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「そういえば、私、空閑とキスする夢見た」


放課後、一緒に黒板を消していた日直の女子が唐突にそう言ってきた。クラスメイトの色恋沙汰に疎い俺でもわかる、評判の美人な子。自分のやるべきスペースの掃除を終えて、チョークを引き出しにしまっていた俺はその子の先の発言に驚き、なんて返事するか少し迷って、とりあえず「俺と?なんで?」ととりあえず返した。


「さあ。こうやってね、横並びになって。空閑が短くちゅって 私にするの、びっくりした」


その子は飄々とした様子で話を続けた。手と手でキツネの形をつくって口と口を合わせるような手遊びを目の前でやってみせると、肩をすくませ笑った。俺はまた、なんていうか困りながらも「それは…確かにびっくりだ」なんて、思った通りの感想を伝える。その言葉に満足したのか、その子はニコッと笑った。「でしょ?」それから、パンパンと白い粉のついた手を叩いて、目の前の机に置いてあった鞄を持つと、じゃあね、と言ってさっさと教室を出て行ってしまった。まるで台風だ。あまり話したことのないただのクラスメイトが一日の終わりに突然話を振ってきて、満足して一人で帰っていく。何が起きたかよくわからないうちに全て終わってしまったような感じだ。しかも、話の内容も内容で、普通本人に言うかちょっと迷ってしまうようなもの。例に漏れず俺も、そんな事を言われたもんだからなんだか意識してしまって。翌日以降も教室に行けばいつでもいる彼女が、やけに目に止まるようになってしまった。

そんな頃丁度、クラスの奴がこんな事を言っていたのを聞いた。『あの子、思わせぶりが上手い』その言葉はあまりいいニュアンスで使われているものではないようだった。何故なら、そう言っていたのはあの子に振られた男ばかりだったからだ。あの子の言動は、勘違いしてしまったら最後なのだなと俺は何となく頭では理解できていた。だけど、たまに授業中あの子を見たら、向こうも俺を見ている時があったり。終礼が終わって帰ろうとしたら小さく手を振ってきたり。あの子、思わせぶりが上手いんだっけ。そう思いたいのに、まるで魔法にかけられたみたいに彼女のこと、四六時中考えてしまうようになってしまったのだ。


* * *


「あれ、空閑だ」


夜のコンビニ、アイスが入ってる機械の前で、名前を呼ばれた。ラフなTシャツとショートパンツ、下ろした髪は誰だか一瞬わからなくて俺は固まってその子の顔を見た。「アイス買いに来たの?」楽しそうに笑った顔を見て、ようやく気付いた。「…誰かと思った」服が違うし、髪の毛もなんか違うから雰囲気が一気に変わる。学校で会うより大人っぽい。「私はすぐわかったよ。空閑は見つけやすいね」そう言ってアイスを物色する彼女を見ながら、俺は隣で好きなアイスを選ぶふりして会話を続けた。


「…こんな時間に、一人で来たの?」
「うん、うち近所だから」
「ふーん、そうか」


指先でひえひえの冷凍庫の柵をなぞる。おもしろい話のヒント、ちっとも降りてこない。だけどこのまま帰ってしまうと月曜日までまた会えなくなるし。そうしたら向こうのほうから、「じゃあアイス一緒に食べない?」と誘ってきてくれた。首を傾げた彼女のサラサラの髪が、コンビニの床と垂直に真っ直ぐ落ちる。たった一つの動作だけで心を揺らされ、レジを終えてその子の隣を歩くと、髪からふんわり石鹸みたいな匂いがして。俺はまた一つ胸を鳴らした。




夜の公園の中は誰もいなくて丁度良くて、俺たちは適当に座る場所を探した。「あ、ブランコ空いてるじゃん」駆け出した彼女は嬉しそうに座って早速アイスを開け始める。俺も同じように、イスにするにはやや不安定なそれに座ってアイスを開けたら、甘くてさっぱりしたソーダの香りが広がった。一口かじって横を見たら、同じアイスの別のフレーバーをかじっている彼女がいた。小動物みたいな小さな一口、思わず『かわいい』と言いそうになって、さすがに正直すぎるかと思って止めた。口にアイスを含んでシャクシャクしている彼女が俺の視線に気付いて、見つめ返してくる。透き通るような二つの黒が、何にも言わずに俺を射抜くから、息がしにくくなってしまった。「ふふ、楽しいね」彼女はアイスを持ったままブランコを揺らし、わざと真横のブランコにいる俺の方へ急接近した。


「前に言った夢、たしかこんなシチュエーションだったんだ」


鼻と鼻が触れ合いそうな距離までグッと近づかれて、俺はこっそり喉を鳴らした。頭の中で、『これは思わせぶりが上手いってこと』と独り言を唱えて、息を吸った。


「…俺で遊ぶのは楽しいか? 正夢にするぞ」


離れていくブランコを正直名残惜しいと思いながらも、なんでもないフリして初めて脅しの一言をかけてみた。精一杯の虚勢だった。



「空閑ってそう言うこと言うんだ、意外」
「煽られたから。煽り返す主義だ」
「じゃあ私も。いいよ、しても」


揺れていたブランコがピタッと動きを止め、悪戯に笑っていた彼女がスッと目を閉じた。この子は、本当に何を考えているんだろう?普通の女子って、遊びでこういうこと言うものなのか?目をつぶっていても綺麗だと思ってしまう彼女の、その唇をそのまま奪いたい気持ち半分、奪ってからも強気な態度をとれるか、今の俺はちょっと自信がなかった。「………一応聞くけど、こういうのって普通 好き同士でやるんじゃないの?」「そうだよ」試すように俺を見て彼女は笑った。そうだよって、どっちの肯定なのか、今の文脈だと察するのがとても難しかった。つまりこの子は、俺の事どう思ってるんだろ。それから、俺は、どうなんだろ。聞きたいな。見つめあって少しして、溶けだしたアイスの水滴が指に落ちたその瞬間、彼女は「時間切れです」と言ってブランコから立ち上がった。


「…煽ってごめんね、またね」


まだまだアイスは残っているのに、彼女はにっこり笑って公園の手口へと向かい歩き出した。「待って」俺は、クラスで見てきたあの子の心を掴めなかった奴らと同じ運命になってしまうのかもしれない。


「いいなら、やっぱする」


だけどもう、あの子の正体が例え魔女だったとしても、この気持ちを無かったことには出来ないと思う。ゆっくり振り向いた彼女が頬を染めて嬉しそうに笑ったのを見て、俺はブランコから立ち上がった。24時間俺を夢中にさせたあの子の唇を奪うまで、あと、



魔女、現れる 





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