「私、今日から金ちゃんと帰れない」


金太郎はいつも通り、幼馴染でありマネージャーの彼女を誘った。が、返ってきたのはそんな言葉だった。ぱちくり、ぱちくり、大きな瞳を瞬かせてから金太郎は「なんで?」と問う。意を決したように口を開いた彼女は「彼氏、つくることにした」そう答えた。


「いつも金ちゃんと一緒にいたら、彼氏なんて出来るもんも出来ないでしょ?私もステキな彼氏つくって、青春してみたいんだもん」


彼女の言い分は金太郎にとって、訳の分からない言葉だらけだった。知っている単語、聞き慣れない言い回しを頭の中で噛み砕こうとするうち、彼女の方からまた声が上がった。「そういうわけだから、金ちゃんもつくったら?」ねっ、と言って肩をポンとたたき、彼女は髪を一櫛して部室を出て行ってしまった。金太郎は、数秒ほど彼女の出て行った方を眺めていたが、くるりと後ろを向き直り、やりとりを黙って見ていたであろう白石達に声をかけた。


「…彼氏って、どうやってつくるん?」
「ちゃうちゃう。金ちゃんの場合、彼女やろ」


彼女…。使った事のない言葉。金太郎は口元に手を当て、何か考えるような素振りを見せた。「まあまあ、あいつも部活ばっかりやから。ちょっと羨ましくなったんちゃうん?最近付き合う奴ら増えたし」誘いを断られた金太郎を励ますように、謙也が明るい声を出した。丁度そのタイミングで着替えを終えたらしい他の部員達も加わり、金太郎は彼らと共に部室を後にした。外は夕焼けのオレンジが深い紺の夜空に飲まれようとしているところだった。だいぶ陽が落ちるのが早くなってきて、金太郎はタンクトップから露出した腕が寒く感じる季節になったなぁと思った。


* * *


「遠山くん、○○くん呼んでくれへん?」


休み時間、廊下側に席のある金太郎は誰かを呼ぶよう声をかけられる事がたまにあった。今日話しかけてきた女子生徒は金太郎にとっては初見で、誰だかわからぬ彼女がよく知るクラスの男子生徒の名前を挙げたので、深く考えず頷いた。「なぁー!なんか呼んどるでぇ」自分の席からなかなか遠い席につく彼を、金太郎は大声を使って呼び出した。その方が早いと思ったから。ところが、呼び出して欲しいと言った女子はその途端慌てた様子でドアの影に隠れてしまった。不思議に思いながら呼び出した男子の方を見ると、顔を赤くしながらこちらの方へ歩いてくる。ざわざわと騒ぎ出すクラスメイトたち。

(何やろ、ちゃんと呼んだんに)

最後までまじまじと見つめ続ける悪意のない目に、呼び出された彼は「アホか、声デカいねん」悪態をついて、ドアに隠れる女子生徒と共に廊下へ出て行った。


「せやかて、その方が早いやん…?」


遠ざかっていく二人の背中に向かって、金太郎は呟いた。いつもしている事なのに、何故文句を言われなければならないのか?金太郎は親切が無駄になったような気がして、不機嫌に唇を尖らせた。次の授業の準備でも始めようとしたその時、先程騒ぎ立てていたクラスメイトらが何やら楽しげに話している声が聞こえてきた。

「ほらな、やっぱあいつら付き合ってたんや」
「まだ一週間くらいやないん?ぎこちなかったもんなぁ」
「ちゅーか彼女おんのめっちゃ羨ましいわ」

彼女、と言う単語が聞こえて、金太郎はパッと顔を上げ再び廊下を見た。階段の影に隠れ、初々しく会話する二人が見えた。あれか。金太郎は思った。あれがやりたくて、昨日自分は一緒に帰るのを断られたのだと。金太郎は全く遠慮する様子なく、単純な興味で二人の様子を堂々と覗き込んだ。そしてわからなくなった。(あれ、何がおもろいんや?)休み時間に二人で話したいということ?あんな弾まなそうな会話の何処が面白い?そんな疑問がいくつも浮かんだ。チャイムが鳴って、二人は名残惜しそうに別れた。金太郎は既に観察に飽きて、肘をつきながら考えた。


(ワイとねーちゃんがいつも話してる方が、よっぽどおもろいと思うねんけど)


普段のテンポの良い会話を思い出して、金太郎はそう考えた。それでも彼氏が欲しいと言う彼女なのだから、もしや他にも憧れている事があるのではないかとも思った。部活の時間、マネージャーの彼女はいつも通りで、まだ彼氏が出来たかどうか見た目ではわからなかった。しかし、今日も一緒に帰ってはくれなかった。金太郎は一人で帰る道の途中、昼間とは別のカップルを見つけた。その二人は、手を繋いで歩いていた。(…これ?)薄暗く寒い帰り道、互いの手を温めあう姿を見て、金太郎は初めて『ちょっと羨ましい』と感じた。そして、これなら自分でも出来るのではないか?と思った。





