私はたまに、ものすごい予知夢を見る。明日はテストなのに寝坊するとか、帰り道に昔喧嘩別れした友達に会うとか、あんまりいい事じゃない事ばかり本当の事になる。そして昨日見た夢は、今夜、この街には隕石が落ちてきて、学校も家も何もかもめちゃくちゃになるというもの。私は怖くなって必死で近くに住む大学の友達に避難しようと呼びかけたけど、びっくりする程誰も信じてくれなかった。ただ一人、私の電話に気付いて授業後折り返し電話をかけてきてくれた人以外は。


「逃げるったって、結構範囲広いで」


服飾科の星、一氏くんは唯一私の予知夢を信じてくれた。あんまり話をした事はないけど、一氏くんはちょっと口が悪くてツッコミ役みたいな印象の人。んなアホなとか、おめでたい奴っちゃとか言いそうなのに、どこから何処までやられるのかを聞いてきたのだ。「時間は?夜っちゅうても幅広いで」漠然と危機感を訴える私を落ち着かせるかのように、一氏くんは淡々と今日、街が滅ぶ話を分析してくれる。駅のファーストフード店のカウンターに並んで座り、スマホで地図アプリと睨めっこしていた彼の指示を聞き、私達は一度家に帰って、大急ぎでキャリーケースに詰め込めるだけの荷物を積んで、夕方再び駅で待ち合わせた。先程一氏くんが調べてくれた行き先に向かう電車に乗り込む。金曜日の夕方、今から家に帰ろうとする人達とは反対のガラガラの電車に乗り込むと、一氏くんは広い座席の中央に座ったから、私もその隣に腰掛けた。「…たべる?」さっき待ち合わせ前に買ったチョコレートを一つ差し出せば、一氏くんは細長い指先でそれを受け取った。まもなく、ドアが閉まり、私たちを乗せた電車は遠い街へ向かって走っていく。


「万が一、万が一やで。俺の予想が外れて、俺ら今日、ここで巻き込まれて死ぬとしたら。最期に何したい?」


黒い電信柱の影が等間隔に並んだ景色を観ながら、一氏くんは聞いてきた。約束の時間まであと五時間ほどしかなくて、目的の場所までも時間がまだかかる中で、出来る事は限られている。遊園地に行ったり、地方の家族に会ったりする事はできないし、明日から何にもなくなってしまうのだとしたら、なんにも考えないままこの世の私を終わらせたい。「美味しいもの食べて、寝て、朝が来ないのがいい」「…わかったわ」一氏くんはまたポケットからスマホを出して何か探り始める。「和洋中、エスニック、どれにする?」最後の晩餐の話だと思い、私は「和!」と元気よく答えた。一氏くんはちょっと笑って、「まあそう来るやろな思ってたわ」グルメサイト星四つの串カツ屋のページを開いて見せた。私は嬉しくなって興奮して、一氏くんの手ごとスマホを握った。一氏くんはそんなの慣れっこみたいに流して笑う。女子の多いうちの学科で、うま〜くやれているだけある。


最後の晩餐を食べた私達に残された時間は、僅か一時間弱となった。レジから出された重たいキャリーケースを引きずり店を出れば、金曜日の夜という感じの賑やかな繁華街。「…みんな、今日隕石が来るだなんて思ってなさそうだね」「まあ、そうやろな。予知したんはお前だけやし」ゴロゴロガタガタうるさいタイヤの音を引きずりながら、私達は今晩泊まるホテルを探した。


