視線の先・・・
「こんばんはー、いらっしゃいませ」
「あ、高杉さん、こんばんは」
「今日はひとり?」
「あ、はい・・・」
「カウンターでいい?」
カウンターでいい?と聞いたものの、カウンターでなければならないことは俺は知っている。ハイチェアを少し引き、少し高さのあるカウンターの前へと座らせ、彼女の前にメニューを置く。
「決まったら、声かけて」
メニューに視線を落とし、注文の品を選んでいるかと思えば、その視線はカウンターの奥の厨房へ送られている。
厨房にいるのは・・・小五郎。
白いコックコートに白いエプロン。これだけ白いコックコートが似合うやつがいるだろうか?厨房にすらりと立ち可憐にフライパンを片手で操っている。
ふーん、やっぱりだな・・・
このところ連日のように店に来てくれている彼女。
この店がオープンしたてのころ、友達に連れられてやってきた。
その後は別の友達と何度となく現れ・・・
最近は、たびたびひとりでもよくやってくる。
誰がどう見たって・・・
「きまった?」
「あ、まだ・・・・」
「お腹すいてる?」
「そういえば・・・すいてるかも・・・・」
「お勧めのメニューができたんだ!俺がトッピング考えたスペシャルビザ!
俺がトッピング考えたピザだから通称俺ピザ、どう?
あー、作るのは小五郎だから味は保障する!」
「じゃ、それで・・・」
「小五郎!スペシャルピザ1つ」
そう叫ぶと小五郎がフライパンを握る手はそのままにこちらへ振り返る。
「あっ、いらっしゃい」
厨房の奥から小五郎が会釈をする。
その瞬間、彼女の頬がかすかに赤らむ。仄暗い店の中でもわかるような気がする。
いらん世話だと思いつつも、乙女心に気付けよ!小五郎!っと心の中で叫んでみる。
◇◇◇◇◇
今夜はボックス席は若いグループのお客様で賑わっている。
しかし、カウンターには彼女一人。小さな彼女がちょこんとハイチェアに座っている。
俺はシェイカーを振りつつ、彼女となにげない会話をする。
俺と会話をしながらも、その視線はちらちらと厨房の奥へと向けられる。
くるくるとした瞳から放たれる熱い眼差し。
こんなにかわいらしい彼女のお目当ては小五郎かと思うと多少癪だが、まあこればかりはしかたがない・・・
小五郎がどれだけ鈍感でも、これだけ視線を送られればたいがいは気づくよな?
まあ、お客様とどうこうあっても困るが、これだけの常連様だぞ!
もうちょっと対応ってもんがあるだろうが・・・
おい、小五郎!
「おまたせー!」
万遍の笑顔で厨房から小五郎がピザを持ってカウンターへやってくる。
にっこりと微笑んだかと思うと、そのまま厨房へすっと戻っていく。
彼女の視線が小五郎の背中に吸い付くようについていったのは言うまでもない。
彼女の顔には「残念」の文字が浮かんでいる・・・
俺は、彼女にスペシャルピザのトッピングの説明をする。
それを彼女は真剣にふんふんと頷きながら聞きいる。
かわいいじゃないか!
「スペシャルなのはトッピングだけじゃないんだぜ」
「・・・?」
「これは誰かさんの石頭とする。
それをーーーーーーー」
ばりばりという音をさせながら、ピザカッターで6等分にピザを切り分ける。
「っということで石頭も割れる。っという仕組みさ」
彼女の瞳が大きく開かれ、カウンター側にいる俺を見上げる。
頬を紅潮させなんてかわいらしいんだ!
「石頭が割れても鈍感が変わらない場合は・・・
そういう場合は潔くあきらめる。
そして、目の前の男にしてみるってのはどうだ?」
「それって高杉さんにしろってこと???」
「そうそう、俺様の女になる」
「なりません・・・・」
「否定、早すぎ!ははは!」
「楽しそうだね?」っと呑気に小五郎が厨房から出てカウンターへやってくる。
カラン♪入り口の赤い扉が開き、新しいお客様のご来店。
「小五郎、カウンター任せたぞ」
石頭にすこし罅くらい入るだろうか?っとおもいつつ俺は入り口へ向かう。
頼むよ、小五郎!
「こんばんは、いらっしゃいませ。ようこそ晋作'sBARへ」
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