結婚式は良いものだ。
幸せそうな新郎新婦を見てこちらまで嬉しい気持ちになるし、共通の友人にも久しぶりに会える。どんなパーティーより一番好きだと思ってた。

今日は中学時代所属していたテニス部の部長である、白石先輩の結婚式だった。私は唯一の女子部員であり、マネージャーとして所属していた。その時は本当に毎日楽しかったけれど、一つ上の代の先輩達はみんな偏差値の高い高校に行ってしまったりして、卒業後はほんと、年に一回くらいとか、そんなペースでしか会えていなかった。会いたいなぁって思う事もあったけど、私は私で同学年の財前部長のサポートに回ったり、後輩らと一緒にまた全国目指したり、やがて受験を迎えたり。常に目の前の事で精一杯だった。それでも、先輩達との縁が今日まで途切れる事なく来れたのは、面倒見の良い白石部長から偶に収集や、イベント毎のライン連絡などがあったから。本当に、お世話になった人だ。


「ではこちらにお名前のご記入お願い致します」


何かできる事はないですか、と申し出て、受付をやる事になった。新郎側の担当なので、まばらにやってくる当時のテニス部員を見つけては互いに再会を喜んだりして、なかなか楽しかった。あと少しで受付も終了、となる時、入り口からスーツの男性がこちらに向かって来るのが見えた。其方に向き直ると、その人は一瞬ちょっと驚いたように目を大きく開いて、すぐに元の表情に戻って、御祝儀を取り出した。


「…おめでとうございます」
「はい、お預かり致します。お名前のご記入をお願い致します」


左手でボールペンを持ち、その人はサラサラと名前を書いた。細身の体型にフィットした、少しグリーンがかった洒落たスーツ。ウェット気味に、特別感を出してセットされたヘアスタイル。ぱっと見でオシャレな人が来たなぁ、なんて思っていたら。その人の書き出した名前は、懐かしい、私のよく知る名前だった。


「え 」
「あ?」


一氏ユウジ。
卒業以来、一度も会えて居なかった先輩だった。








「信じられない!本当にユウジ先輩ですか?」


もはや十年近くご無沙汰だったその姿に私は興奮していた。何故かって、私はこの人の事が本当に大好きだったから。かと言って、それは色恋沙汰的な意味ではない。憧れている、というのが近いのかもしれない。すごく可愛がってくれてたわけではないし、特別優しい訳でもないのだけど、ただ直感的にこの人『面白いな』と感じ取って、私が勝手に懐いていた人。頭が良くて、自分があって、一所懸命で、でも女子相手だとちょっと口下手なところもあって。下らない質問とかしてウザがられるのが楽しかったっけ。

ぶわーっと蘇る当時の感情。卒業以来何故か集まりに先輩は来なくて、トレードマークだったバンダナもないし、当時より更にシュッとしてしまって誰だか全然わからなかった。対するユウジ先輩は、ジト目で私を面倒そうに眺め、「お前喋るとぜんっぜん変わってへんな」と言った。面倒くさそ〜、でも、これめっちゃたのしい。


「もしかして、見た瞬間気付いてました?」

「…まあ、おる事知っとたしな」


白石部長が言ったんだろうか。私は何にも知らされてなかったけど。
手元のチェックリストに蛍光ペンで線を引けば、今日の招待客全員の名前が埋まった。先に新婦側の受付は終了していたので、私は全参加者分のご祝儀を紙袋に入れ、抱き抱えたまま、ユウジ先輩の横を歩き出した。


「でも嬉しい。先輩なんで四天呑み来てくれなかったんですか」

「あれ大体平日やっとったやろ?全然俺の予定と合わんかってん。大学生と専門の忙しさ全然ちゃうねんで」



話せば話すほど本物のユウジ先輩だ。チャペルに移動が始まったらしいウェルカムスペースで、私達は先に来ていた四天の部員と合流する事ができた。そこから、皆でなんとなく一緒に行動し、披露宴まで時は流れた。私の席は右にユウジ先輩、左に財前という、白石部長の完璧な取り決めによって常に喋り倒せる人達のいる、最高の席だった。

