𝚂𝚘𝚕𝚟𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝚖𝚊𝚐𝚒𝚌 | ナノ






「次は水族館に行くことになりました!」


わーい!と言いながらニコニコ拍手して報告してくるので、誰と?とかもう聞くまでもなかった。前回見せられなかったワンピースをまた着て、鼻歌交じりに準備するなまえ。「上手くいったら先輩にも教えてあげる」しゃがんで小さなバッグの整理をする彼女の後ろに立った時、見上げるように振り返った彼女が言った。昨日まで普通だった爪先は、今日は薄いきらきらした紫に塗られていた。


「いいよ俺は。それに、お前なら大丈夫だろ」


だって、可愛いしって言ってから、俺はしゃがんで綺麗に色付けられた指先を撫でた。言われたなまえは一瞬目を丸く開いて、「ありがと」ってちょっと頬を染めて笑った。その姿を見て俺は、もしかしたら今日、あいつのものになっちゃうのかなってぼんやり思った。胸がちくちくする。行ってきますと元気よく言ったなまえの背中に向かって「気をつけろよ」と言ったら、振り向いてニコリと笑った。





* * *





本部に行って色んな人と対戦した後、歩いて帰ろうとしたところで俺はひらひらしたワンピースを着た小さな背中を見つけた。朝はデートに行くと言ってた彼女が今は、一人だった。歩く速さでスマホを見ているであろうことが後ろから丸わかりだ。少し歩幅を広げて近づき、追い抜かしたところで横から顔を覗き込んだら、思った通り、朝ウキウキで出かけて行った後輩だった。


「おかえり」
「…ただいま」


ちょっと驚いたように俺を見て、彼女はスマホの画面を消した。疲れているのか何だか元気がないように見えた。おかしい、あんなに楽しみにしていたのに。「…上手くいった?」厚底の、可愛いリボンのついた靴で歩く彼女に聞いてみた。川沿いの一本道には、俺と、少し背の高い彼女の影が伸びる。「さあ、どうでしょ」そうはぐらかして地面に視線を落とした彼女は、また今日も目元が赤くなっている。おかしい、何があったんだ?そう思った瞬間、先日の遊園地の事を思い出して俺は上から下まで彼女を観察した。片耳だけ、朝つけていたハートのイヤリングがなくなっているのに気が付いた。絶対、何かあったんだろうな。俺は空いた左耳たぶに触れて、驚く彼女にこちらを向かせた。


「一つなくなってる。どうした?」


指摘された彼女は、俺が耳に触れている手を軽く払って避けた。「遊真先輩、目敏くて嫌い」不機嫌そうに眉を寄せてそう言った彼女にそう言われて、俺は払い避けられた手をそのまま降ろした。嫌いとまで言われるとは思わなかったから。黙ったまま二人でしばらく歩いていたら、そのうち向こうからまた話を始め出した。



「…楽しくなかったんですよ。私、彼にとって二番目だった事がわかって」
「…二番目?」
「彼女がいたの。デート中に見つかって、必死で言い訳して私のこと放っぽった彼を見たら、なんか一気に冷めちゃった」



怒ってるように話すけど、鼻を啜る音が聞こえたから本当は悲しかったのだろう。可愛く編み込んでた髪の毛もよく見たらちょっと崩れていて、俺はなんだか可哀想になって、どうするかちょっと悩んでから、彼女の手を繋いでやった。ギュッと力を込めたまま、ブンブン振り回してやる。「何これ?遊真先輩私の事狙ってるの?」泣きながら憎まれ口を叩くから、俺は更に手の動きを大振りにした。


「そういうことじゃないけど、手があったかいと、安心するだろ」


俺が前に彼女に言われた言葉をかけてやると、鼻を啜りながらもけらけらと笑い出した。ふざけて、泣かせて、気を紛らわせるやるつもりでやったから、俺は少し安心した。


「ありがと。遊真先輩はカッコいいね」
「そう?」
「うん、カッコいいカッコいい。ちょっと小さいけど」
「なまえのカッコいいの基準がわからん」


まるで恋人にするみたいに、彼女は俺の腕に手を絡めて、ギュッと抱きついた。ちょっと歩み寄って手を繋いでやったのにその上を行くとは、男からすると実に好都合であり、危なっかしい。こんな事をしていても、俺はなまえの好きなやつでは無いのだから不思議だ。けれど悪い奴に遊ばれて泣くくらいなら、今は俺のところに居たらいいと思った。









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