長雨が続く・・・・
まったく鬱陶しい季節になったものだ。
そんなことを思いながら、長州藩邸へ向かう。
「あれは・・・・」
「ん?」
「あの軒先の女子は小娘さんじゃぁなかですかぁ?」
「小娘?」
半次郎がいう先を見やると、しょぼくれた顔ををしてひとりぽつんと軒下に佇んでいる小娘がいた。
空を見上げながら、虚ろな表情を浮かべている。
「小娘、そんなところで仮装大会でもやってやっているのか?」
「あ、大久保さん・・・・。
え?なんで仮装大会なんですか?」
「小娘が濡れ鼠に化けているのではないのか?」
「濡れ・・・ねずみ?」
相変わらず嫌味な物の言い方。大久保さんの後ろでは優しそうな笑みを浮かべている半次郎さんが控えている。
「ふん、大方あわてて傘も持たずに藩邸を飛び出しのであろう?」
「あ・・・」
お見通し・・・・。大久保さんのいう通り。少し曇っているもののちょっとだったら大丈夫かな?っと思ってそのままお遣いにでたのだった。
「半次郎・・・」そう大久保さんが半次郎さんに声をかけると、傘を大久保さんに渡して走り去って行った。
「その風呂敷包みをよこせ」
そういうと、大久保さんは私が手に持っていた風呂敷包みを取り上げ、それと引き換えに半次郎さんが使っていた傘を私に渡す。
「小娘、行くぞ!」
「大久保さん・・・行くってどこに?」
「こんな軒下に私を立たせておく気か?」
そういうと大久保さんは雨の中を歩き始めた。とりあえず、置いて行かれては大変だと渡された傘をさし大久保さんの後を追う。
なんだか大久保さんの後ろ姿は大きくて頼りがいがありそうに見える。後ろからでは嫌味をいう口も見えないし、上から目線の視線と合うことともない。
雨の中傘をさしながら振り向いてまで嫌味もいうことはないらしい。
ちょっとほっとする。
けど、いつ何時振り向いて嫌味を言われるのかと内心ドキドキしながら一生懸命大久保さんの背中を追う。
ふと、大久保さんが立ち止まり大久保さんの背中にぶつかりそうになる。
「小娘、着いたぞ!」
そこには、先ほど雨の中を走っていった半次郎さんが待っていた。そこはみたらし団子で有名な甘味処。
「奥に席を用意してもらっておりもす。」
「うむ。行くぞ、小娘。雨が小降りになるまでここで雨宿りだ。」
「で、でも・・・・。」
「小娘は甘味は嫌いなのか?」
「い、いえ・・・・」
みたらし団子は食べたい。しかも一度来て見たかった有名なお店。
けど桂さんのお遣いの途中・・・。早く戻らないと心配されるだろうし・・・どうしよう。
「嫌いではなければ、中に入るぞ。」
有無をいわさず、大久保さんは店の中への入っていく。
私の風呂敷包みは大久保さんが持っているし、とりあえず大久保さんの後をついて店の奥へと入っていく。
奥へと続く細い店の通路を進みながら、再び大久保さんの背中を前にする。
嫌味を発することのない背中はやっぱり大きくて暖かい気がしてくる。
今日の大久保さんはいつもとは何かが違うような気がする。
何が違うのだろう。いつもの薄紫色の羽織だし、相変わらず偉そうだし・・・。
みたらし団子とお茶が運ばれてくる。
目の前には甘くて香ばしい香りをさせているみたらし団子。おいしそう。
ほんとにここでお茶なんかしてていいのかな?
お遣いを頼まれた桂さんの顔がよぎる。
「食わぬのか、小娘。いつまでも小娘とここで遊んでるほど私は暇ではない」
あ、やっぱりいつもの大久保さんだった。
「長州藩邸には遣いは出してある。心配せずともよい」
え?やっぱりなんか違う大久保さん。なんというか優しい。口調はいつもと同じだけれど。
暇じゃないといいながらも、極渋のお茶をすすりながら私がお団子を食べるのを黙って待ってくれている。
大久保さんを目の前にしながら、みたらし団子を食べるのはちょっと緊張したけれど、一度食べてみたかった有名甘味処のみたらし団子。やっぱりおいしい。おいしさに自然と口角が上がっているのが自分でもわかるような気がする。
「長州藩邸では碌なものを食わせもらってないのか?団子ごときにそんなにシアワセな顔しおって。
薩摩藩邸に来ればもっとましなものをいくらでも食わしてやるぞ。」
否定をしようと思ったけど、口の中はお団子がいっぱいで返事をすることが出来ず、首を横に振ることしか出来なかった。
「雨もあがったようだ。そろそろ行くぞ、小娘」
再び前を歩く大久保さんの背中を見ながら歩いていく。前を歩く大久保さんの手には私の風呂敷包み。
私のすこし前を歩いて行くけれど、ゆっくりと私の歩く速度に合わせくれている。
目の前に広がる大久保さんの背中は広くて大きくて優しさが溢れている背中だった。
いつも嫌味をいうけれど、ほんとはやさしい人なんだ。その背中がそれを物語っている。
そんなことを思いながら歩いているとあっという間に長州藩邸に到着した。
「高杉くん、濡れ鼠を拾ってきたぞ」
高杉さんと桂さんを前にまたこんな言い方をする。
けど、私は嫌味をいう大久保さんはほんとは優しくて、嫌味をいいながらも私のことを心配しているのをわかってる。
「桂くん、小娘が風邪を引かぬように早く着替えをさせたほうがよいぞ」
そういうと、大久保さんは会合が開かれる奥の広間へ進んでいった。
いま、小娘じゃなくって名前を呼ばれた。
なんだかそれだけで嬉しい気がした。
雨が上がった藩邸の中庭には紫陽花がきらきらと輝いて咲いていた。
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