𝚂𝚘𝚕𝚟𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝚖𝚊𝚐𝚒𝚌 | ナノ







顔がカッコいいとなんでも許せるでしょなんて、よく言えたものだ。今は許す気など微塵もない。




あの日以来私は片想いしていたクラスメイトから距離を取るようになって、また夢中になれることが無くなってしまった。上手くいくんじゃないかってちょっと期待してたから悲しかったけれど、多分大丈夫。私は息をするように恋に落ちる事が出来る事が取り柄なのだから。そして、それまでの繋ぎをしてくれる優しい先輩だっているのだから。


「遊真先輩」


最近やたらと先輩の名前を呼んでる気がする。本当に用があって呼んでるんだけど、以前よりずっと回数が増えたように感じる。なんでだろう?そう感じるのは。意識して数えてるから?遊真先輩はリビングの大きなテーブルで宿題のプリントを解いていた。教科書と睨めっこしていた先輩が顔を上げて私を見た。「遊真先輩」呼びすぎだって思ったそばから、また呼んでしまった。


「私の電子辞書、使いたいんだけどどこ?」


一昨日、学校で使ってたやつが壊れてしまったらしくて、遊真先輩から電子辞書を貸してくれと頼まれた。先輩はスマホを持ってないし、授業中にわからない言葉を調べるツールが必要不可欠らしい。私の電子辞書は使用頻度がそう高くないから貸したけど、丁度明日使う事になったから一度返してもらおうと思った。遊真先輩は「あ」と言ってまあるく口を開けた後、「ごめん、学校だ」と言った。


「えぇ、明日使うのに」
「そうなのか。じゃあ今から取ってくる」
「あ、待って。私も行く」


立ち上がる遊真先輩の腕を掴むと、遊真先輩は「え、いいよ」って言った。


「いいよって何」
「だっておれ一人のが速いもん」
「別に、速くなくたっていい」


唇を尖らせてる先輩の横を玄関に押していき、私は隣を無理やり歩き始めた。もう外は赤い夕焼け空になっていて、遠くの方の木とか電信柱は真っ黒く見えた。着いていくって言ったのは、支部に一人きりになってしまうからだ。一人になると余計な事を色々と考えてしまうし、落ち込む。遊真先輩はいつもだったら割と適当な話を振ってくれるタイプだけど、今日はなぜか考え事をしてるみたいに何も話してこなかった。足音だけが聞こえる沈黙に耐えきれなくなって、私は思い付いた適当な話を振ってみた。


「遊真先輩は学校で気になる子とか、いるの?」


突然話しかけたから遊真先輩はちょっと驚いたように私を見た。予想もしてなかったであろう話題をじわじわ理解するように、先輩は「気になる子…?」って繰り返した。しばらく腕を組んで考える素振りを見せた遊真先輩は最終的に、「別にクラスに気になる子とかはいない」という答えをくれた。「本当に?どうして?」遊真先輩は嘘をつく人じゃないからきっとそれは本当の事だけど、私は不思議だった。あんなに人がいて、その中の誰にも恋をせずにいられるその感覚が、わたしにはわからなかったから。人を好きになるのに時間がかかる人の頭の中を、知りたいと思ってそう聞いた。


「うーむ。どうしてって言うと… あ」


遊真先輩はなんていうか困ってるようだったけどついに何か思いついたみたいで、こちらに顔を向けてきた。遊真先輩の真っ赤な瞳の中心が、真っ直ぐに私の瞳を射抜く。



「俺が今一番気になってんのは、お前」
「…え」



寂しい時にそばに来てくれて、悲しい気持ちが襲ってこないように繋いでくれる遊真先輩は私にとって、少しバグった距離で接しても何とも思わないお兄ちゃんだった。それがこんな、告白みたいな台詞を突然吐かれたものだから、私は息をするのも忘れてその台詞を噛み砕こうとしていた。










「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -