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最愛の人は、期限付きの命だと聞いたから。消えゆく炎の最期が見たくて、私は彼といることにした。


「ここに、名前を書くの。それだけ」


それ以外は全て空欄を埋めた薄っぺらい紙切れは、私達の関係を変えるもの。「ふむ、そんなもんなのか」思ったより簡単だな、という気持ちが乗せられた一言に私は頷き、ボールペンを持つ彼の横からその様子を覗き込んだ。一文字目の一角目を書く前、遊真の手は止まった。「……これ、凄く高価な紙じゃないよな?」「違うよ、何処でも手に入るただの紙」「じゃあ、書き直すことも出来るよな」遊真はそう言ってから一文字目を書き出す。「でも、間違えないように書いてね」念を押すように言うと、遊真は手元から視線を上げて私を見た。「わかってるよ」


ガタガタの、下手くそなフォントで書かれた名前。並んだ二つの名前を眺めて、彼の苗字と自分の名前を合わせて、心の中で読み上げた。胸が温まって、幸せな気持ち。

遊真は今日、地球人になった。


「あー不思議。遊真が私の旦那さんなんて」


区役所からの帰り道、煉瓦の敷かれた舗装路を私達は手を繋いで歩いた。「あんな紙きれ一枚で終わりなんて、思ったより単純だな。さすが書類の国日本」押しボタン式の信号を押して、遊真は空いた方の手をパーカーのポケットに突っ込んだ。そのあどけない横顔を眺めて、私は再び『この人が私の運命の人なのだ』という事実を噛み締め、頬を緩めた。信号が青に変わって、繋がれた手に少し力を込められる。何もかも嬉しくて、羽でも生えたような気持ちになった。


「どこか行きたいな、せっかくだから。ハネムーンに行こうよ」
「ハネムーン?」
「結婚した夫婦が行く旅行のことだよ」


街中を歩けばタイミングよく、旅行代理店の路面店が現れ、ガラスドア越しに美しいウェディングドレスのマネキンが立っているのが見えた。「こういうやつ?」南の島の青い海の写真と、ドレスを指差し遊真は聞いた。「こんなに豪華じゃなくてもいいんだけど」現実的な話、ボーダーの重要な戦力である遊真は、そう長い期間三門市を離れて旅する事は難しいだろう。いつ襲ってくるかわからない敵を気にして、付き合ってから一度も小旅行ですら行った事はなかった。「…ただ、思い出が欲しくて。せっかくだから」一般的なハネムーンと違う形でも全然良かった。一日でも、半日でもいいから、全てを忘れて二人になれる時間が欲しい。


「…行くか」


遊真は私の方を見て、楽しげに口角を上げた。「どこに行きたい?あんま遠いと、色々あるかもだけど…」店頭ラックに置かれた海外旅行のパンフレットの数々をじろじろと眺め、遊真は考えるように手を口元に当てた。私はその姿が嬉しくて、遊真が睨めっこしてるラックの隣、近場の海の見える地域のパンフレットを手に取った。


「遊真も、私も、ただの人間になれるところ!」


* * *


柔らかくて蕩けるようなお湯に浸かって、糊のきいたひんやりとした浴衣を羽織って。カードキーを使って部屋に戻れば、先に戻っていた遊真が窓際の椅子に座って待っていた。「おかえり」見慣れない浴衣姿の彼を見ると自然と心拍数は上がる。「…ただいま」濡れたタオルを洗面所のラックにかけてから、彼の隣の椅子に座った。人生初の一等室の大きな窓からは、手が届きそうな程の近さのところに、紺色の海が広がっていた。


「凄いねこの部屋」
「本当だな。こっちに来てから海なんて初めて見た」
「あれ、そうだっけ」
「うん。泳げんのかな」
「この海は…どうだろう、近くに行く事は出来そうだけど、遊泳地ではないのかも」


エアコンの効いた室内で見る大自然は、非日常。遠くの灯台の灯りが目立つようになってきて、海は夜に呑まれていく。横目で見た遊真は椅子の上であぐらをかいていて、はだけた薄い水色の浴衣からは青白い脛が覗いていた。膝に肘をついて、ぼうっと窓を眺めている華奢な肩にかかった紺地の羽織は、夜の海と同じ色をしていた。