「ねえ、一氏くん。今日そばにいてくれない?」


ひとりぼっちで世界が終わるのは嫌だったからそう言った。一氏くんは持ってたスマホから一瞬視線を外して、私を見た。それからすぐにすいと視線を戻して立ち止まると、「おん」と言って首筋をかいた。スマホの操作を斜め下から覗きみると、目星をつけてくれていたビジネスホテルの利用人数を変更してくれたところだった。しばらく歩いて、私達は目的のホテルに辿り着く。チェックインの手続きを終えて一氏くんがカウンターから貰ってきたのは、同室のカードキー2枚だった。「何階?」「7階やて」カチカチと音の鳴るボタンを押して小さなエレベーターに入ると、私達の周りは急に静かになった。今まで移動中ずっと誰かしらがいて、何らかの音のある空間を通ってきたから、それが遮断された空間になった瞬間、なんだか緊張してくる。私はエレベーターを降りてからも、なんとも思ってないように振る舞うことに注力した。だけど、部屋に入ってみたらベットは大きなサイズのもの一つしかなくて、逃げるよう誘ったのも、一緒にいてくれと言ったのも自分なのに、もしかしてここまで黙って一緒にいてくれた紳士的な一氏くんだって、本当はそういうこと考えてるんじゃないかって思って、私はようやく彼の真意が気になり出した。


「一氏くん、お風呂どうぞ」


先にお風呂に入れてもらったから交代でそう声をかけた。一氏くんはベットに座ってテレビでバラエティ番組を観ていた。「これ、面白いよね。まだ観る?」「…いや、ええわ。風呂入ってくる」バタン、と浴室のドアが閉まって、水音が聞こえてくるとちょっとほっとして私は深呼吸をした。人生最後かもしれない夜、私はなぜか一氏くんと一緒の部屋に泊まる。アンバランスな組み合わせが現実味がなくて、本当に終末感があった。一氏くんがお風呂を出たら、私達、どうするんだろう?ペラペラのホテルのパジャマにスリッパという格好でテレビの続きを観ていると、一氏くんはあっという間に出てきたから、私は慌ててパジャマを一番上のボタンまで閉じた。お風呂からの蒸気で室内の湿度がグッと上がる。「ちょお、ドライヤー使うで」「、うん」髪の毛がまだ少し濡れた状態で、長めの前髪を下ろした一氏くんはなんだか大人っぽかったから、私はすごくドキドキしてきてしまった。


「どうする?チャンネル変える?」


浴室から髪を乾かした一氏君が戻り、ドキドキしてるのを隠すように話しかけた私に対し、一氏くんは冷静だった。デスクの上にあった新聞の番組表をみて「別にこれでええで。あ、10時から漫才ショーにして欲しいねんけど」と言った。もしかして、一氏くんはこうなると思って、着いてきたのかなぁなんて一瞬邪推したりもしたから、本当にそういうつもりがなさそうな一氏くんを見たら拍子抜けというか、安心したと言うか。固まった体が少しずつ解けていくような感じがした。


「…一氏くんって、お姉ちゃんとかいる?」
「あ?別におらんけど」
「ふぅん、じゃあ やっぱり学校の環境なんだねえ」
「何がや」


こんな状況でも、意識せず平然としてられるってこと、とは、言ってしまったら空気が変わりそうだから言えなかった。話を変えて私は飲み物を勧めながら聞いた。「ねぇ、どうして一氏くんは信じてくれたの?」私はそれが不思議だった。だって、一氏くんは普段から私と特別仲が良いわけでもないし、仲のいい子だって流すようなぶっ飛んだ内容の予知夢だったのに、一度も嘘だって言わなかったから。大きなベットボードに背を預けていた私の隣にやってきた一氏くんは、冷たい水を一口飲む。テレビからは引き続き賑やかな声が響いて、窓の外にはビルの窓から光の粒が沢山輝いていた。


「お前の予知夢やと、明日隕石が落ちるっちゅー話やから、一回しか言わんぞ」
「うん」

「お前が好きやからや」


え?っというような台詞を聞いて、私は真横に座った一氏君を見た。間違いなく彼が言ったのは告白の台詞だったのに、一氏くんはいつも通りの真顔で私をみてくる。「…嘘だあ」だって本当にそんな感じだったから。「ホンマやて」一氏くんはこれでおしまいというかのようにリモコンを手に取って私から視線を外す。一氏くんが告白してくる前に言った前置きは、明日にはもうこの気持ちがなかったことになるから、という意味だと思う。その証拠に一氏くんはもう話が終わったみたいにテレビをみているし。そのドライな告白に私だけが着いていけてなかった。「…好きだから、色々調べて、ついてきてくれたの?」「…おん」私がもし、無事に明日を迎えられることがあったらそれは、私の為に色々やってくれた一氏くんのおかげだ。だけどもし、明日が来なかったとして、彼の好意が実を結ばなかったとしても、嬉しかったから。私は彼にお礼をしたかった。


