wt小説 | ナノ





夢の中で、私はいつも同じ星を散歩していた。ふわふわで黒猫みたいな髪をした男の子と一緒に。彼の名前は知らないけれど、いつからか私の居座る星に彼もいて、私達は無数の星が煌めく銀河の中で、他愛無い会話を楽しんだ。彼のおかげで眠る事が、楽しみになった。


「残念だけど、実は今日でお別れだ」

 
ある晩彼は、そう言った。明日からここへは来れないのだと言う。眠るといつもここにいる彼もまた、わたしと同じように意図してこの場所へ来ていた事を知ると共に、自分の意思で来なくなることも出来るのかと驚いた。そして、理由も言わずに淡々と別れの挨拶をする彼の声は段々とぼやけた感じになっていった。夢が、覚めていく合図。別れの場面だというのに時はちっとも待ってくれない。


「なぁ、俺、お前の事好きだよ」


彼はひらりと手を振った。薄く笑った、なにかを諦めるような表情が切ない。私もだよ、と言いたかったのに、気がつくと私は自室に戻っていた。涙の跡を拭えば、外は明るくなっていた。


* * *


「外国人?」 「帰国子女ってやつでしょ」

朝のホームルームで、私は『彼』を見つけた、起きている間のこの世界に生きる彼を。髪色こそ違うけれど、顔つき、体格、声は間違いなく夢で出会う彼そのもの。珍しい転校生にはしゃぐクラスメイト達の中、私は静かに彼を観察し続けた。二人になれる絶好のタイミングを狙って、話しかけようと思っていたから。そして時はきた。彼がこの学校に来て一週間と少し、朝一番に教室に着いていた空閑くんが、「オハヨーゴザイマス」と暢気な挨拶を私にして来た返しに、私は訊いたのだ。


「ねぇ、どうして戻ってきたの?」


同じ言葉を返されると考えていたらしい空閑くんは、ポカンとした顔で私を見た。質問を変えようかと私は「お別れだって言ったじゃない」と問い詰めるけど、相変わらず空閑くんは不思議そうに私を見て首を傾げる。「……それ、なんの話だ?」くっきりした赤い眼を向けて、そうハッキリ言った。そっか、知らないのか。ということは、彼は、夢の中で出会っていた彼ではないのか。一週間信じつつけていた希望がパチンと弾けて、私の胸は空っぽになった。「…ごめんね、忘れて」初めて喋ったのに、よくわからない事を言う電波系だと思われてしまっただろうか。ツンと痛み出す目の奥をどうにかコントロールして笑うと、空閑くんは「ふむ、わかった」と言い、席に着いた。ふわふわの綿毛のような髪の毛が風に揺れて綺麗で、私の頬には一筋の雫が流れた。


しかし、諦めたのに嫌でも目についてしまう関係、それがクラスメイト。しっかり失恋したあの日からずっと、私は空閑くんのことを勝手に目で追い続けた。したくてそうしているわけじゃないけど、見れば見るほど『彼』に似ているものだから、会いたくなってそうしてしまうのだ。
ホームルームが終わって殆どの生徒が帰ろうと立ち上がったざわめく教室で、空閑くんは窓際の席から私の席までツカツカと歩いて来た。
 

「これ、どうやって書くのか教えてくれ」


何故、既に友達もいる彼が、なんの関係もない私の元に日誌を持って来たのかはわからなかったけど、私は「いいよ」と言ってカバンを再び置いた。空閑くんは私の前の人の席から椅子を引いて座り、私の机に日誌を広げた。前日の日誌を見れば、書き方らしい書き方もない形だけの物であるとわかるだろうに、空閑くんは私物のシャーペンをカチカチと鳴らして今ここから名前を書き出そうとする。「この、遊って文字は、難しいよな」自分の名前なのに空閑くんは面白い事を言う。「バランスをとるのが難しいね」そう言いながら私は日誌の隅に同じように空閑遊真、と彼の名前を書いてみせた。教室からは、私達以外皆が出ていって、静かになった。


「みょうじさん、字が綺麗なんだな」


シャーペンを持つ手が止まる。字を褒められる事はたまにあるけど、今日空閑くんにそんな事を言われるとは思わなかった。「そんな事ないよ」じりじりと熱くなる頬をこれ以上悪化させたくなくて謙遜したら、「本当だぞ」と言って空閑くんは手を止め、私を見た。曇りのないピカピカの瞳が私を射抜く。頬はさらに熱くなった。


「…前に変な事言ってたけど、あれは何だったんだ?」


一限目の国語、の文字を書きながら彼は聞いて来た。変なこと、というのは、私が空閑くんに初めて話しかけた時に聞いた事だと思う。忘れてって言ったけど無理だよね、急だったし。空閑くんはその答え合わせで私に話しかけにきたのかなと思っていると、「他にも」と言い手は止めずに聞いて来た。「俺の事、いつもずっと見てる」目を合わせずにサラリと言い放たれ、それが拒絶のようでどきりとした。彼が私の元へ来たのは交流とかではなくて、警戒か牽制か、或いはその両方だと言う事が分かった。


「……ごめんね、似てるの。好きなひとに。空閑くん」


間違った事は一つも言っていない。空閑くんは手を止めて顔を上げ、「ほう」と興味ありそうな顔をした。そんな顔をされても、話せる事は限られるから困るなぁ。熱くなった頬をひんやりした自分の手で両手で包み込むと、空閑くんは「そんなに似てるのか」って言ってペンを置いた。


