月に帰らないでね | ナノ






「ヒュース!」


土曜日 真昼の公園で、私はベンチに座っていた彼に声をかける。近所の子どもがちらほら来ているなんてことない公園なんだけど、ここは私とヒュースの待ち合わせの定番。私の住むマンションの目の前にあって、晴れてる場合は大抵集合場所はここになる。


「遅れちゃってごめんね。待った?」
「今来たところだ」
「よかった」


私とヒュースは、あれから、順調にデートを重ねていた。付き合っているわけではない。だけど、今は私はヒュースの連絡先を知っているから、会いたくなったら呼び出せるし、声が聞きたくなったら電話をかけることもできる。ヒュースだって、そんな私のラブコールに付き合ってくれているし、私が例えば会いたくなったのが結構遅い時間だとしても、ヒュースは会いに来てくれたりした。河原以外の場所でも会えるようになったし、正直、地球の恋愛ではこの状態は『付き合っている』と言えるんじゃないかなって思う。だけど、あのまっすぐな瞳で『違う』と言われたら悲しいから、私はあえて聞いてない。ヒュースからの拒否が見えない限りは、私のこと、きっとふんわり好いていてくれてるんだって思う事にしたのだ。


「クレープ食べて、服とか見よ。今日こそヒュースの好みのやつ探してあげる」
「毎回自分が着ない服なんて見て、お前は面白いのか」
「うん。気に入って買ってくれたらもっと嬉しいけど」
「別に、必要がないから買わないだけだ」


暖かい季節がきて、私の着ている服は少し薄着になった。ヒュースは出会ってからずっと同じ黒いパーカーを着てくる。せっかくカッコいいんだから勿体ないと、服屋の前を通る度私はヒュースのことを無理矢理店内へ引っ張って、目に入った服をあてがって見せるけど、どれにも興味がないみたいで買ってくれた事はない。もしかして、ヒュースの住んでいる宇宙船は凄く狭くて服が置けないのかもしれない。私は未だにそういう、ヒュースの住んでるところの話とか、なんのために地球にいるのかとか、それから、私の事は好きなのかとか。そういう大事な事を彼の口から聞いた事がなかった。本当はもっと、沢山ヒュースの事を知りたい。だから私は彼のよく言う、『交換条件』を日々出し続けている。


「そういえばね、昨日おばあちゃんからメールきて。おばあちゃん家に犬がいてね、可愛いんだ。見てこれ」


スマホの画面を見せると、歩きながらヒュースはこちらを見た。私がこうして秘密の話をし続けたらいつか、ヒュースも自分の事を話してくれるんじゃないかって、何の根拠もないのに私はそう思っていた。スマホを返してきたヒュースのポケットからは初期設定らしき電話の音が鳴って、私たちは立ち止まった。


「…ああ、わかった。すぐ向かう」


ヒュースの短いやり取りを横で聞いただけで、はじまったばかりのデートは終わりだとわかって、私のテンションは下がっていく。「…急用ができた」「うん、しょーがないよ。またね」「ああ」ヒュースは元来た道を急いで戻っていく。その先にきっと彼の宇宙船かなにかがあるのだろう。出会った頃から一つ変わったこと、それはお別れの時、必ず次の約束に繋げる言葉を私が言えば、ヒュースが肯定してくれることだった。私は、それがとても嬉しい。わかりにくいけど、ヒュースだって、少しずつ心を許してくれているような気がしていた。


* * *


デートに行くはずだった一日が潰れ、仕方なく私は家に帰ってきた。テレビをつければちょうど話題は私の住んでいる街の話で、どうやらこの街の防衛機関であるボーダーが近々別の世界へ遠征すると発表したというものらしい。既に渡航調査は住んでいると述べた偉い人の会見を見ながら、私は一つ頭に浮かんだことがあった。既に渡航も終わって無事帰って来れている人が居るという事は、よその世界ってたまに私の街を襲いに来る変なロボットばかりではないんじゃないだろうか?きっと、それをつくる人の手があって、それは私と同じような…人間?

行き着いた答えに、真っ先に思い浮かんだのは、先程別れたばかりのヒュースの顔。ヒュースは、宇宙人か何かだとずっと思っていたけれど、もし彼が近界民だとしても何も不思議なことではない。むしろ、いるかいないか定かでない存在の宇宙人と決めつけるよりも、確実に存在している近界民である可能性の方が、ずっと高かった。テレビでは引き続きボーダーの会見の様子が流れていて、『近隣で近界民の被害に遭われた方はすぐにご一報を!』との見出しとともに専用ダイヤルが表示されている。もしかして、私、とんでもない人と恋に落ちてしまったのかもしれないと、この時初めて気付いた。




月に連れて行ってよ 上






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