「…見てたな」
「…見てた」


視線に気付いた遊真が私の方を見て言った。白状した私の言葉を聴くと、遊真は体制を変えてこちらに向き直った。私の座る椅子の背もたれに手をかけ、ゆっくりと体重を移していく。ぎ、と木の椅子の背もたれは歪んだ音を立て、しんとした部屋に響いた。遊真は気にする様子もなくそのまま、ゆっくりと私の方へ近づく。浴衣から見える鎖骨へ鼻を掠め、軽くキスを落とした。


「石鹸の香りがする」


遊真の唇が、鎖骨から首の根本へと移っていくので、私は触り心地のよい彼の浴衣の生地を掴んだ。暗がりの海しか目の前には無いけれど、カーテンも何もない窓の前でこんな事をしているのは如何なものか。ずるり、遊真の肩にかけていた羽織が滑り落ちたその時だった。コンコンとドアを叩く音が聞こえて、私たちは動きを止める。「お食事の時間でございます、よろしいでしょうか?」廊下からかけられた声によって日常に引き戻され、遊真は立ち上がって適当に浴衣を引っ張りながら正してドアの方へと向かう。私も同じように立ち上がって、帯の結び目の向きを直し彼に続いた。


『続きは 後でな』


そう言うかのようにドアを開ける直前、振り向いてキスをしてきた遊真のせいで、私はまた湯上がりのように頬を染めた。


* * *


「本当に美味しいね、ご飯」


目が嬉しくなるほど彩り豊かな懐石料理を堪能しながら、私は言った。「うん、美味い。日本の料理は何でも美味いと思ってたけど、その極みって感じだな」美味しそうによく食べる遊真を正面から見ると、何だか私は嬉しくなる。「ねえ」箸を一旦置いて、私は遊真に問いかけた。


「遊真は、何で私と結婚してもいいと思ったの?」


遊真は口に運んだばかりのお米を噛むのを一瞬止めて、私の目を見た。考えるようにまた咀嚼をして、飲み込むと、唇にほんの僅かな隙間をつくった。考えている、なんて言うのか。しばしの沈黙を経て遊真が言った言葉は、私の胸を締め付けるようなものだった。


「…俺が居なくなっても、ちゃんと生きていけそうだから」


それを聞いた途端、再び箸を持つ力は手に入らなかった。刺身醤油の塩気もわからなくなる程、ツンと喉を刺すような言葉。この人は、いつも死期を隣に考えている。わかっていた、だから結婚したいと言った。人間いつかは死ぬけれど、何の根拠もなく寿命まで生きられると思っている私と、遊真の価値観はこうも違うのかと思い知らされたようだった。「そんなの、居なくなってからじゃないとわかんないよ」未知の未来への覚悟なんて、不確かなもの。「…もうちょっとロマンチックな理由を期待してたのに」「そうなの?んじゃ考え直す」「もう」遊真はそうだな、と言いながらもう一口ご飯を食べて、考えるように斜め上を見た。


「かわいい、俺の事がすき、ご飯が美味しい」
「…うーん、」
「これでもダメなの?じゃあ逆に俺と結婚したい理由は?」
「それは」


遊真の最期に、誰より近くに側に居たかったから。自分がロマンチックな理由を求めたもんだから、そんな理由が言えなくて私は口をつぐんでしまった。「…大好きだから」うまく誤魔化せずに子供みたいな理由を言えば、遊真は可笑しそうに笑った。「そっか、俺のこと、大好きなのか」このオレンジジュースはもしかしてアルコール入りなんじゃないかってくらい、ケラケラと笑っていた。珍しい遊真を見て、私は逆に困惑する。「ちょっと、どうしたの」「いや、ただ、いいなって思って」遊真は机の上に置いていた私の手を正面から握った。


「俺も好きだ」


食事中に向かい合わせの恋人の手を繋ぐなんて、付き合いたてのカップルみたい。久しぶりに言われたストレートな告白に、私の頬は熱くなった。


* * *


もうすっかり夜の闇しか見えなくなった大きな窓に、薄く上質な生地の遮光カーテンをひいた。広い部屋の奥まった位置にある小上がりの上に敷かれた布団に入って待っていると、荷物の整理をしていた遊真の足音が近づいてくる。布地の擦れる音がして、頭まですっぽり被っていた布団の片側が持ち上げられると、間接照明の柔らかい光が差し込んだ。それと共に、小さな体の温もりが侵入してきて、私の体を背中から抱きしめた。