料理を食べる際、右利きの私は、意図せずユウジ先輩と肘が当たってしまって、持っていたフォークを床に落とした。丁度歓談の時間だったのでそれ程注目を集める事もなくホッとしたが、当たってしまったユウジ先輩は「スマン、」と落ちたフォークを拾おうと手を伸ばしてくれた。と、その時、私は見てしまった。先輩の左手薬指に、白っぽく輝くリングを。時が止まるような気がした。嘘だと思った。次の瞬間には、思わず声に漏れてしまっていた。


「えっ 先輩、『そっち』じゃないんですか?」








スパーンと、気持ちの良い音が頭上を駆け抜けた。私の先の発言を言い終えるや否や飛んできたユウジ先輩の左手。「アホか声デカいねん」やや慌てたように注意してくる先輩の左手には、やはり見間違えでなく結婚指輪が煌めいていた。「え?だってこれなんですか。ユウジ先輩既婚者なんですか?聞いてないですよ」自分の頭を整理するために疑問をぶつけてみる。

だって、ユウジ先輩は、小春先輩が好きだって、あんなに言ってたじゃないか!





「えーそれでは、歓談の途中ではございますが、ここで本日の挙式にお手伝い下さった方々を私の方からご紹介させていただきます」



偶々のタイミングで、司会者のお姉さんがそうアナウンスすると、前方スクリーンには知らない名前が大きく出された。


「ウェルカムボードを作成してくださったのは、新婦様のご友人ーーー…」


次々と、挙式に携わった人達の名前が読み上げられる。その度会場中は拍手で包まれた。大きな音で話し声など聞こえる隙もなく、ユウジ先輩の指輪の話は後回しになった。拍手しながら私は、驚きと疑問と、何故だか怒りに似た気持ちを持ち始めていた。いつ?誰と?なんで?どうして教えてくれなかったんだろう。もしかして、ユウジ先輩の挙式はもう既に終わってしまっていたとしたら。本当に、慕っていたのに。仲良くしたいと思っていたのは自分だけだったのだろうか。だとしたら、寂し過ぎる。
何人かの紹介が流れていき、何度か拍手をしたところで、司会者は「最後に、」と切り出した。



「最後に、現在新郎新婦が着けています結婚指輪。新郎の中学時代の部活動チームメイトであり、現在アクセサリーデザイナーをされております一氏ユウジ様がデザインされたものでございます」




聞き覚えのある名前が呼ばれ、顔を上げると、スクリーンには一言一句違わぬユウジ先輩の名前と、懐かしいテニス部時代の彼の写真が映されていた。そのスクリーンの真下には、幸せそうにピンと指を真っ直ぐに立てて指輪を客席に向けた白石部長夫妻の姿。離れていてもわかるピカピカのリングは、本当にユウジ先輩が作ったもの?隣を見上げると、ドヤ顔のユウジ先輩がいて、「ええやろ?あれ」とニヤリと笑った。よく見たら、先輩の手は薬指のみならず、右手も、左手も、デザインも太さもバラバラな、沢山のリングが付いていた。
 

「…これはファッションリングの部類や。俺の本物はもっと凝る予定やしな」


沢山の拍手に包まれた先輩が一度立ち上がり、会場中に会釈をした。再び座った後、そう言って、ユウジ先輩は薬指の指輪をくるくると右手で回して外し、テーブルの上に置いた。ポケットからアクセサリー用の小さな布袋を取り出すと、その中に先程の指輪をしまい、「試作品やで。普段から空いてる手につけとくと忘れんねん」と言って、スーツのポケットに入れ込んだ。
私は、先輩の空いてしまった左手薬指を見て、少し安心した。会わなかった時間が、先輩を知らない人にしてしまったわけではなかったのだと、わかったから。


