𝚂𝚘𝚕𝚟𝚎 𝚝𝚑𝚎 𝚖𝚊𝚐𝚒𝚌 | ナノ






食事の時間の少し前、彼女は見慣れない服装でみんなの居る部屋へ降りてきた。黒のチェックの、ひらひらした可愛いワンピース。

「みてみて、遊真先輩。可愛いでしょ?」

裾を指先で広げて、その場でくるりと彼女が回ればふんわりとした生地は空気を纏って広がった。

「うん、可愛い」

俺が手に持ったコップのお茶を机に置いて言うと、嬉しそうににっこり笑った。「明日のデートに着て行くの」彼女がずっと、クラスメイトに片想いしていることは玉駒支部では周知の事実だ。最初は、入学したらイケメンがいたと大騒ぎしていて、次いで隣の席になったとか、連絡先を交換したとか、いい具合にポンポン二人の関係は進んでいくので、まるで漫画を見てるかのような恋だな、と密かに思っていた。俺は、彼女の意中の相手がどんな奴かは知らないし、身近に恋愛を楽しんでる女の子もいなかったから、いつもそうかそうかって聞いていた。それがついにデートとあれば、帰宅後の報告はさぞ興奮して凄いことになりそうだ。そう思って翌日、ランク戦を終えて帰ろうとした時だった。


『遊真先輩、来てくれませんか…?』


電話越しに聞こえた彼女の声は震えていて、微かに鼻を啜る音が混じっている。何事かと思い言われた場所まですぐに駆けつけたら、昨日『好きな人とデートに行くんです』といって見せてくれた勝負服で遊園地前に佇む彼女がいた。「先輩…」俺を見るなり目を潤ませ、子どもみたいに泣き出してしまったから驚いた。「デートって言ってたじゃん、どうした?」こんなに激しく目の前で泣かれると、俺が泣かしたみたいでちょっと焦る。肩に手を置いてそっと落ち着かせてから聞けば、ぐずぐずの赤い顔で彼女は言った。


「振られました、ドタキャンです」


言ってまた目から涙が溢れてくる。そーか、それで泣いてて、俺を呼んだのかと言うところまではわかった。けど、これからどうしたらいいんだろう。昼下がりの遊園地の入り口は人気はまばらだったけれど、チケット売り場の人とかがものすごい形相で俺らを見ていた。


「…どうする?俺と帰るか?」


泣き出してから多分10分くらい経った時、少し収まってきた泣き虫に向かって俺は言った。「やだ」じゃあどうしろって事だ?彼女の後ろに設置された入り口のフェンスの向こうでは、カラフルな乗り物がファンシーな音楽とともに動いているのが見えた。


「遊真先輩、代わりにデートしてください。私、今楽しくなりたい気分なの」


「え、俺と?」今泣いてたばっかりだったのに彼女は小さな鞄からすでに購入していたチケットを2枚出した。今日しか使えないそれと、目だけはまだ赤いけどちょっと元気になった彼女をみて、俺は一つ呼吸をしてから、一枚手に取った。


「…行くか」


ゲートを潜ればそこには見た事のないような世界があった。外側からチラリと見えた大きな乗り物や、風船売り場、アイスクリームショップ、人だかりの真ん中には着ぐるみのうさぎ。あちこちパステルカラーで覆い尽くされた空間に圧倒される俺と、対照的に一瞬でご機嫌を取り戻した彼女。「ね、遊真先輩って乗り物酔いとかする人?」いつもより早く足を進める彼女を追いながら、俺はよくわからなくて適当に返事をする。


「いや、多分だいじょうぶ」
「じゃあアレ、乗りましょ!」


さっきまでの落ち込みようは何だったんだ?と思うくらいの笑顔。遊園地とは、そういう場所らしい。よく見たら来ているのはカップルとか、家族が多くて、どの人も楽しそうだ。俺は彼女に言われるがまま、色々な乗り物に乗って夕方まで過ごした。楽しそうに笑ってる彼女だけど、時々、遠くを見ながら無になる瞬間が何度かあった。休憩でアイスを食べてる時、二人乗りの自転車に乗る人たちとすれ違う時。そういう時、視線の先には大抵カップルがいたりして。俺は暗くなった彼女の瞳を横で眺めながら、こんな場所に、本当は今日デートするはずだった奴と来たかったんだろうなあって思ってしまった。


* * *


「なあ、本当に俺でよかったの?」


かんらんしゃ、という丸い部屋が沢山ついた乗り物に乗った時、俺は彼女にそう聞いた。ゆっくりゆっくり空に近づく小さな部屋からは夜用にピカピカと光る地上の景色が見下ろせた。「俺はよくわからないけど、好きだったんだろ」向かいの席に座って窓を見ていた彼女はこちらに視線を向け、「うん」と短く言った。乗り出すように外を眺めていた姿勢を改め、こちらに向き直って座ると彼女はにっこり笑う。


「遊真先輩と来れて楽しかった」


その言葉には、嘘は混じっていないのに、彼女の目が赤くなっているように見える。「別に無理しなくてもいいぞ」俺は先程の彼女と同じように窓の外を見る姿勢になった。もうピカピカはずっと近くて、あと少しで地上に戻ってしまうところだった。


「じゃあ一つお願いしてもいい?」
「お願い?」
「手を繋いでもいい?」
「…もっかい言うけど、俺でいいの?」
「うん。手があったかいと、ホッとするでしょ」


どうして、他のやつとやりたかった事を全部、俺で試すのか。俺にはちっともよくわからなかったけど、彼女はそれが落ち着くみたいだった。かんらんしゃを先に降りて手を差し出してやれば、彼女は小さくてもちもちした手をちょこんと重ねて、ゴンドラから降りた。「楽しかったね、帰ろう」満足気な彼女の笑顔を見たら、俺は少し安心した。悲しそうな顔してるのを連れて帰るのは、ちょっと気が引けるので。重なって俺の手の中にある指先が、きらきらしたピンクになってることに気づいて、俺は今日来なかった見る目のない奴に言ってやりたくなった。お前、勿体ないことしたなって。










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