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好きな人と同じ班になった修学旅行、それはもう夢のようで。誰が見ても行きの便から大はしゃぎしていた私がようやく静かになったのは、彼が同じ班の女の子と二人で回りたいと言い出した時だった。「おー別に良いぜ、後でな」ホテルのロビーで呆然と固まる私とは対照的に、同じ班の人達はなんてことないみたいに二人を見送った。照れ臭そうに彼女の手を取った想い人へ、冷やかすような声が飛ぶ。付き合ってたんだ、あの二人。もしかして私だけが知らなかった?観光テンションなんてどっかに行った私は頭が真っ白で、それでも突っ立ってるわけにもいかないし、失恋のショックを周りに見せる事もしたくないから、なんともないように残りのメンバーに着いていく事にした。彼に恋した数ヶ月間の記憶、どうかこの島の海に流れて消えて行って欲しいと思った。


「ほい」


誰かが買った映える見た目のフルーツジュースを、水族館行きのバスを待つ間回し飲みしている仲間達。隣にいた同じ班の米屋くんが渡してきたそれを受け取ると、ジュースにはよくあるカップル仕様の二人で飲むハートのストローが刺さっていて、失恋したての傷を抉った。これ、観光ガイド見た時、彼と一緒に飲みたいなんて妄想してたやつじゃん、こんな形で飲むことになるなんて。バス待ちのベンチに腰掛けた班のメンバーは全員楽しそうにお喋りしていて、端っこに座った自分だけがこの楽しい空気に馴染めていないことを悲しく思った。


「……おい、どした?」


なかなかジュースに手をつけずにいる事を不思議に思ったのか、隣でスマホをいじっていた米屋くんが声をかけてくる。「いや、別に…」一瞬交わった視線を逸らして答えると、米屋くんは特に何も言わずに私の方を見続けた。凝視するような視線が刺さって痛い。そこへちょうどバスがやってきて、座っていた仲間達が財布を出しながら立ち上がった。私も、意を決してジュースを飲もうとしたその時、横から伸びてきた手がカップを取り去り、それを隣に並んでいた男子に渡した。


「悪ぃ、俺らちょっと別で周るわ」


その言葉を言い終えるや否や、米屋くんは私の左手を取ってバス停から遠ざかるように進んでいく。呆気に取られながらも引っ張られていく力に逆らえず、私は必死で彼の後に続いた。僅かに振り向いた時見えたのは、バスに乗り込む手前の仲間達がざわめき、好奇の目で私達を見る楽しそうな顔だった。


* * *


連れられて来たのは海がよく見渡せる展望台のような所。それ以外特に何かあるってわけでもなかったから、修学旅行生らしき人は見当たらなかった。パラパラ観光客がいて、ちょこっとアイスクリームを売ってるワゴン車が止まっているくらい。「お、アイス食う?」ポケットから財布を出しながら米屋くんが聞くから、私は彼の考えてる事がよくわからなくて恐る恐る頷いた。「よし、そこに居ろよ」そう言って私から一旦米屋くんが離れていくと、私はこの旅行に来てから初めて一人になった。楽しそうな家族連れやカップルを傍観する存在になると、さっきまで上手く処理出来ずにいた悲しい気持ちと向き合う時間が襲ってくる。砂浜に打ち寄せる波の音が、胸をザワザワさせるような不安な音になって来た時、後ろからトントンと肩を叩かれた。


「ん、お前の分」


沖縄名物の紫芋のアイスクリームコーンを私に向け、米屋くんはいつもみたいに明るく笑った。「…ありがと」受け取ったアイスを舐めると、冷たくて甘くて優しい味がした。そのまま米屋くんは私の横に立って同じように潮風を受けると、アイスを食べながら空いた手でもう一つ私に何かを寄越してきた。赤いハイビスカスの花。「やるよ、アイス屋で貰った」私がそっと手のひらを出すと、米屋くんは私の手にぽとりと花を落とした。「…綺麗」生のハイビスカスを観たのは初めてで、私はその華やかで瑞々しい花を指先で摘んでくるくる回して眺めた。


