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みなみさわ かい。
私と苗字の頭文字が近いから、出席番号が前後な関係で、何かとペアを組む事が多い人。明るくていつもみんなの中心にいる彼が、私はちょっと苦手だった。掴みどころがなくて、お喋りで魅力的で、まるで水中できらきら光る魚みたい。一方私は、日陰で涼しく本を読むような生活が好き。だからお願い、眩しいから、あんまり私の側を泳がないでほしい。


「あっついなー…」


まだ5月だというのに太陽は高く上がって、屋上にあるプールサイドをジリジリ焦がす。掃除当番でうちのクラスは週に一度プールが担当区分に入っていて、私はその担当に選ばれてしまったのだ。濡れるの覚悟で、裾をまくり上げたジャージと裸足で訪れたそこには、もう一人の掃除当番の姿はまだなかった。スマホを見ればまだ休み時間途中というところで、掃除開始時間までは10分弱ある。色褪せた、ナイロンの日除けの建てられたベンチに私は座り、風のせいでゆらゆら煌めく水面をぼうっと眺めた。今日は暑いから、足だけ入れられたら気持ちいいかもしれない。そんな事を考えながらすこし横になると、何の音も聞こえない昼休みの静かな空間が広がった。あと10分、休んで待っていようか……ゆっくりと瞼を閉じると、先程光った水面の模様が、瞼の裏でピンクの筋になってうねうねと動いた。






体が揺れるような感触があって、目を閉じた私は意識を取り戻した。その瞬間、何故か誰かの髪が額を掠める感覚があって、次いで唇に柔らかな感触がぶつかる。え?どうなってる?覚醒した脳は今置かれた状況を整理しようと必死で、薄目を開けると目の前には目を瞑って私にキスをする誰かがいた。今起きたら、まずい。瞬時に悟った私は寝たふりを継続し、誰だかわからぬ相手が離れるのを待った。「……あっ…」やってしまったと言わんばかりの声に、ガタンと大きな用具に突っかかる音がして、そこでようやく私は目を開けた。


「ごめん、起こしちゃった…」


大きな音を立てて用具につまづいたのは、今日私と掃除当番が同じ南沢くんだった。つまり、今、私にキスをしたのは、南沢くんだという事になる。私は混乱していた。こんな裏表のなさそうな明るい人が、なぜ寝ている自分にキスなんてしたのか?彼女だっていてもおかしくないし、なにかとペアを組むことは多いけど私と彼はそれ以上の関係ではない。会話だって必要最低限のことしか交わしたこともないのに、なぜ。南沢くんは自分がぶつかったプール用具を片付けながら、何事もなかったかのように「遅れてごめん!どっからやる?」なんて話しかけてくる。彼は私が起きていたことに気付いてなかったのだろう。だったら、それに合わせた方がいい。ただでさえちょっと苦手な人と、余計な障壁を作りたくない。「じゃあ、私、こっちやるから…」同じところではなくて、二人で別々の箇所をやるよう私は提案した。「りょーかいっ」敬礼のポーズを見せ、プールの向こう側の壁の方へ消えていった南沢くんの背中を見て、私の心臓はバクバクと激しく音を立てて止まりそうもなかった。



* * *



南沢くんが、気になって仕方がない。

結局、掃除の時のキスのことはその後一切触れられることはなかった。絶対勘違いじゃないって確信があるのに、私も触れられないでいる。教室では相変わらず毎日人に囲まれて笑って過ごす彼が居るけど、大きく開いて笑ってるその口が閉じられた瞬間、私のは彼の唇に釘付けになる。あの、ちょっと口角の上がった、形の良い唇にキスされたのかと、意識してしまう。見たくないのに見てしまうから、自然と南沢くんの行動パターンも覚えてしまった。朝はギリギリ、昼休みは割と教室にいる。授業中は、眠たそうに船を漕いでる時もあれば、グループワークなんかだとうきうきしていて。


「#name1#さん、どっちやる?キャサリン?スティーブ?」


こうやって、教室を移動する授業とかだとなんだか微妙に席が近くなる事が多くて、何かとペアになりやすい。「どっちでもいいよ」今は英語の授業中、指定されたテキストの会話文を二人で役を決めて読み合うっていうのをしている最中。南沢くんはまた私の隣にやってきて、先生の指示で私達はペアになったとこだった。


「じゃーおれ最初キャサリンやろっと」
「いいよ」
「いくよ?」


英文を読み上げる南沢くんの唇が動くと、目が離せない。この人、なんで私にキスしたんだろう。頭の中にぐるぐる回るのはそんな疑問ばかり。「…つぎ、#name1#さんの番だよ?」ハッとして視線を上げると、南沢くんの大きくて丸い瞳とぶつかった。「…なんか、南沢くんとペア組む事、多いよね」私がそう言ったら南沢くんもきっとそうだって言うと思った。けど南沢くんの返事はちょっと意外なものだった。


