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先輩と昨日からお試しで一週間、付き合う事になった。仲の良い人達で食事に行った時、なんとなく話の流れがそういう内容になって、独り者同士付き合えばいいと周りが悪ノリし出したことがきっかけ。もしこれが、独り者が俺と先輩だけじゃなかったらそんな話にはならなかったと思うから、先輩はこの日とても運が良かった。


『先輩さ、俺の事好きだね』


俺は、前に先輩にちょっとした意地悪をしてしまった事があった。その時は特に何の意味もなく、冗談のつもりでそう言った。そうしたら先輩は「そんなんじゃない」と言って、そっぽを向いた。その時の先輩の、赤くなった耳とか、どう見ても隠しきれてない態度や表情から、まさかこの人、本気で俺の事が好きなんじゃないか?と知ってしまった。それがちょっとした意地悪。それ以降も先輩は俺に一度も好きだって言ってきた事はないし、変にアプローチされた記憶だってない。誰だって言うつもりがない好意は、たぶん、隠しておきたいはずだ。俺も別に先輩の事は、そこそこに好きではいたけど、特別な好意を持たれているとは知らなかったし、俺は持っていなかった。俺の気持ちは多分、先輩の思ってくれているものとは別物だ。

『いいじゃん、犬飼今フリーだろ』
『お前らそこそこに仲良いしさ』

冷やかされヤジられ、困ったように俺を見た先輩へ、気付かれない程度の罪滅ぼしをするかという気持ちで、「俺はいいですよ、お試しで」と笑ってみせた。


* * *


「…で、どうする?とりあえずキスでもしておく?」


基地でたまたま先輩に会えたから、休憩所のベンチに誘った。先輩は目をキョロキョロさせて忙しく、いつもの元気な感じとは違う。膝を揃えて小さく座った先輩を見ると、まるで小動物を見てるかのような気持ちになった。「しないよ」先輩は慌てた様子で否定した。「しないの?」俺のこと、好きなのに、それはしないんだ。もしかして俺の勘違い?先輩も、別に特別な意味は持たないやつなんだろうかと思って腕を組んで先輩の顔を覗き込んだ。


「じゃあ、付き合うって俺ら何すればいいの?」


何をしたら先輩は満足するのか、よくわからなくて聞いてみたら、顔を真っ赤にしながら小さな小さな声で言った。「一緒に、帰ったり…とか……」一緒に帰るのなんて、付き合わなくてもいつでも誰とでも出来る事だし、イマイチピンと来なかったけど、どうやら先輩にはそういう段取りがあるらしい。まあいいか、この人のための一週間だと思ってるから。「いいね、一緒に帰りたいんだ?」そう言うと先輩は顔をあげて、目をキラキラさせた。赤くなった頬と小さく結ばれた唇が、なんか子どもみたいだ。


一緒に基地を出て歩き出して、一応ここでも手を繋ぐか聞いたけど、先輩は首を横に振った。先輩にとってのお付き合いは、俺が知ってる男女交際よりずっとピュアで、今までとなにが違うのかもわかりにくい感じだった。「あ、あれ飲みたい」街を歩くうちに先輩が指差したのは流行りのジューススタンド。よくクラスの女子とか、ボーダーの人もこの店のロゴの入ったジュースを飲んでいるので見覚えがあった。ビジュアル死んでるよなあと密かに思っていた謎の飲み物を先輩も飲みたがったから、そこで初めて『この人もそういうの好きなんだな』と思った。戦闘地や焼肉屋じゃない場所にいる先輩への違和感と、それが今俺と一緒に歩いているという事実。この人もクラスの女子と変わらない普通の女子なんじゃん。そう思ったらなんか急に先輩を纏う空気が柔らかく見えだした。そして、結局流れで俺まで初めてタピオカを口にする事になった。「これ、専用ストロー?」「うん、そうだけど」こんな物があるなんて知らなかった。先輩は慣れたようにストローを咥えてジュースを飲む。俺もそれを真似してみたら、ミルクティーの甘さと一緒にぷるんとした食感が口の中に飛び込んできた。なるほど、これがタピオカ。見た目のグロさよりはちゃんと本格的な味がしたから、驚いた。触感を楽しんでいたら先輩も同じように頬を動かして、嬉しそうに笑った。