「これからどうすっかな、行きたいところとかあんの?」


そうだ、何で米屋くんはバスに乗る直前急に私を連れ出したのだろうか。米屋くんと私は、今のところこれと言って接点があるわけではなかったし、ボーダーの活動がある米屋くんは学校を休むこともしばしばある。今回修学旅行の班が同じになったのは偶々。彼が私だけを連れ出す理由が見当たらなかった。「あの、」私は質問しようと思って横を向いたけど、米屋くんはそんな私を見てすぐ「アイス、垂れてる垂れてる」慌てたように指差すから見たら、その通りだった。沖縄の六月は暑い。私は急いでコーンに垂れ始めたアイスを舐めとった。


「…あっちぃなー、アイス食ったら俺らもぼちぼち集合場所向かうか?」


目の上で日除けの手を作り、太陽を見た米屋くんはこれからの予定を一人で喋っていた。私はアイスを食べながらそんな彼を横目で見ると、もうすでにアイスの最後のコーンをかじっている所だった。食べるの早。「…ここ、ガイドに載ってた?有名な場所?」私が質問すると米屋くんは一瞬咀嚼の動きを止めて、目線だけ私の方に寄越した。のどが大きく動いて全て飲み込むと、「いいや?」と言って、口の端を指で拭った。


「適当に来ただけ。あんまま乗ったらバス酔いすんじゃねえかなって思ったから。もう平気なの?」


米屋くんの優しい問いに頷くと、私もアイスのコーンの部分をようやく齧りだした。どうやら彼は私を心配してくれたみたい。全然具合は悪くなかったし、偶々隣にいたから私を気にかける事になってしまった米屋くんに何だか申し訳なくて、私は急いでアイスを食べ終えた。それから何となく私達は砂浜をのんびり歩く流れになって、第二集合地点である水族館へ行く為のバス停を目指した。


米屋くんって、明るくてお喋りな人という印象だったけれど、歩いてる間は驚くほど静かだった。
無口だって事ではなくて。私が喋ればそれをしっかり聞いてくれるし、話しやすいように話題も振ってくれる。打ち寄せては引いていく、波のような緩急のある人だと思ったら、これまでの彼のイメージがガラリと変わった。あまり話さないから知らなかったけれど、クラスの皆に好かれている理由がなんとなくわかったような気がする。


「…ここ、階段ねーのかな」


砂浜から外れて暫く歩いていた道が、途中から高さを帯びた石垣のようになっていた。整備された歩道に降りたいけれど、辺りには階段らしいものはなく、戻るかちょっと頑張って飛び降りるかのどちらかしかない。米屋くんはそんな高さの石垣でも迷いなくぴょんと飛び降り、まだ上でどうするか迷っている私を見上げた。じっと見つめてくる彼に私は、戻って低いところから降りると言おうとしたけど、それより前に米屋くんは私の方に手を差し伸べてきた。


「手、持っててやるから、降りてみ」


運動神経の悪い私はこんな高さから、スカートで飛び降りた事なんてなかった。「む、無理無理」後退りしかけた私の手を、米屋くんはニヤリと笑って掴み取る。そのままぐんと引っ張られて、制服のブラウスの上から腰部分にもう片方の手を添えられる。騒ぐ間も無くふわりと地上に降りられたのは、米屋くんが落ちてくる私の体を抱き止めるように降ろしてくれたからだ。生まれてはじめて男の子に、一瞬でも抱き止められた私は、驚きと羞恥心で軽くパニックになっていた。「っと、はい着陸」爪先から地に足をつけた私は、いつもと何ら変わらぬテンションで笑った米屋くんを見た。どきどきと胸の音がうるさくて、何も言えなくなってしまってる私とは対照的に米屋くんは楽しそうにお喋りを続ける。


