𝚂𝚘𝚕𝚟𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝚖𝚊𝚐𝚒𝚌 | ナノ






雨の中、私は遊真先輩の制服の裾を握りながら歩き続けた。小さな傘の中は、私の手に気付いていないようにいつも通りの先輩の喋り声と、パタパタと雨の雫が降り注ぐ音で満たされた。私の小さな胸は規則正しく跳ねて、視界に入る先輩の白い髪も歩くリズムに合わせて揺れていた。なにか、話しかけたいな。そう思った瞬間に、先輩がポケットに入れていたスマホからバイブ音が鳴った。「ん?」立ち止まって画面を開いた先輩は、文字を打ち込んですぐにまたポケットにスマホを戻した。


「研究室に呼ばれた」
「基地の?」
「そう。一人で平気か?」


遊真先輩は傘の持ち手を私に預けるように寄せた。私は二人きりの帰り道が終わることに名残惜しさを感じながらも、渡された傘を大人しく受け取った。手元を見ていた視線を上げると、先輩と目が合う。真顔だった先輩は一度瞬きをして、それから少し口端を上げて笑ってから、スッと傘を抜け出した。


「遊真先輩!」


私は雨の中走り去ろうとする先輩に向かって叫んだ。


「何時に帰ってくるの!」


先輩は少しだけこちらを振り返り、「たぶん8時ごろ!」と言って、また走って行った。一人になって広くなった傘の中で、私はその小さな背中が曲がり角で見えなくなるのを待った。雨音が、少し大きくなったような気がした。濡れたローファーで一歩を踏み出し、また支部への帰路を辿り出す。私の頭は、すでに先輩の帰ってくる時間の事を考え始めていた。帰ってくる時間に合わせて、タオルを用意して、お風呂を沸かしてあげよう。あったかい飲み物も淹れようかな。尽くす時間を想像するのは、楽しかった。先輩はすぐに恋するのをやめろって言ったけど、私 やっぱり好きだよ、先輩のことが。


* * *


雨の中、なまえが控えめに裾を握ってきたのにおれは気がついていたけど、何も言わなかった。


ずっと前から知ってるんだ、あいつは誰かに縋らないと不安になるってこと。ただ、それは知ってるだけで理解できるわけではなかった。誰かを好きになるとそいつしか見えなくなって、悪い所も全て目を瞑って、もはや当初の理由すらないのに相手を思い続けないと生きていけない。おれはそんな彼女が心配になって、やめてくれたらいいと思った。試しに突き放すように叱ってみた。そしたら見る見る元気がなくなっていって、あぁこのやり方は失敗したんだなって思った。じゃあ、別のやり方にしなくちゃ。どうするか迷ってとりあえず天気を口実になまえを迎えに行く事にした。校門でおれの顔を見た瞬間、泣きそうな顔をしたなまえを見た。ピリッと電流が走るような心地。おれは別の方法で諭そうと思って迎えに来たくせに、何を話せばいいか思いつくわけでもなかった。とりあえずいつも通り喋りかけながら歩くうち、なまえが遠慮がちに小さく裾を握ってきた。いつもみたいな堂々とした触れ方ではなくて、出来るなら気付かないで欲しいようなぐらいのさりげなさ。おれは驚いて、『どうした?』と聞くタイミングを逃した。というか、出来なかった。気付かないふりが最善で、唯一の選択肢だったのだ。

だってその瞬間、おれは手を繋いでやりたいと思ってしまったのだ。依存するのはやめろって、言ったのはおれだったのに。










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