「えっ……そう、かな?」


あれ?もしかして、そう思ってたのは私だけなのだろうか。今日の英語、一昨日の化学、先々週の日直。そう多くないペアを組むあらゆる場面で、私は彼と一緒になっていると思うのだけれど。「…気のせいだったらごめん」「ううん!おれは嬉しいよ!」「…嬉しいの?」南沢くんの発言にちょっと驚いてそう返したら、まるで言っちゃいけない言葉を口走った時みたいに南沢くんは口に手を当てて「あっ」て言って、それからギュッと口を結んだ。それまでぶつかっていた目と目が逸れて、彼の瞳に揺らぎが見えた。


「…こないだの、プール掃除、同じだったよね」


どこまで、斬り込む?
わかりやすすぎて、逆にわかりにくい態度の南沢くんの心の全てが知りたくなって、私はついつい彼の隠れ蓑を潰していってしまう。泳ぐ瞳と、日焼けした時みたいに赤く染まった頬の真意に、あと少しで触れられそう、という時だった。「時間です、テキストを置いてください」先生からのペアワーク終了の合図。結局、私は泳ぐ南沢くんを捕まえ損ねた。




* * *





プール当番は週に一度の清掃なので、二週間は固定ペアが行う。そして今日はその二週目。南沢くんとはあれ以降ペアを組む事はなかったし、そうでなければ別に普段話をする間柄でもない。今日も屋上のプールに着いたのは私の方が先だった。もし、私がまた、寝たふりをしたら。彼はこの前みたいにこっそりキスをしに来るのだろうか?


「来るの早っ!始めよっか」


そう考えていた矢先、予定時刻より5分も早く南沢くんは現れた。「…うん」渡されたデッキブラシを受け取り、前回同様離れた持ち場へ歩いていく彼の背中を見つめ、私は、ちょっと残念だと思っていた。そこでようやく、自分は期待してたのかな、と知る。この前みたいな、彼にキスされるシチュエーションを。ちょっと隙間の空いた心でプールサイドを歩き出したら、ホースの束に躓いた。「あ、わっ、」裸足のつま先は簡単にその罠から抜け出せず、ザブンと音を立てて私は水中へ。水色の泡の広がる世界に投入されたかと思うと、そのすぐ後には腕を引き上げられ、また明るい空の下へ戻っていた。「大丈夫!?」引き上げてくれたのは、南沢くん。お互い制服とジャージ姿のまま水に飛び込んでしまったから、服も髪もびしょ濡れになってしまっていた。


「びっくりした…あっやば、スマホいったかな」
「……ごめん、ありがと」
「いいよいいよ!大丈夫?出られる?」
「南沢くん」


私の腕を掴む手はそのまま、空いた手でポケットから取り出したスマホをプールサイドに投げた南沢くんに私は言った。「どうして、私にキスしたの?」南沢くんは目を見開いて私のことを見た。今度は、逃さないぞという気持ちで、私は力強く彼の大きな目を見つめ返す。濡れた前髪が額に張り付いて、南沢くんはなんだか別人みたいに大人っぽく見えた。


「お…起きてたの?」
「ごめん…起きるタイミング失って、」
「…ごめん!本っ当にごめん」


南沢くんは勢いよく頭を下げる。勢いのある謝罪はよく晴れた青空に響いた。


「おれ…#name1#さんの事、前から可愛いなって思ってて…本当はこないだの授業のときも、もしかしてバレてるんじゃないかって思ってたんだけど、」


まさか、クラスの太陽的存在の人にそんな風に思われていたとは。申し訳なさそうに言葉を並べる南沢くんのせいで、自然と頬は熱を帯びていく。彼に好意を寄せられていたことが間違いじゃないとわかったら、胸がぽかぽかして嬉しい。「本当、ごめん…」告白というより、謝罪が9割の南沢くんの本音が聞けたところで、私は頭を下げたままの彼の濡れたワイシャツの裾を小さく摘んだ。「今日は…しないの?」なんだか誘ってるみたいな台詞になっちゃったけどもう遅い。今の言葉に、私の想う全ての意味を賭けよう。「えっ いいの?」頷くと同じか、それより先か。思ったよりも強い力で抱き寄せられた。


「おれ、#name1#さんが大好き!」


嬉しそうにぎゅーっと力を込められて、これ以上キュンとする事、ないかもって思った。抱きしめる力を緩めた南沢くんは、頬を赤くしてとても嬉しそうだ。


「じゃあ、これからは遠慮なくチューするね」
「…うん」
「…してい?」
「ん、」


また返事を最後まで聞き終えず、唇を寄せる南沢くん。ちょっとせっかちで、きらきらしてて、掴みどころのない彼だけど。ついでに私はカナヅチなのだけれど。彼と一緒なら、溺れてみてもいいと思えたので、心の向くままそうする事にする。



Swimming Fool





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