「…寝る?」


じんわりと力を込められた腕に対して野暮な質問をすれば、首筋には遊真の吐息が当たった。「いや?」そう言ってからもしばらく動く気配の無い遊真の手に痺れを切らし、寝返りを打って向き合う形になったその瞬間、獲物を待っていたかのように遊真は私の口を塞いだ。何度もつまんで、角度を変えて。確かめるように触れていた唇がやがて薄い隙間を作り出し、そこから出た濡れた舌が一瞬だけ私の唇を舐めとって離れた。


「まだ、寝ない」


その言葉を合図に、遊真は大きく体制を変えて私を組み敷き再び唇を合わせた。今度は遠慮なしに口内へ侵出してくる舌に私も応えながら、これから先、二人でするであろう事を想像した。まだ、寝ないって、いつも寝ない癖にね。キスの嵐を受け止めながら、痺れた脳でそんな事を考える。いつもしている事なのに、今日は場所が違うから、二人の関係が変わったから、日常に私たちを縛り付けている組織から切り離されているから、なんだか開放的な気分だ。遊真は片手を私の浴衣の胸元に入れ、指先から手のひらまで順に力を入れ、感触を確かめるように私の体に触れた。じわり、じわりと波紋が広がるように解され、私の呼吸は少しずつ浅くなる。繰り返し落とされ続けていたキスが止んで、遊真の手はゆっくりと浴衣の帯に手をかけた。


「…おお」
「何、」
「いつもと違う格好だから、なんか」


いいな、これ。そう言って腰から引き抜いた帯をぱさりと布団の隅に落とし、浴衣の布地を左右に寄せた。肌の露出が急激に激しくなった私は、珍しげにまじまじと体を眺める遊真に恥ずかしくなって、ほんの少し体を傾けて隠そうとした。「ダメだって」更に両手で隠そうとしたところを、片手で押さえつけられる。華奢な彼の手によって自由を簡単に奪われた私の手は、押さえ付けられるように頭の横に移動させられた。真上にあった遊真の柔らかな髪は、私の首筋に吸い寄せられるようにして降りてきた。リップ音を立てて啄むように耳と頸と鎖骨に口付けていく。白い髪が、私の視界にはっきり入るようになった頃、遊真の熱い舌先は私の胸の突起をつついた。心地よいふわふわから一転、電流が走るようなピリッとした刺激に喉が締まるような声が鳴る。遊真は私の反応に、満足気に笑って目を合わせてきた。


「気持ちいいの?」


自分の着物の帯に手をかけ、遊真は私を見下ろしながら、見た目に不釣り合いなほど艶かしい笑みを薄く浮かべた。私はいつもこの、子どもの遊真が子どもではなくなる瞬間に情緒を揺さぶられている。一気に肩から浴衣を降ろし、素肌を露出した遊真は着ていた布地を邪魔そうに剥いで畳の上に放った。「これ、取っても寒くない?」そう言って私の肌蹴た浴衣にも手をかける。恥じらいながらも小さく頷く私を見て、遊真は私の背に手を回して上体を起こさせる。座って向かい合った私は、下着だけ身につけた状態になった。手首をすり抜け、着ていた浴衣が私の体を離れていくと、遊真はまた顔を近づけキスをしてくる。ゆっくり、ゆっくりと、舌と舌の触れる面積が増えていく。遊真の両手は私の肩からするりするりと滑らかに降りて、太ももを伝い、両膝に添えられた。キスの途中でも次何をするつもりか、この幼い容姿の彼はあれこれ考えて事に及んでいるのだと思うと興奮した。足の間を割って入るようにして遊真が体を密着させてくる。ひんやりとした腹筋は私の下腹部に触れ、徐々にその面積を増やしていく。そのまま体重をかけられ、再び私は布団に寝かされる体勢になった。体勢を変える度キスを落とす遊真が愛しくて、私は彼の首に腕を回した。それに応えるように、膝に触れていた遊真の手も私の後頭部に回る。こんな風に彼とキス出来るのは、これから先一生私だけなのだと、それが約束されているという事実が、どうしようもなく幸せだった。


