その昔、だれかとだれかの名前を使った恋占いがクラスで流行った。二人の名前の文字数合計によって、結果が変わるというもの。「と、お、や、ま、き、ん、た、ろ、う…」そして私は今、その流行りに乗っかった女子達に占って貰おうとしていた。相手は彼女らが面白がって選んだ、クラス1のわんぱく少年。小学校高学年の女子にとって彼はまだまだ幼稚で憧れには程遠く、正直対象外ってやつだった。けれど、私だけは実はそんな事はなくて、小学生によくある理由だと思うけれど、運動神経が良くて明るい彼に、密かに想いを寄せていた。だから、占う彼女らにとっては単なる面白枠のこの占いも、私にとっては実は運命を左右するかのような、そんな一大事なのだった。


「ラブ!遠山と名前ちゃんラブラブやって!」


ドキドキしながら神様に祈った占いは、最高の結果が出た。きゃぁきゃあはしゃぐ友達と一緒になって騒ぎながらも、私の頬はしっかりと熱くなっていた。そんな楽しい空気を割くように、放課後の教室のドアがガラリと勢いよく開く。皆が視線を向けるとそこに立っていたのは数十分前に帰路についたはずの遠山で、いつものボロッボロのランドセルもなく手ぶらで彼はバタバタと自分の机の方目掛けて転がり込んできたのだ。「遠山やん」「何しにきてんの」「さっき帰ったんやろ」話題の渦中の人物が来たことで心拍数の上がった私とは違い、周りの女子達は比較的冷めた対応を彼に向けた。しかしそんな事はいつもの事なので全く気にせず、遠山は「弁当忘れてん!」と元気よく言い、そしてプリントのゴミだらけの机を漁った。


「なぁ遠山。今名前ちゃんとアンタの占いしとったけどなぁ、ラブラブやったで!」


先程の高い笑い声が復活し、皆は面白おかしく彼をおちょくった。その笑い声の中で私は一人、意中の人がどんな反応を見せるのかとドキドキしながら彼を見つめた。なかなか見つからない探し物をする彼は、「えー」とか「うーん」とか適当に言いながらついに目的のものを見つけて、イスを机の下に仕舞いこんでこちらを観た。


「ほな、ワイと金二郎も占って!」


ようやくくれた反応は私とのラブラブについてではなく、その『占い』を使って飼い犬との相性を占って欲しいという、斜め上もいいとこの返答だった。さすがの私もこれには本当に落胆し、彼を幼稚だと評価する周りの女子達の目は正しかったのだと心から思った。実にマヌケな初恋の終わりだった。



* * *



時はあれから数年経ち、あの出来事を記憶として頭に残してはいるものの、遠山への淡い想いを忘れた私は、中学に入り彼と同じクラスになった。偶然にも同じ小学校から来たのはクラスで私達二人だけで、最初は休み時間に話せる相手がほしくて遠山と話すことがあった。出席番号の関係で席も近かったのだ。


「なあ、中学校ってチャイムの音なんや違ない?」


最初に話しかけて来たのは遠山の方だ。実にどうでもいいキッカケを使ってくれたから、どうでもいい返事がしやすくて、気が楽になった。「…そうだね」見たことのない初めましての人が溢れる教室内で私と彼は同じ時間を過ごして来た唯一の仲間であり、短い休み時間は唯一の寄り所。忘れようとしたあの日の心の芽が、水を得てゆっくりまた育っていくような、そんな日々がやってきた。小さくておしゃべりで目立つ彼は、相変わらず同学年女子から『そういう対象』にされるような雰囲気はなくて、私はその周りの雰囲気に心のどこかで安心していた。月日がたってお互い色々な友達をつくってからも、密かに彼を特別な眼差しで見つめ続けた。



「なぁ、最近遠山くん、なんやええ感じやない?」



そんな平穏が途切れようとしたきっかけが、クラスの女子の一言だった。もうすぐこのクラスも終わりというある時、遠山は珍しく風邪をひいて、一週間もマスクで学校にやってきた。しかも、喉が痛いからか全く喋ろうとせず、何をするのも無口に淡々とこなしていた。普段は沢山の人に囲まれて、ケラケラと大きな声で笑って過ごしている彼が、静かに次の授業の準備を自席で行なっている様子は実に不思議な光景だった。しかしそれは普段彼を何とも思っていなかった女子達からは『ええ感じ』に映るらしく、とうとうその中の一人から先の発言が飛び出した。「わかる!」「遠山は絶対喋らん方がええねんて」「静かに体育やってる時が一番カッコええわ」一人発言するとまた一人、と周りの皆は同意を重ねていく。私は目をキョロキョロとさせながら、なんとも表現しがたい嫌な気持ちになった。悲しいのか、苦しいのか、分析が難しい。ぼんやりとした意識の中、皆の遠山を持ち上げる会話が遠くの話のように聴こえた。