「…ちゅーくらいならしてもいいよ」


薄い布団を口元まで手繰り寄せてそう呟くと、一氏くんは僅かに体を揺らした。「アホ、そういうのはええねん」一氏くんは咳払いして私の頭を布団にぎゅうぎゅう押し込めると、「もうお前寝た方がええで」って言った。私の視界は薄い布団に遮られてしまって、一氏くんがどんな顔してるのかはわからなかった。「…ありがと」お礼を言った瞬間ライトを消され、室内はテレビの明かりだけの薄暗い空間になった。清潔なシーツに包まれて急激な眠気が襲ってくる。


「おやすみ」


シーツ越しに、一氏くんの手が私の額をそっと撫でた。今日で、もしかしたら彼に会うのは最後かもしれないのが、私はとても残念だった。もっと早くから一氏くんと喋っていたらよかった。もっと一氏くんと仲良くなっていたらよかった。だってこんなに優しい人だってこと、今日まで全然知らなかったんだもん。私は、そんな気持ちが伝わればいいなと思って、座ってテレビを見続けている一氏くんのパジャマの裾をぎゅっと握って眠った。


* * *


眩しい光がさしたので目を開けたら、昨日と同じ景色があった。よく晴れた青空の広がる大きな窓を見ると、「起きたか」冷蔵庫から水を取り出す一氏君が視界に入り込んできた。寝ぼけた頭をなんとか動かして考えたら、どうやら私達は隕石から逃れることが出来たらしい。「予知夢、外れたみたいやで」一氏くんの言葉通りテレビではいつもと変わらぬ星占いを伝える朝の番組をやっていて、「ほんとだ」と私は呑気に言った。それが最高に嬉しかった。


「余計な心配かけちゃって、ごめんね」


ごめんねとは言ったけど、私は機嫌が良かったから、謝ってるかんじのニュアンスにはたぶんならなかった。一氏くんはちょっと笑って、「良かったやん、お前が逃げられて」と言ってまた私の隣に座った。私はその言葉を聞いて、一氏くんは私の事が本当に好きだったんだなあと思った。そうじゃなかったら、こんな誰も本気にしてくれなかった夢の話に付き合ってくれたりしないし、逃げられて良かったなんて言葉もきっと出てこない。「もし、ホンマに隕石が落ちてきたとして、お前だけには助かってほしいと思ってたんや。…意味、わかるか?」一氏くんって、曲者みたいなイメージだから、こんなにストレートに気持ちを伝えてくると思わなかった。頷く私の頬は照れて熱くなった。「私も、そう思った!」一氏くんには、生きててほしい。「ホンマかいな。チューくらいならええとか言うてたやんけ」リップサービスだと言うかのように一氏くんは私をジト目でみてくる。じゃあ、どうやったらこの気持ちが本気だと証明できるのだろう?考えた私は、横に座っていた一氏くんにそっと近づき、ほっぺに小さくキスを落とした。一氏くんは咄嗟のことで抵抗もせずそれを受け入れ、目を見開いて私を見た。ぐんぐん顔に熱が集まり、あっという間に一氏くんは真っ赤になった。


「一氏くん、ありがとう。私も好きだよ」


昨日の真顔の告白は何処へやら、ほっぺたを抑えて赤くなったままの一氏くんは、「おん」と小さく返事をした。それが可笑しくて可愛くて、私は笑った。隕石が、本当に落ちてこなくて良かった。私、まだまだ知らない彼のこと、もっと沢山好きになりたいので。



予知夢と逃避主義の二人





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