「…凄いじゃないですか、本当にデザイナーになっちゃうなんて」

「当たり前や。そん為に大事な青春時代ほぼ課題に捧げとるんやからな」



珍しく、口角を上げて本当に嬉しそうに笑うユウジ先輩。私がこの笑い方をするユウジ先輩を見たのは、今日と、卒業式の日の二回だけだ。でも、何でそんな涙涙の日に、こうして笑ってくれたのか、随分前の事なのですぐに思い出せそうになかった。ただ、普段は目付きも悪いし、女子に対しては愛想も良くない人なので、なんというかそう、ギャップにどきりとしたのを思い出した。思い出してしまったら、誤解が解けたのと相まって、急に私の心臓は早くなった。


「先輩、今度私の指輪も作ってくださいよ」



落ち着くために、いつものような冗談を言う。嵌める予定も、揃いで付ける相手もいない、架空の指輪をねだってみる。
ユウジ先輩は、スライドのために薄暗くなった会場で、一口ワインを飲んだ。お酒を飲む姿だって初めて見るから不思議。ダメだ、なんだかおかしい。新鮮だから、なのに昔が思い出されるから、夢を叶えた先輩がカッコいいから。私の頬はじわじわと熱を持っていくようだ。



「お前、結婚するんか」


予想より一段階低めの声色でそう聞かれ、正直に首を横に振れば、ゴテゴテとリングのついた先輩の人差し指が私の額をやや鈍く弾いた。大して痛くもないのに「いて」と言ったら、先輩は一度溜息をついた後、「向いてなそーやな」と憐んだ目を向けてきた。


「失礼ですよ。あの頃より家事はまともに出来ていますからね」

「ほぉか」

「先輩は知らないでしょうけど私今一人暮らししてるんですよ。だから料理だって洗濯だってちゃんと自分でやってるし、お嫁に行く準備自体は出来てはいるんですからね」


ふん、とわざとらしく自分の料理に向き直って大きな口でステーキを口に運ぶと、片隣の財前が許可もなくその様子を写真に撮ってきた。よくある事なので気にも留めないしむしろ奴の方を見て咀嚼をすれば、今度はまた後ろからユウジ先輩の声がふりかかった。


「小春は昔からそういうん出来てたよなぁ」


やや落ち着いたでも甘い声でユウジ先輩は小春先輩に絡み出した。小春先輩は仕草とか話し方とかちっとも変わり無くて、期待通りの声色で「せやねぇ」と返事をした。
蘇った、甘い会話を楽しむ二人の姿を見て私の早くなった心臓は、小さく小さく元に戻っていった。



(…気のせいだった)



なんだかわからない安堵感と、喪失感を共存させながら、それからの時間を過ごした。あっという間に披露宴は終わりを迎え、予定通り二次会までしっかり参加した。ユウジ先輩とは、披露宴後も話したけれど、以前と変わらぬ絡みをして楽しんだ。こうやって、また皆で定期的に集まれたらいいのに。そう思ったら案の定、忍足先輩が酔っ払いまくってそう言って泣き始めた。いつも通りだ。



「じゃあ、おやすみなさーい」


みんなで電車に乗り込み、順々に降りていく人を見送る。一人二人と減っていくと、最後は私とユウジ先輩の二人になった。遅い時間の車内はだんだん人も疎になり、私たちは重たい引き出物を持ちながら一旦座ることにした。



「………まさかおんなじ駅とかないよな?」



私もうっすら考えていた事をユウジ先輩が口にした。到着駅まで、あと一駅。静かに指でそれを表せば、「マジか」と先輩は驚きの表情を見せてくれた。その反応から察するに、どうやら私達は最寄りが同じらしかった。卒業して、全く会えず、偶に先輩達から行方を聞くのみだった人が、まさかこんなに近くに居たなんて。そんなこんなで、私達を乗せた電車は目的地にたどり着いた。同時に立ち上がり、いつものように改札を出て、いつものように歩き出せば、何の不自然さもなく先輩もついてきた。びっくりだ。なんだか可笑しくて笑えてきた。