「せやから、ワイが『かれし』になればええやん!せやろ?」


次の日の朝練、金太郎はニコニコと彼女にそう言い放った。「無理」可愛らしい笑顔を跳ね返すように、彼女はきっぱりと言い返した。「ええー?」残念そうに眉尻を下げた金太郎に、彼女は続ける。


「さすがに金ちゃんにはときめかないもん」


ときめく?とは?
金太郎は真顔でそう言った彼女の読めない瞳を見つめ、固まった。「…ときめかないと、あかんのん?」彼氏になるには、まだ自分はなにか足りないらしい。「そりゃあだって。金ちゃんとは彼氏っていうか、幼馴染じゃん?今更そういうのないっていうか」「せやけど、『かれし』やないと一緒に帰れんのやろ?」食い下がる金太郎に、困ったように「どんだけ一緒に帰りたいのよ」と彼女は言った。








「とき、めき……」

喜びや期待などで胸がどきどきする。心が躍る。

授業中、隣の席のクラスメイトに借りた電子辞書を使って、人差し指で辿々しく検索した結果、出て来たのはそんな文だった。『さすがに金ちゃんにはときめかないもん』言われた言葉と、今調べた意味を照らし合わせて、金太郎の小さな胸はちくりと傷んだ。彼女と一緒にいる時間は、自由で、居心地が良くて、いつもワクワクしている。それがときめくと言う事なら、自分はもう何年も前から彼女にときめいていることになるのに。彼女は同じ気持ちでは無いと言ったことに、金太郎はショックを受けていた。

(ワイとおっても、つまらんかった?)

家族の話、クラスの話、好きな食べ物の話。全部笑って聴いてくれたのに。合わせてくれていたのだろうか?無理していたのだろうか?どんな話が出来れば、彼女はときめきを持ってくれるのだろう?金太郎にはさっぱりわからなかった。そんな時に限って、昼休みの校舎では数多のカップルを見かけた。(あいつも、あいつも、みんな)数日前はちっとも楽しそうに見えなかったのに、彼女の言葉を聞いてしまった今は何だか彼等が皆幸せそうに見えていた。

(みーんな、ときめいとるから、付き合ってるんやなぁ)

金太郎は買ったばかりのスポーツドリンクを一口飲み、立ち止まって蓋を閉めた。苦い後味が口の中に残った。


* * *


すっかり暗くなってきて、部活終了の号令がかかり、部員達は皆ボール拾いを始めたタイミング。テニスコートへ見慣れぬ男子生徒が現れた。「苗字さん」珍しく、マネージャーである彼女を呼び出す声に部員達は何事かと彼に目線を向けた。呼び出された彼女は、見知った相手のようで特に驚く様子もなく、普通に受け答えをした。ラケットに山盛りボールを集めてきた金太郎は、他の部員達より遅れてその光景を目にした。瞬間、金太郎の脳裏によぎったのは、『とうとう、現れてしまった』という事だった。彼女が『ときめき』を捧げる相手が。その後は考えるより先に身体が動き、気付くと金太郎は二人の間に割って入る形で立っていた。突然の会話の中断で驚きの表情を浮かべる彼女は「金ちゃん、どうしたの」と話し相手に向かい立つ赤髪に投げかけた。


「あかん。やっぱあかん」


後ろ向きのままではどんな表情をしているかわからなかったが、その声は低く、威嚇のようなニュアンスを含んでいる事をその場に居た全員が感じとった。


「ねーちゃんは、ワイのやから。やらん」


細く鋭い眼差しを向けた金太郎に、男子生徒は怖気付いたように手短に会話を終えその場を去った。その様子を睨みを効かせて見届けた金太郎は、『しまった』と我に帰った。彼女の恋路を邪魔する真似をして、嫌な思いをさせたのでは無いか。自分の衝動性を悔いながら、金太郎は許しを乞う為意を決してゆっくりと振り返った。「ねぇちゃん…ごめん」しかし、上目遣いで少し背の高い彼女の顔を見上げた時、驚いた。怒っているか悲しんでいると思った彼女は、口元に両手を当て、頬を赤くして呆然とこちらを見ていたからだ。


「……金ちゃん、ずるい」


指の隙間から漏れた微かな声を金太郎は聞き逃さなかった。(ずるい?何で?何でこないにほっぺた真っ赤っかなん?)無意識のうちに金太郎はその柔らかそうな頬に手を伸ばした。自分の手よりずっと熱いそれをふにふにと触って確かめていると、「ちょっと、今の、ときめいた…かも」信じられない言葉を彼女は吐いた。不安と不思議を持って動いていた金太郎の手が、ピシリと魔法をかけたように止まった。


「…へ?」


金太郎は間抜けな声を出した。不思議な事がありすぎて、それしか出せなかった。あんなに探しても見つからなかったときめきのひと屑を、意図せぬ形で拾い上げてしまった。何処がどうしてそうなったのか。何が彼女に刺さったのか。やはり金太郎にはわからなかった。けれど、無意識に吸い寄せた好状況を見逃す程、勝負の感は鈍く無い。金太郎は大きく深呼吸して、一番星の映る彼女の綺麗な瞳を見た。


「ほな、付き合ってくれる?」




星屑探し





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