セキュリティの大元は何処にある?」

後々セキュリティシステムが作動しては解除に手間がかかり面倒だと思い、先に破壊しておこうと和人が制御装置の在処を問えば。

『来た通路を戻って左折。その後直進した先にある階段を上がった奥です』

不運にもすでに通過した後だった。

「……、……」

「……、……」

「どっち行く?」

「お前制御室行けよ」

「一人はやだよ。迷子になっちゃう」

「じゃあ俺が行くから先行け」

「一人はやだよ。迷子になっちゃう」

同じ台詞で二度も切り返された和人は大きな溜め息を落とした。
心中では勝手に迷えと本気で思ったらしい。(後日談)




結局、共にセキュリティの廃棄に向かうことになった和人と綾瀬は来た道を引き返した。
十字になった通路を左へ曲がり薄暗い画廊を辿ると、天井の高い開けたホールに出た。
奥にはセキュリティシステムの制御設備のある制御管理室へ続く通路への階段が見える。

「あれま、ここの階段十三段もあるよ」

先に階段を登り始めた綾瀬が独り言のように呟くと、天井の高い開けた空間にその声が反響した。

「そういや家に螺旋階段出来てたな」

「えっマジ!?飛鳥ちゃんの贈り物かな。てか今度登らせて」

登りたいのか。
続く和人の呟きに綾瀬が即座に食い付た。

が、

『いや、階段話で盛り上がるのもいいですけど仕事終えてからお願いします』

体よく鈴希に制され、惜しくも中断を余儀なくされた。

「けち」

「いけず」

「あ、私。歩くのめんどいから待ってるね」

「ざけんなカロリー消費に励め」

「やだよ体脂肪率そんなに高くないもん」

かと思いきや、再び始まる会話のキャッチボール。
もはや二人には鈴希の言葉が届いていないどころか頭からは仕事中という概念が遠い記憶の彼方へ吹き飛んでいるようだ。

『お二方ー!頼みますよ、本当。また腹痛来る前に帰りたいんですからー!』

しかしここでめげる鈴希ではなかった。
必死にインカムごしに懇願している。
だが急かす理由はなんとも情けない。

「あらら腹痛じゃ仕方ないね。また痛む前に片そうか」

「腹痛だしな。仕方ない。綾瀬、戻ってくるまで余計なことするなよ」

「はいはーい。なるべく早く戻ってきてね。暇だから」

何が仕方ないのか。
どうやら和人と綾瀬は鈴希の願いを聞き届けたようだ。
加えて、結局向かうのは和人独りらしい。

『やった!て、あ、三村隊長。セキュリティシステムは壊して構いませんけど、能力を使用する気でしたら美術館まで壊さないようちゃんと威力は加減してくださいね』

「え」

『え……?』

「……、大丈夫だろ、多分。崩れても俺死なないし」

『Σいいいやいやいや!確かに崩壊に巻き込まれた位じゃ死にそうにないですけど、そういう問題じゃなくて!!た、頼みますよー!』

必死の懇願の末、腹痛再発前に帰れそうだとほっと一息ついたのも束の間。
ふと促した注意に返った言葉に、一抹の不安を覚えつつそれが杞憂であることを鈴希は切に願うことになった。




――ガタンッ。


薄暗い通路の最奥、制御管理室へと辿り着いた和人は邪魔だとばかりに行き先を遮るドアを蹴り破り。
役割を失った器物が無機質な床へと倒れた。
中には監視モニターをはじめ様々な機器・設備が置かれ、矢野の作り出す雷が電気の代わりとなっているのか鮮明に映像を映し出すモニターの灯りが辺りを照らす。


カチ、カチ、


「…どれを壊せばいい?」

『どの設備も既に不要の超物ですので手当たり次第どうぞ。くれぐれも手加減して、ですよ』

インカムからセキュリティシステムの本体となる機器について問うた和人に、
先の曖昧な返答が頭から離れないのか、鈴希は言葉の末端に再度注意を付け加え答えた。

「……、槇、くどい男は振られ『うあー!いきなり何不吉なことを!まだほのかに希望はありま…ってかそれ今全然関係ない話じゃないですかー!』……ん?何、お前好きなやついんの?」

『えっ!?あれっ、し、知ってていったんじゃないんですか!?』

どうやら単になにとなく言ってみただけなのか。
和人の言葉に見事反応した鈴希は更に返った言葉に心底驚く。
同時に、末端であるにせよまさか自身の恋愛事情発覚の火種を自らほのめかしてしまうとはと己の先走った発言を悔いた。


カチ、カチ、


自分の事以外に然程興味を示さない和人に知られるならばまだいい。
問題はその相方である綾瀬。
そう、綾瀬なのだ。
人の慌てふためく姿をさも楽しげに見やり、時より絶望への片道切符さえも笑顔で手渡すその姿は正に人でなし。
中には一体何があったのか、綾瀬を目にした瞬間もと来た道をバック&猛スピードで後退していく者もいる。
そんな綾瀬のこと。
幸せを得るか微かな希望すら失うか、両極端な結末のどちらか一方を確実にもたらすであろう恋愛話をみすみす聞き流すとは思えない。

ああ、

そうか。

知られなければいいんだ。

3秒間の分析の末、鈴希は導きだした結論に深く頷いた。
そして、和人に口止めの交渉をしようとしたその時。


カチ、カチ、


「……、この音」

『へ?』

何かに気付いたのか先に紡がれた、和人の緊張の色を含んだ言葉に、鈴希は出鼻を挫かれ間の抜けた声を溢してしまった。

突如緊迫する空気。

和人は邪魔な機材を避け、音源へと近づく。

そして、耳にした不可解な音を紡ぐそれを目にした刹那。


「チッ、爆弾か……!」


発した声に続いた大きな爆発音を最後に、


ブツリ−−−




通信が途切れた。

2006.11.10




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