「………あのさ、いつならいいの?」


ジューススタンドの前のベンチに二人で座って、ジュースを啜りつつ、聞いてみた。「何が?」「キス」俺の言葉を聞いた先輩は、また基地で喋った時みたいに固まってしまった。「そんなにしたいの」そう聞かれて、俺はちょっと考えた。「うん」さっきまで別にそう思ってなかったんだけど、タピオカ飲んでる先輩を見てたら、急にしたくなった。先輩がなんか、美味しそうに見えたから。先輩は困ったようにまたキョロキョロ辺りを見ていて、人通りが丁度途切れたタイミングでようやく返事をくれた。


「…もうちょっと、人の少ない所にしない?」


これは、つまり。
ジュースを飲み終えた俺たちは駅へ向かう人の流れに逆らうように住宅地の方へと足を進めた。人の少ないところって、意外とありそうでなくて、結局30分くらい歩いた後に見つけた公園の、入り口から遠いほうのベンチに決めた。先輩はかなり緊張してるように手を固くグーにして膝の上に乗せていた。制服のスカート、しわくちゃになっちゃいそうだなと思った。


「…犬飼はキスした事あんの?」
「さあ、どうだと思う?」
「…知らないよ」
「先輩は?」


先輩は首を横に振った。「へぇ」思った通りだ。こんなに真っ赤で、緊張してて、一緒に帰りたいって事だって小さな声でしか言えないような先輩なんて、キスなんかしてたら熱が出るかもしれない。試合の前でもケロッとしてる先輩が、俺たった一人の前でこんな風になってしまうのが、俺は可笑しくて可笑しくて、それからちょっと、愛おしかった。そっと先輩の肩に両手をかけると僅かに揺れた。思ってたより華奢な体は、実際に触れてみると壊してしまいそうだ。手の中に閉じ込めた蝶を覗くみたいに、そおっと鼻先に近づいたら、一瞬。確かな感触はあったから、俺は先輩に無事キスする事が出来たのだと思う。けど、固く瞑ったままの先輩の瞼がなかなか開かなくて、だったらと思って、もう一度口付けた。今度は、ちょっとゆっくりと。薄目を開けてもまだ先輩は目を瞑っている。じゃあいいかなって、俺はさらにもう一回、もう一回と、とうとう先輩の様子も見るのを忘れてキスを落とし続けた。段々触れる時間は長くなってくし、先輩の唇の濡れた感触もはっきりと感じるようになっていく。これ、何回してもキリないじゃん。胸がザワザワして、夢中で止められなくなった。


「、まって…」


先輩の細い苦しそうな声が聞こえて、意識を呼び戻された。唇を離してみると真っ赤になって肩で息する先輩が目の前にいて、それをみたら急に俺も息が苦しくなった。なんて言うか、そう、先輩が物凄く可愛く見えたからだ。


「もう、おしまい」


俺の着ているブレザーの胸元を、先輩は両手で押した。まるでイヤイヤ付き合った後みたいに、だ。「もう?」そう聞いたら先輩は黙った。この反応の仕方、多分もう少し押したら折れそうだなって思った俺は、今回は意図的に意地悪する事にした。だって、予定してたよりずっと、先輩の反応をみるのが楽しくて、もっともっと俺しか見れない先輩を見たくなってしまったから。「ねぇ、本当にもうおしまい?」下向いたまま頷いた先輩の制服の襟元を、左手の指先で軽く引っ張ってみたら、先輩は忠犬のように俺を見上げた。その潤みを帯びた瞳には、到底言葉通りの感情は写っていない。


「嘘だね」


どうやら俺は、罪滅ぼしをやめたらしい。




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