* * *


先生に頼まれて、クラス分のノートを集めて職員室まで向かっていた。陽の差す明るい旧校舎の廊下を歩くと、窓からはテニスコートが見える。遠山はテニス部に途中で入ったらしい。そんな事を考えながら歩いていたら、トントンと誰かに肩を叩かれた。振り返るとそこにいたのは相変わらずマスクをした遠山で、驚いているうち私の手から半分以上のノートをヒョイと取り上げた。「一緒に、持ってくれるの?」コクコクと頷く遠山に小さくありがとうと言って、並んで歩き出す。係でも日直でもない遠山がなぜ手伝ってくれるのかって、それは彼が優しいからだ。はちゃめちゃで、空気読めなくて、うるさくて、でも優しい。私は、そういう彼を昔も好きだった。ぽかぽかと胸が満たされていく感じがして、私は勇気を出して話しかけた。「…風邪、なかなか治んないんだね」遠山は一言目で私の方を向いてくれていた。マスクの上の大きな瞳が私を真っ直ぐ射抜く。口元の見えなくなった遠山はたしかに何を考えているのかわからぬ寡黙な美少年で、少し考えるように視線を斜め上にやる様子をドキドキしながら見ていた。


「声、変やねんもん」


一週間ぶりに聞いた遠山の声に驚き、私は足を止めた。聞いた事のないガラッガラの声。まるで別人だ。「喋りづらいしな、つまらんわ。早よ治ってほしい」喋り調子だけはたしかにいつもの遠山だ。違和感しかない不思議な声を聞いて、ショックを受けた。「病院、行きなよ」こんな声と元気を引き換えに、遠山が色んな女の子の人気を得たのだとしたら、そんなもの全部いらない。はやく私の好きな遠山に戻ってほしいと、具合の悪い彼に胸がギュッと締め付けられるような想いがした。


「病院は死んでもいかん」


それでもキッパリ病院を拒否する遠山は、もしかしたら私の思うほど不自由さを気にしてないのかもしれない。



* * *



あれから更に一週間程経っただろうか。
クラスでの遠山人気は止まる事を知らず、今度は他クラスからも遠山を気にかける子が出てきていた。特にグラウンドでの体育の時間はいつも窓から誰かしら彼を見ているし、遠山は相変わらずそんな事まったく知らずにひょいひょいと高跳びをこなしていく。遠山の体と、人気と、色々と心配事は重なって私もここ数日気が重かった。心配するくらいなら好きだと伝えてしまえばいいのだろうが、伝えたところでこんなに鈍感な彼が「ありがとう」以上の返事をくれる筈もないと、頭の中で諦めもしていた。


あと数週間で次のクラスに変わる時期。ぽかぽかと暖かい春の日の朝、学校へ行く途中から大きく手を降ってくる学ラン姿を見つけた。視力の悪い私はそれが誰だか認識まで時間がかかり、ようやくそれが最近ずっと私を悩ませている原因の彼だと気付いた時、二人の間の距離はもう5メートル弱しかなかった。あんな場所から私に気づいて、手を振っていたのだろうか?後ろを見たりして辺りに人がいないか確認してから、私はようやく自分に向けてくれた挨拶だと認め「おはよ」と彼に言った。


「気付くのおっそいわぁ、ずーっと手振ってたんやで」


明るくそう言い放った声を聞いて、固まった。ガラガラではないけど、聞いた事のない透き通る低音。何事もないようにニコニコと私を見る遠山はいつものマスクも付けてなくて、つまりそれは風邪が治ったことを意味する。「遠山、声……」私の驚きに遠山は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、そして大きな声で言った。


「そうやねん!風邪やなくて、声変わりやってん!」


胸を張って嬉しそうにペラペラと経緯を説明する遠山。聴き慣れない声を連れて、彼の元気が戻ってきた。「オカンにそろそろ病院行くでーって言われてな、めっちゃ嫌やってんけど行ったら先生が…」話も途中に、私は思わず遠山に抱き着いた。「良かった…!」嬉しくてしょうがなかった。ぎゅうと強く抱きしめた身体は引き締まって固くて、ぬいぐるみのように細くはならない。それでも安心した気持ちが強くて、泣きそうになりながら豹柄のインナーに顔を埋めた。ふわりとせっけんのような香りがした。


「わ、な、どないしたん!?」


慌てるような台詞が聞こえて、私はハッとして体を離す。嬉しくて勢いで、もの凄い力で抱きしめてしまった。一歩後退りした距離で見たら、遠山の顔は私のおでこよりすこし高い位置にあって、耳も頬も赤くなっていた。「ごめん、つい」恥ずかしくて、穴があったら入りたかった。沈黙が流れる空気で、どう言い訳しようかと考えてるうち、先に口を開いたのは遠山の方だった。


「今のって、ラブラブやったらするんやろ?name1、ワイのこと好きなん?」


可愛らしく幼稚な形容詞に、淡い記憶が蘇る。あの時彼は、何とも返事してくれなかったっけ。そんな気なかったのにしてしまった告白を認め、恐る恐る頷くと、ブワッと血が巡ったように遠山の顔は赤みを増した。こんな顔が、彼にも出来たのだと驚き、嬉しくなった。そういえば、私は遠山が好きだけど、遠山は?同じように思っていたの?答え合わせを促すように「…私と、ラブラブでいいの」と囁けば、遠山ははにかんで頷いた。


「ええに決まってるやん、嬉しい」


そう言って彼の大きな手は、私の頭を優しく押さえた。生まれて初めての幸福感に目を細め、私は頭の上の温かな感触を確かめていた。



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