「さーて、次はどっち行けばいいんだっけか」


そう言って先を歩き出した彼について行こうとする時、気付いた。米屋くんの耳が、赤い。彼が今ブラウスの下に着ているインナーのTシャツと同じような、真っ赤な色をしている。全然慣れてますみたいな顔しているから何だかあべこべな感じ。もしかして、今の、米屋くんも恥ずかしかった?そう思ったら最後、心拍数は落ちることなく刻まれていく。「…あのさ、米屋くん」あと少しでバス停に着くっていう道路を縦並びで歩きながら、彼の背中に向かって呼びかけた。「んー?」米屋くんは頭の後ろで手を組んで、こっちを向こうとはしなかった。「ありがとう」しばらく二人きりになって感じた事だけど、米屋くんは多分、優しくて、周りをよく見てる人なんだと思う。バス停で私が飲むのを躊躇ったジュースを避けてくれて、気まずく悲しい班行動から離してくれて、暑いからアイスを買って来てくれた米屋くんは、バス酔い云々ではなく下手したら私が失恋した事に気付いているのかもしれない。彼がそれを認める気がなかったとしてもお礼がしたくて、私はそう言った。ちょうどその時無人のバス停に着いて、米屋くんは振り返った。


「あーさっきの?いいって」
「ううん、それもあるけど。なんていうかその、心配してくれて」
「意外っしょ?」
「そんな、」


私は首を横に振った。「米屋くん、周りをよく見てて、優しいんだなぁって」屋根のついたバス停で、日陰になってるベンチに座った。暑くて手でパタパタ顔を仰いでいる私の横で、米屋くんは時刻表とスマホを交互に見ながら喋り続けた。


「あー惜しいな」


良い時間帯のバスを逃したって意味だと思って、私も同じようにスマホをポケットから取り出す。「行っちゃった?」「いやそっちじゃなくて」スマホから顔を上げた瞬間、時刻表を見る為に立っていた米屋くんが隣に座った。困ったように笑いながらも、米屋くんの耳は相変わらず赤いままだった。


「俺がよく見てんのは、お前だけ」


暑さで幻聴が聴こえたのかと思った。私は口をぽかんと開けて、彼を見つめた。


「そりゃそうだろ。あんだけ班決めで大喜びしてた奴が急に無理して笑ってんだから、俺くらい見てたら気付くっての。そーゆー訳だから、」


彼がペラペラと話す言葉の意味がわからなくて、私は混乱した。やはり失恋はバレていて、それを知ったのは私を見てたからで、つまりそれは、ええと。突然転がり落ちて来た恋のフラグに、私の頬は米屋くんに負けないくらい真っ赤になった。


「失恋したてのとこ悪ぃけど、俺も朝から傷心中なんで。ちょっと慰めてくんね?」


そう言って、米屋くんは満足気な顔して立ち上がる。私は呆気に取られて、ワンテンポ遅れてゆっくりと立ち上がった。水族館行きのバスの到着だ。


「行くか」


流れるようにとんでもない告白をされ、失恋した事も何もかも忘れてしまいそうになった。バスのドアが開くと、当然のように手を握られ車内へとエスコート。いつから?どうして私を?まだ、私返事もなにもしてないけど。さっき抱き止められた時の数倍は混乱している頭で、私は彼に連れられるがまま後部座席へと足を進めた。二人がけの座席に並んで座る私と米屋くん。幸せそうに窓の外を見ている彼の横顔を見ると、繋がれた手を離すのが何だか惜しいような、悪い様な気持ちなってくる。それと同時に、よく知らない人だった米屋くんを、知りたいという気持ちも芽生え始めた。彼に貰ってからずっと私の手の中にあった赤いハイビスカスを見つめながら、窓から吹いてくる夏の風を受け、私はこれからの事を夢中で考えていた。



さざなみエスケープ





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