人生初の彼氏。同じ図書委員の財前くん。あんまり話した事はないけど、二年連続おんなじ当番。カッコいいけれど、無口で何を考えているかわからぬ彼に下手に話しかけて機嫌を損ねてはまずいと、ついこの間までは目の保養として時折彼を眺めるくらいの間柄だった。
  


「付き合わん?」
 


ある日の放課後、貸出カウンターにいつものように座っていたら、突然彼氏がいるかと聞かれた。不思議に思いながら否定したら、そう言われた。生まれて初めての告白に真っ赤になる私と対照的に、涼しい瞳で私を見る彼。本気なのか、からかってるのか、何を考えてるのかさっぱりわからなかった。よく考えたら私は財前くんの真顔以外の表情を知らない。時の止まりそうな空気の中、断る理由もなく私はかろうじて頷いた。「…じゃ、今日からって事で」さして嬉しくも無さそうな声でそう言って、四時のチャイムと共に彼は去っていった。見える彼の表情と、台詞と、行動全てがチグハグで幻のようだ。その夜、『いつから私を?』『ドッキリじゃない?』アレコレ聴きたかったけど、舞い上がりすぎて魔法が解けてしまうのが怖くなり、『これからよろしくね』とだけメッセージを送った。『おおきに』一言だけ返ってきた。あの財前くんが、私におおきにと言った。スマホ画面に映る目新しいアイコンの財前くんの連絡先は、チカチカと輝いて見えた。興奮で目が冴えて眠れなかった。


「誰かと約束しとる?」


テスト期間中、部活はない。ホームルームが終わると財前くんはスッと私の教室にやってきた。珍しい光景にクラスメイトから好機の視線が注がれる。自然に返事出来ず声がひっくり返った。縦並びで机と机の間を歩き出す私達に冷やかすような声が飛ぶ。財前くんは振り向きもせず私の前方を歩き、廊下に出た。「………」財前くんは今出たドアを振り返り、そして私の横に並んだ。今、私、かれしと歩いてる。のを、友達やクラスメイトに冷やかされた。漫画でよくある憧れのシチュエーションに初体験の嬉しい恥ずかしさ。けど、もしかしたら財前くんは嫌だったのかもしれない。ちくりと胸が痛んで、さりげなく歩く速度を落として距離を保つ。誰かに揶揄われぬように。あからさまに離れて嫌な思いをさせないように。

けれど財前くんは歩幅をさりげなく私の速度に落としてくる。これじゃあ、また揶揄われちゃうかも。財前くんは黙って前を向いて歩いている。何を話せばいいのか思いつかないし、話がつまんないって思われるのも怖くて、無言で歩く道が続いた。学校を出たら時折北風が吹いてきて、制服から露出した手足を冷やした。


「…寒いね」 思わず出た言葉だ。
「寒いな」
「…あ、」


目の前に現れた自販機に、オレンジ色の表示。「なんか飲まない?あったかいの」飲み物があれば少し間が持つ?安直な考えから財布からすぐ様小銭を出して、何を買ってもいい金額を投入。先に選ぶよう目で促せば、「…先買いや」目で促し返された。財前くん、何が好き?何飲む?こういう時、女の子って何買えばいいの?

本当は真冬でも飲むくらい冷たいコーラが好きだけど、私の中の乙女心が可愛らしいパッケージのミルクティーを押した。小銭を取り出したら今度は財前くんがスマホを自販機にかざして、おしるこを買った。「すごい、今どうやったの?」財前くんは取り出した缶を振りながら「…自分が学校の自販で買ってたんと同じやで」と言った。電子マネーなんて、今時常識。知らないフリして擦り寄ったのを指摘され、私は恥ずかしくなった。ちょっとでもご機嫌をとろうとしてカラ回った私と、スマートに好きな飲み物を買った財前くん。気まずくなって下を向くと、財前くんから吹き出すような笑い声が一瞬聞こえた。驚いて顔をあげたら口元をおしるこの缶で隠しながらクツクツと笑う財前くんがいた。


「…いつ見たん、とか聞くやろ普通」


言ってる事がわからなくて、あと財前くんがこんな風に笑ってるのを初めて観たので、私はまぬけに口をぽかんと開けて彼を見つめた。財前くんはまたスマホを自販機に当てて、今度は冷たいコーラを買った。「ん」目の前に差し出され、不思議に思いながら片手でそれを受け取る。「好きやろ、これ」「好き、だけど」あ、『いつ見たん?』これの事か。そう訊こうとしたら財前くんは私のもう一方の手からミルクティーを引き取った。


「あんま、色々考えんでええから」
「…え」
「もっと普通でええっちゅうか、何やろ。そんなに俺、緊張感強い空気醸しとるん?」


そう言ってこちらを見た財前くんの顔は、少し表情が柔らかく見えた。強張った手足がぽかぽかと緩み、息が吸いやすくなった。「俺もあんまおもろい話できひんし、コーラが好きって事以外、よう知らん」財前くんが歩き出す。


「せやから、俺のする事もなんや違ってたら言うて」


私は財前くんのその言葉を、飾らなくて、優しくて、等身大で素敵だと思った。間違えないように手探りしていた自分がばからしいと思えた。彼がこんな温かい言葉をかけてくれる人だという事を今まで知らなかったから。「…じゃあ、どうしてコーラが好きだって知ってるの」歩き出した財前くんの背に問いかける。


「さて、どうしてでしょう」


聞き覚えのある映画の台詞を吐いた財前くんは僅かに口角を上げた。あれは確か、純愛物語だったっけ。わかりにくく態度で示す財前くんに、私は淡い期待を抱いた、秋。



練習問題が解けない





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