* * *


布の擦れる音と、律動に合わせて漏れる吐息が静かな部屋に響いている。夕方温泉に入ったのが無になるような汗をじわじわとかきながら、私は必死で遊真の手を握りしめて、迫り来る快感の波に溺れていた。薄目を開けて見えた置き時計は深夜1時を差している。「っ、あ」ひたすらに規則正しく腰を動かしていた私の真上にいる遊真が止まる。「ちょっと休憩。このまましてたら、いきそう」そう言って深呼吸を一つして、汗ばんだ私の額に短く触れるキスをした。「……出してもいいよ」指を絡めて繋いだ手を遊ばせてそう言ったら、遊真は「うーん」渋るような返事をして同じように手を握り放しを繰り返して私を見下ろす。


「なんか勿体なくて。いっつもさ、ちょっと時間気にしながらしたりするじゃん」
「…うん」
「朝が来るまで、ずっと出来るのがレアだから。もっとしときたい」
「…遊真のえっち」
「いいよ別に、えっちでもなんでも」


嘘は言ってない、そう言って遊真は満足したように頬を撫でると、再び動きを大きくする。


「、ゆうま」


揺さぶられ、乱れた呼吸音と心音が入り混じったごちゃごちゃの世界の中で、私は彼の名前を呼んだ。「何処にも 行かないでね、」我ながらなんて狡いタイミングで言った言葉だろうか。もう止まる事のできなくなっている遊真は、きっと肯定以外の返事など出来ないとわかった上で、意味のない不安を漏らした。俺が死んでも、生きていけそう?そんなはずが無い。だけど、先の事なんか考えていられない程、今の遊真が欲しかったから、私は彼に生涯を捧げる事にしたのだ。遊真は一瞬言葉を失い、それから直ぐに「ああ」と言った。


「大丈夫、ここにいる」


遊真はきっと、思っていたよりも私が弱い人間だって事、今初めて知ったのだろう。傷付けたかもしれない。後悔させたかもしれない。だけど私だって、そうしたかったのに出来なかったのだ。激しくなっていく動きに身を委ね、私は固く目を瞑ったり、薄く開けたり、上り詰めていく彼に合わせた。ドクンドクンと血の巡る心臓の音が聞こえて、自分の声も何もかもわからなくなってきた。終わりが近い。少しして遊真は一瞬眉を顰めて、喉を鳴らすと、動きを止めた。さっきまで溶けるほどの暑さがこの空間を纏っていたのに、急にひんやりとした冷気が流れ込んできて、火照った体を冷やした。


「大丈夫だから」


遊真はそう言って、汗ばんだ私の体を抱きしめた。どうしようもない命の期限を否定するでもなく、ただただ宥める事しかしないのは、遊真の優しさだと思った。


* * *


ほんのりと部屋を明るくする朝の光で、私は目覚めた。隣にいたはずの遊真の姿はなかったから、おそらく飲み物を調達に出たのだろう。私はハンガーにかけていた洋服をそっと身に纏った。朝の、誰もいない海が観たくて。必要最低限の持ち物をポケットに入れ、音を立てないよう静かにドアを開けると、絨毯の敷かれた長い廊下を一人歩き、旅館のロビーへと降りた。


朝早くから立っていたフロントの人に断りを入れ、ロビーを出ると、建物の敷地から海に繋がる一本道を見つけた。まだ空気が涼しくて、霞がかったイエローの朝日が覗く、潮風たっぷりの朝の海。砂浜じゃなくて、あいにく岩場だったけれど、適当な場所に腰を下ろして息をつく。昨日部屋から見た景色とはまた違う、キラキラと光る海を見たら、真夜中に吐露した漠然とした不安とか、寂しさは無かったような気持ちになった。


「ずいぶん朝が早いな」


一人で来た筈なのに、後ろから声をかけられて驚いた。振り返ると薄手のパーカーを羽織った遊真がそこに居て、ポケットに手を入れたまま私と同じように海を観ていた。


「言ってよ、早起きするなら」
「…ごめん、ちょっとだけのつもりだったから」
「いいよ。直ぐ気づいて追いかけてきたからな」


遊真は私の隣に座った。それからすぐ、横に置かれていた私の手を取り、穏やかに笑った。私はその顔を見ると同じように口角を上げて、それから繋がれてない方の手でポケットの中から折り畳まれた紙切れを引き抜いた。


