休日出勤

人気の無いがらんとした路地裏に響く靴音。
息を切らせコンクリートに座り込んだ男は近付いてくる二つの人影に、無意識に身を震わせた。

「ば、化け物…っ」

呟いた男の眼に映ったのは黒髪の男と茶髪の女。
どちらも背が高く、真っ白い軍服のような服を纏い軍帽、そして“特警”と文字が入った腕章をしている。
男が出会ったときには目元までを覆う黒いマスクを着けていたが、途中で外してしまったのだろう。
露になったその顔は人目を引く整った顔立ちをしていた。

「化け物だと」

「あは、酷いなあ。傷ついちゃう」

言いながら茶髪の女が片手を目尻に当て泣くような仕草をして見せた。
黒髪の男の方はまるで他人事のように軽薄な笑みを浮かべている。
どちらからも然して気にした様子は看て取れない。

「ねえねえ。これ、私が殺っちゃっていい?」

「任務が圧してんだ。直ぐに済ませろよ」

「はーい。それじゃあBYE-BYE」

にっこりと、笑みを作ると茶髪の女は腰に提げた刀を引き抜き男の頭へ振り降ろした。




【火の元注意】




「爆弾魔?」


「うん。昨年から公共の施設やデパートで起こっていた爆破事件の容疑者なんだけど、先刻正式に指名手配されることになってね」

「へぇ、まだ容疑者捕まってなかったんだ。って和人、何してんの?」


昼下がり。

特殊警察本部部長室に急遽呼び出された三村和人と片倉綾瀬は部屋の主であり、直属の上司である浹塚久志の話を聞いていた。
和人に至っては話を聞いているのかも定かではなく、連日の仕事に疲れ果てソファで仮眠をとっている久保健の顔に落書きをしている。それも筆ペンで。
その様子に疑問符を浮かべて背後から覗き込んだ綾瀬は見事に吹き出し、目には涙をためていた。
とても上司を前にしているとは思えないその態度に、叱るべき浹は。


「そう、それでその容疑者の確保を君たちに頼もうと思って呼んだんだよ」


まったく気にする素振りすら見せず朗らかに話を続けていた。

同時に、突然の指令に未だ落書きをしていた和人と無残なまでに変貌した健の顔に吹き出していた綾瀬の動きが止まる。
依然、健は気が付かない。
どうやら熟睡してる様だ。

「…、…ちょっ…と待て。何で俺たちなんだ?」

「そうだよ、他の隊員だって強くはないにしろいるのに」

綾瀬、一言多い。

「それ以前に今日は非番だ」

和人、部下をフォローする気はないようだ。
すかさず抗議の正当性を告げている。
そう、和人・綾瀬両名は本日ともに非番。
所謂休日なのだ。
ただでさえ特殊な仕事柄から特殊警察内において機動隊。
基、刑務官部隊に配属される人員は少なく、反比例して殉職者は多い。
その上目に余る殺人事件が増加の岐路を辿っている為仕事も増える一方だ。
極め付けは、支部が関西に一つしか置かれていないという現状である。
おかげで関東に置かれている本部側の隊員は果ては東北・北海道まで赴かなければならない時もあり、ヘタをしたら一ヵ月働き詰めという事象が起きかねない。
有給をとろうものならブーイングの嵐が舞う。
とはいえ情報課に進展がない時は暇すぎて退屈だったりもするため、特殊警察の各課を取り纏めいつ休みを取っているのかもわからない部長に比べたらまだマシといえばそれまでである。

しかし。

それはそれ。

これはこれ。

とにかく貴重な休日は保守したい。


「わかってる。でも今は君達以外に担当出来る人材がいないんだ」

「……能力者か」

「確証はないけど。恐らくは」

能力者−主に火・水・風・土を礎とした自然現象を自在に操ることのできる潜在的な能力を有する人間のことである。
既存率は低く初期段階の力はたかがしれている為、能力者はその力に気付く事無く一般人に紛れ生涯を終えるものが大多数を占めている。
和人と綾瀬も能力者の一人だが、二人は初期能力値が格段に高かったことから自身の力を認識している希少価値の高い人材だ。
おまけに未だ寝ている健もその一人だったりするのだが、仕事は主にお茶汲みとパシリ他様々な雑用程度なため特に有効活用しているわけではなかったりする。
正に宝のもちぐされだ。

「ん?あれ。恐らく、って憶測でしかないの?」

常に確実性を重視し適確な判断を下している浹にしては珍しい発言に綾瀬は首を傾げた。

「今はね」

その言葉に浹はふわり、と優しく笑みを浮かべる。

「まだ情報課から正式な報告がないのか?」

「と云うよりは、担当が須藤くんでね。どうしても君たちに行って欲しいって報告を渋ってるんだ」

続く和人の問いに浹が困った様に笑んで答える。
対する和人と綾瀬からは表情が消え、

「綾瀬」

「何」

「後で須藤締めるぞ」

「和人近付けないよ」

「じゃ締めといて」

「任せたまえ」

呼び出しの要因の一つとなったであろう須藤真由に対し、報復を伺わせる会話を交わし合った。
その後、情報課のメンバーは既に現場に向っている等粗方説明を受けた二人は渋々現場へ向うべく部長室を後にした。




そして、
和人と綾瀬が現場へ向かった数分後の本部では。

目覚めた健の絶叫が本部内全域に響き渡り、男子トイレで必死に洗顔をする姿が目撃されていた。

2006.11.10




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