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水曜日、夕方。閉店1時間前のフルーツパーラーは、タイムセールをやっている。それも、常連客向けの、表には告知しないタイプのやつで、僕らはそこに選ばれた客。明るい水色と白のストライプの模様のテーブルクロスの上には、色とりどりのフルーツを乗せたパフェがあって、目の前の幼馴染は目をキラキラさせてスプーンを持ち、「いただきます」と元気よく言った。僕はメロンソーダを飲みながら肘をつき、小さな一口目の苺が彼女の口に運ばれていくのを眺めた。「髪、入るよ」少し俯いた事でパフェのアイスクリームにかかってしまいそうな彼女の髪を、指ですくって耳にかけてやる。彼女は気にも留めない様子で、幸せそうに笑ってそして、二口目に手をつけた。
僕は、彼女が、何か食べてる姿を見るのが何故か、とても好きだった。
なんでかって言うとわからない。そもそも人より耳の良い僕は、本来はあまり他人の食事を見るのは好きではない。なのに何故か、この子だけは違う。昔から見慣れているから?でも食べ方は普通の人と変わらないし、まあこういうデザートなんかは好きみたいで、美味しそうには食べるけれど。やたらとファンシーで、男の入りにくいような雰囲気のこの店にしょっちゅう付き合ってしまうくらいには、好きだったのだ。


* * *


ある日の休日、僕はボーダーの任務を終えて帰路についていた。そして駅から自宅へ向かう途中の道で、胡蝶蘭の植木の置かれた新しいカフェを見つけた。通りに面したガラス窓から店内が賑わっている様子が見えて、僕は少し歩く足を速めた。と、そのとき、見つけてしまった。窓際のソファ席で、ほっぺを膨らませてアイスクリームを食べている彼女を。いつも制服で会う事が多いから一瞬気が付かなかったけれど、あの白いほっぺたとちょんとした小さな鼻の横顔は、あの子だ。楽しそうにしている彼女の向かいの席には、僕の知らない男が座ってコーヒーカップを手に持って何かを話している。仲睦まじ気な二人を見たとき、急いで通り過ぎようとしていた僕の体は石みたいに重たくなった。なんだこれ。何を見せられてるんだ。呆然と窓の外から彼女を見ている僕の視線はガラスを射抜いたようで、スプーンを持っていた彼女がゆっくりを視線を寄越してきた。ぱちりと視線があった瞬間、彼女は無邪気に僕に手を振ってきた。僕は思わず目を逸らし、駆け出した。僕は気付いてしまった。あの子の食べてるところを見ても今日は、楽しいと思えなかったから。本当は、食べてるところを見るのが好きなんじゃない。あの子が僕を誘ってきて、それで二人で過ごす時間が、そうつまり、あの子の事が、好きだったのだと。


* * *


「士郎、今日一緒に」


ホームルームの終わった僕の教室にやってきた彼女。連絡は何度か来ていたけど全て僕が止めていたから、ちゃんと話をするのは先週ぶりだった。『今、気付いた?』『駅近の新しいカフェにいるんだよ』何の気無しにそうメッセージを送ってきた彼女に、僕の気持ちなどわかるわけがない。


「あのさ、もう僕じゃなくていいんじゃない?誘うの」


持ち上げた鞄を机に置き直して、吐き捨てるようにそう言った。彼女は息を小さく吸って、何か言いたげに口を開くけど、音にはならない。なんて返すか考えているのだろう。「いるんでしょ、一緒に行ってくれるような奴が」「正直あの店、毎回付き合うのしんどいし…」「僕だって暇じゃないんだから、暇人同士よろしくやってれば」スラスラと、煽り罵る言葉は簡単に出てきた。彼女の顔は見る見るうちに曇っていって、僕には二人で行ったあの店で見た幸せそうに目を細めた顔を見た記憶が、遠い昔のことみたいに感じられた。


「どーぞ、お幸せにね。じゃ」


口だけの、彼女の未来を祈る台詞を投げつけて、僕は一度置いた鞄を持ち上げた。ざわざわとまだ人の出入りの激しい教室から出たところで、「待って」後ろから制服の裾を掴まれた。「…何」本当は、さっき完結させたはずの会話を彼女がまだ続けようとしてしてくれたこと、ちゃんと嬉しいと思ったのに、口から出たのはとても不機嫌な声色。うるうると小さな子どもみたいな目をした彼女からは、どくどくと早い鼓動が嫌と言うほど聴こえてきた。「こないだの人、従兄弟のお兄ちゃんだから、そんなに頻繁に会える人じゃないし、私には他に、誘う人なんていないよ」次々と教室から出てきた人達が、僕の制服の裾をつかんで涙声で話す彼女を好奇の目で見て通り過ぎていく。僕は、彼女の言い分を聞きながら、ああしまった と思っていた。完全に早とちりした。「……そう」次の台詞を考えながら、気まずい空気の中に立ち尽くしている僕に、彼女は震えながら言った。


「…だから、士郎が私を、幸せにしてよ」


予想もしなかった急展開に、今度は僕の心臓が大きく鳴る。いや、伏線はあった、彼女の心臓の早いドクドクはこれを言う為のものだったということか。「…なにそれ、告白?」完全に誰もいなくなった廊下で、僕の呟くような声はきっとハッキリ彼女の耳に届いた。「そうだよ…悪い?」強がりみたいな台詞と、真っ赤になった小さな耳が、可愛い。どうしようかな、僕は。


「そうは言ってないでしょ」


僕も強がりみたいな台詞しか言えなかったけど、それはいつもの事だから、下を向いていた彼女は顔を上げて嬉しそうに笑った。


「……今日は行くの?行かないの?」


大きく頷いた彼女。それはあの店で甘い物を食べているときの、あの至福の顔とは違ったけれど。僕が彼女を見てきた中で一番の笑顔だったから、きっと彼女を幸せにするのは僕の役目なのだろうと思いながら、僕は彼女の白い手を握った。



水曜日のランデヴー





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