「これ、どうにかしようと思うの」


小さな長方形に畳まれたそれを、ゆっくりと広げていく。現れたのは遊真が名前を描いたことで完成した、婚姻届だった。


「死んだら終わりを申告しなきゃいけない機関に提出するより、いつか還る世界に捧げたほうがいいのかなって」


遊真は、地球人にはならなかった。

これは全て、私の我儘と、二人のささやかな夢を叶える為に始めた『結婚ごっこ』で、この手元にある婚姻届の証人の欄は空白のままだし、役所に行ったのも、本当だったらこういう手順を踏んで夫婦になるのだということを試しに覗きにきただけ。この国に戸籍のない遊真は永遠に地球人にはなれないし、私達は結婚する事は出来ない。出来る手段は、何処にもないのだ。だから、創ることにした。宇宙でただ一つだけ、私と、遊真を、結ぶ特別な関係を。


「……練習してたやつ、やってもいい?」


このハネムーンに出る前、二人で練習していたこと、結婚式の誓いの言葉。遊真はニヤリと笑うと私の手を取って向き合うように立ち上がり、わずかに首を傾げて柔らかな視線を向けてくれた。「いいぞ、先に言って」目線でそう促され、私は咳払いしてから真っ直ぐ遊真をみた。波が寄って、離れていく音が聴こえてくる。


「…私は、遊真を愛しています」


まだ出だしだと言うのに、遊真は照れているのかにやつきを抑えられずにいる。「ちょっと、まだ」「いや、悪いな。続けて」んん、と喉を鳴らして遊真はまた真っ直ぐ私を見た。


「これから先、もし、遊真に何があったとしても、この命がある限り」


声が、足が、震えそうになった。結婚式って、こんな感じなんだ。


「一人でもちゃんと生きる事を誓います」


言い切って、遊真の顔を見たら、驚いたような、呆然としているような、そんな顔をしていた。昨日の夜までの私を見た遊真はきっと、そう遠くない自分が居なくなる未来に、私を残していく事をとても不安に思っていただろう。どうか、それを変えてあげたい。昨日大丈夫だよと私に優しさをくれた遊真に私が出来る、最大級の愛だった。


「………ありがとな」


遊真は目を細めて笑った。私もそれを見て、安心して、同じように笑った。


「じゃあ今度は俺が言ってもいいか?」


遊真は深呼吸してから、「俺は、」口を開いた。


「この身がある限り、名前と一緒にいたいです」


遊真は、どんな誓いをくれるのだろうか。家で練習していたのは、所謂結婚式で使うような、病める時も、健やかなる時も、無償の愛を誓いますか?という問いに対して答えるところだけ。自分で文言を変えた私と同じように、遊真も自分の言葉を並べてくれようとしているようだから、私はドキドキしながら彼の言葉を待った。


「もしそれが 終わる日が来たとしても、名前に一番近い星になってきっと、最後まで一緒にいるって、そう誓います」


そんな言葉、貰えるなんて思わなかった。


「俺も、名前を愛しています」


遊真は顔を綻ばせた。いつまでも、遊真は私のそばに居てくれる。彼の口から出た究極の愛の言葉を噛み締め、どうしようもなく胸が熱くなった。潮風に靡く髪を手櫛で抑えながら笑顔を作ると、遊真は私の目元を親指で拭ってくれた。「泣き虫だな」私の目から勝手に落ちてく温かい雫を次々拾いながら、遊真はまつ毛とまつ毛の触れ合う距離まで顔を近づけた。ゆっくりと目を閉じて、やわらかな唇の感触を確かめた。




「せーのっ」


いびつな紙飛行機の形に折った婚意届は、風に乗って海へと落ちていった。紙にじわじわと、水が滲んでいく様を二人で見届けると、やがてそれは沈んで水面から姿を消した。


「…結婚した!私と遊真」


自分達の手元を離れた紙を見て、私はそれがこの星に受理された事だと言って、大はしゃぎした。「あぁ」遊真はそんな私を見て、同じように歯を見せて笑った。今朝二回目のキスを交わすと、飛びつくように互いの体を抱きしめた。遊真の肩越しに見た空は来た時よりもハッキリとした青になっていて、すっかり日の登りきった朝になった。


「朝ご飯食べに行くか」


差し出された手を握ると、子どものように温かかった。私はきっと、彼の体がつめたくなる日が来たとしても、今日のこの手の温もりを忘れることはないだろう。



ペールブルーハネムーン





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