「本当に?本当にこっちなんですか?」
「せやで。お前こそホンマにこっちなん?」
「当たり前じゃないですか、もう疲れて一刻も早く帰りたいですもん」
「まあそれはあるわな」


二人で大きな紙袋を引っ提げて、ほろ酔いで、夏の夜のぬるい風の中をだらだら歩いた。しばらくの無言の後、私はふと思い立ったことを話した。


「なんか昔、一度だけ私と先輩一緒に帰りませんでした?」

「なんや、急に」


この並んで、沢山の荷物を持って、だらだら歩く感じがデジャブだった。
思い出した。


「卒業式の日…」


大きな花束を抱えた先輩と、お別れが惜しくて泣く私。私が当時ユウジ先輩に懐きまくっていたのは周知の事実で、気を利かせた先輩達が最後の記念にと先輩の家まで荷物持ちで一緒に帰るよう促してくれたのだった。たしか、その時、泣きながら私は先輩の将来について聞いた。そこで、初めて先輩の口から「デザイナー」という夢を聞いたのだ。センスがあって、ストイックで、手先の器用な先輩にピッタリで。憧れの先輩が余計に眩しく見えた。



『すごい!ピッタリじゃないですか!』


先輩の、「当たり前や」と言った嬉しそうな笑顔を見たのは、確かその時だ。中学生の時のあの記憶と、今日の日の表情が繋がり、鳥肌が立った。
この人は、いつだって自分が輝ける最高の方法をがむしゃらに探していて、絶対そこに自力で辿り着くのだ。尊くて、自分にはないものを持っている先輩が尊くて、涙が出そうだ。


「……は?え、何泣き?」


酔っていると涙腺は更に脆くなる。「先輩がかっこよすぎて〜痺れて泣いてます〜」本当のことを正直に話せば、「いや、意味わからん」とツッコミつつ若干慌ててユウジ先輩は立ち止まった。ポケットからライトグリーンの高級そうなハンカチを出し、私に差し出してくれた。


「ちょっと酔いすぎやぞ。あとどれくらいなん家まで」


もう自宅自体は目と鼻の先という所まで来ていた。借りたハンカチで目を押さえながら、目的地のアパートを指差すと、先輩は私の手から引き出物の紙袋をひったくり再び歩き出した。


「ほれ」

「…すみません」

「水飲んで休みや。あと今日撮った写真後でラインに送ったれよ」


ほな、と言って先輩は玄関を離れようとしたので、咄嗟に私は先輩のスーツを掴んだ。「今日、久々にめっちゃ楽しかったですね」と早口で伝えたら、「せやな」と薄く笑ってくれた後、じっと私の顔を見て何やら考えるような素振りを見せた。


「……お前、まあまあ酒いけんな」


今日の酒量の事だろうか。確かに、私はそこまでお酒に弱くないし、甘いお酒はあんまり飲まないし、飲みに行くのも結構好きだ。お祝いの席ではついつい飲み過ぎてしまうこともあるけど、自分でどうにかできるくらいのわきまえはある。


「……こ、今度行くか、その辺の店」


若干上擦った声に、酔いがじわじわ覚めていく感じがした。あのユウジ先輩が、私を飲みに誘ってくれている。夢みたいだ。「良いですね、誰に声かけましょうか」なんて聞いたら、「まあ、その辺は任せるわ」と言った後、先輩は左手の紙袋を右手に持ちかえながら口を開いた。


「せやけど、こっちの駅俺らだけやんか。わざわざ誘わんでも、ええんちゃう」


二人で行きましょう、そういう意味だと解釈するしかない先輩の発言に、私はやはり、披露宴で感じた胸の鼓動は気のせいではなかったのではないかと思い始めていた。




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