「本人かと思うほど似てるんだろ?最初にそう思って、俺にいつ戻ったのかって聞いて来た」
「うん、そうだよ」
「てことは、もう会えないのか?」
「…そう言ってた」
「ふーん、何で?」


空気を読んで引いてくれない子どもらしさが、空閑くんを纏う威圧感。『彼』もそうだった。『彼』はよく、私の悩み事を引き出して聞いてくれたけれど、全て吐き出させようとしてくるような怖さがあった。そうやって、良い子でいようとする私を壊すところが、妙に癖になると言うか、スッキリとした心持ちにさせてくれる人だった。


「もしかして、死んだの?」


直接的で言葉を選ばない。夢の『彼』と空閑くんは同じようだけど、生身で感じる分空閑くんの方が心を揺さぶる威力があった。負けないように、私は黙って首を横に振る。「違うと思う、わかんないけど」そう言って黙ってしまっても、空閑くんは「そうか」と言って日誌を書く作業に戻った。躓くことなくさらさらと手を動かす様子を見て、書き方を教えてくれという発言は、私とこの話をするための口実だったのだとわかった。


* * *


夢の中の宇宙では、相変わらず私はひとりぼっちだった。流れ星の群れを眺めながら空閑くんに聞かれた言葉を考えると、『彼』が死んでいないという確証はどこにも無いと言う事実が襲ってくる。空閑くんが、本当に『彼』だったら良かった。そうだったら私は堂々と、空閑くんを好きになれた。気持ちを伝えられた。夢で出会った『彼』を引きずりながらも、私の心は起きている間、空閑くんにどんどん支配されつつあった。死んだ恋人を忘れて新しい恋人を作ることのような、誰に咎められた訳でも無い自分だけが創り出した罪悪感があって、私はそれから逃れたかったのだと思う。


「おはよう」


ある朝早く目覚めてしまったから学校に着くと、空閑くんがやはり一番乗りだった。朝練の人だって来てないような時間に、彼はどうしていつも学校にいるのだろう。

「毎朝早いね」
「うん、夜から居るから」

冗談なのか本気なのかわからない事をサラッと言うので、私は戸惑った。「夜学校にいるの?」「うん、眠れないから」平然とした顔でそう答えるから、余計に不思議だった。「今度、一緒に来るか?夜の学校」空閑くんは鞄から出したメロンパンを食べながら聞いてくる。夜に学校へ来るなんて、きっと危ない事だし、親には止められるだろうとわかっているのに、私はドキドキする胸を抑えきれず、頷いた。「私が行ってもいいの?」空閑くんは人差し指をしーっと口元に立て、「ただし、二人だけの秘密だ」と悪戯に笑った。夢の中の幸せな日々の記憶が、甦って来た。


それから約束の日の夜になって、私はパジャマ代わりの制服を着て家を抜け出し、学校へ来た。空閑くんも約束の通り校門に立っていて、私が来たのを確認すると、慣れた手付きで敷地内に侵入した。手を繋いでもらいながら私も敷地に入り、ペタペタ二人で中庭を歩いて、瓦礫だらけの旧校舎の中に足を踏み入れた。

「#name1#さんが本当に来るなんて、意外だったな」

空閑くんはそう言って、ポケットから出したチョコ菓子を一つ私にくれた。私も、自分がまさかこんな事をする勇気があったとは思わなかったのでその言葉に同意しつつ、もらったお菓子を口に含んで適当な場所に座った。ここは、音楽室だった場所だろうか?敷き詰められた絨毯にゴロリと寝転ぶと、明るい満月が青く室内を照らして、私と空閑くんの二人だけを浮かび上がらせた。壊滅した、屋根のあった場所からは微かな星の光が散らばって見えた。


「私、空閑くんに会えて良かった」


寝転んだままそういうと横に三角座りしていた彼が視線を寄越す。「私の好きな人は、本当はね、夢で出会った人なの」そう言えば空閑くんは少し考えるような素振りをみせて、「なるほど」と言った。これまでの私の発言を点と点で結んで、納得したらしい。二人で並ぶ位置関係と、星空を眺めるシチュエーションが重なって、私はついに『彼』を捕まえたような気持ちになった。「好きだったの、言えなかったけど」禊のように、空閑くん相手に告白をする。空閑くんは私にこんな事を言われても困るだろうし、どうしようもないだろうけど、どうか今だけ付き合ってほしい。そんな思いでいたら空閑くんはゴロンと私の隣に横になって、足を組んだ。「俺も今日、誘って良かった」雨風に晒されてきた絨毯は埃っぽい匂いがした。


「俺は、実はここ何年かずっと眠っていない。そうじゃなくても大丈夫な体になったから」


空閑君の制服のブレザーは夜風に晒されて冷たくなっていた。私の手に触れるから、それがわかる。


「もしかしたらそれ、俺なのかもしれない」


空閑くんは首を傾け、私を見た。私は言われた言葉を頭の中で繰り返しながら、ニヤリと笑う彼を見つめた。とても静かな夜だと言うのに私の心臓は、予想もしなかった事態にドクンドクンと激しい音を立てている。「確かめてみるか?」弧を描く薄い唇に操られるように、「どうやって…?」と訊けば空閑くんは力の入り硬まった私の右手を取った。ぎゅっと温かくてふわふわの手に包まれると急に心地良くなって、どこか安心する。


「こうして寝たら、大丈夫だと思う。短いかもしれないけど」


空閑くんは顔を綻ばせて、そして目を瞑った。その途端私の方にも、ふわりと眠気が漂って来た。もしここで見た夢で『彼』に出会えたら、きっと運命的。夢の中でも、目が覚めても、私は愛を伝えよう。



サターン





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -