二年生になって入った新しいクラスは偶々イベント好きが集っていて、正直大人数で行動するのが好きじゃない私は戸惑いながらも、友達が欲しくて無理して花見に参加する事にした。段取りの良いクラスメート達が買い出しの指示や場所取りをしてくれる。私は特に何も手伝う事なく当日待ち合わせ場所に向かうだけ、楽ちんな参加ルートをせっかく作ってくれたのに、これから数時間、帰りづらい拘束時間が始まるのかと思うと憂鬱で、桜の舞う晴れの日だと言うのに私の足取りは重かった。


「そっちは渡れる道がないぞ」


声をかけられ振り返ると、話した事のないクラスメートの男子が立っていた。「あぁ…そうなんだ、どうも」この人、名前、なんだっけ?直接聞きにくくて誤魔化すように耳を掻くと、彼はそのまま私の横に立った。「…お前は行かなかったのか、買い出し」自然と並んで歩く形になった。この自然公園の奥地にあるお花見広場へ行くには、彼に合わせた方が早そうだ。ぺたんこのパンプスで一歩踏み出し、私は会話に答えた。「なんかやってくれちゃってて…いいよって言われたから、本当行くだけ、みたいな…」気まずさを隠すかのようにへらへらと笑っている私を見て、彼は言った。


「お前、本当は興味ないんだろ」


何が、とか言われなくてもわかる。図星だったから。けれど正直に言ったら、今日ここへ来た事は無駄になる。「そんな事ないよ、お花好きだし」私の言葉を聞いているのかいないのか、表情も変えずに彼は言う。「俺は今すぐ帰りたいぐらいだ」「え…」静かな公園の雑木林は私と彼の足音、そして春告げ鳥の声だけが響いた。


「正直、こういうイベントみたいなのは苦手だ。毎日顔を合わせている奴らと休みの日にわざわざ会うのも、必要だと思わない、俺はな」
「…俺、は?」
「あぁ。だが、行けと言われたからこうして仕方なく来ている」


わざわざ私に話してくるあたり、彼は私を同胞だと考えているのだと思う。正直に話してくれた彼に便乗すべきか、後の事を考え楽しみなふりを続けるか、悩んで言葉に迷っていると彼は「一時間で俺は帰る、お前はどうする?」と更にたたみかけて来た。退屈な時間の終わりが見えた、魅力的な誘い。「……私も」単純だと思うけれど、合理性が合った。たった一言二言で感じた価値観の一致に嬉しくなり、私はまだ名も知らぬ彼の誘いに着いて行くことにした。



彼の名は、日吉くんと言った。
あの日声をかけてくれたお花見の次の登校日、教室に入ってきた制服姿の彼を見て、名札を盗み見た。『この前はありがとう』そう言いたかったけど、学校が始まれば私と日吉くんの接点はなく、周りの目も気になり仲良くするタイミングを逃してしまった。けれど私は、お花見で沢山話をしたクラスメート達よりも、一緒に帰ってきた彼の事が一番気になっていた。去年、何組だった?部活には入っているの?そんな程度の会話しか交わしていないけど、もっともっと話してみたい。教室の後ろの方の席に座る日吉くんの、目にかかる長さのサラサラの前髪を私は時々じっと見つめた。今彼の読んでいる本がちょうど終わって、目があったら良いなぁ、なんて思ったり、風が吹いて少し前髪を揺らして、普段隠れているつるりとした額が見えたら良いなぁ、なんて妄想したり。その妄想が偶然叶った瞬間、私の頬はパッと熱くなり、『これは 恋をしてしまった』と気付くのにそう時間はかからなかった。



イベント大好きクラスでは、季節が変わる度新しい催しが開かれた。花火大会、バーベキュー、などなどワイワイ計画を立てるクラスメート達。出欠を取るルーズリーフが授業中回って来て、私はいつも日吉くんの名前をチェックした。行きたくないと言っていたものの、いつでも彼は出席に丸をつけていたから、私も同じように丸をした。また、この前のように途中で二人で帰れるだろうか?そんな期待を抱きながら参加。花火も、バーベキューも、どちらもその期待通りの結果となった。「どうせお前もまた帰るんだろ?」何ヶ月ぶりかわからない、日吉くんからのお喋りにとてもドキドキした。「…うん!」当然誘いに乗ると分かっていたかのような表情をして、日吉くんは薄く笑う。私服のセンスも良い彼に、正直骨抜きにされていた。


「…どうして途中で帰るのに、いつも参加するの?」


暗い夜道を照らす街灯の下、私達は歩いた。日吉くんとはたまにしか喋れないから、時間を無駄にはしまいとあらかじめ何を聞くか考えてきておいた。日吉くんは聞かれるのをわかっていたかのように、「部活の規則だからだ」とすんなり答えた。

「部活で?」
「練習もなければ、クラスでの活動を大事にしろと言われてる。けど最後まで参加しろとは言われていないからな」
「なるほど」
「お前はどうなんだ」

そりゃあわたしが聞いたから当たり前だけど、同じことを訊かれてしまった。「私は…」友達が出来なかったら困るから、という名目が通じるのは初回だけ。今ではパラパラと用事で行かれない人も出てきていて、私は答えに困ってしまった。『あなたがくるとわかっていたからで、』本音を明かす勇気も、勝算もまだ充分にはなくて黙ってしまった私を、日吉くんは逃すまいと鋭い視線を向けて来る。「あの、私……」沈黙の続く帰り道、とうとう別れ道に着いてしまった。日吉くんは黙ったままの私を見下ろし、しばらくして「また明日」と言った。「…うん、また」立ち去る背の高い背中に、いつか抱きついてみたい。そんな切ない気持ちを抱きながら彼が見えなくなるまで私はずっとその場を動かなかった。



季節は流れ、冬が来た。
クリスマス会の知らせだ。年内最後のイベントを計画していると話すクラスメートに、胸を躍らせながら出欠確認の紙が回って来るのを待った。ようやく回ってきたその紙を見て、驚いた。日吉くんが不参加に印をつけている。思わず顔を上げて彼を見たが、いつも通り授業中だけかけている眼鏡姿をしていて、特に変わりはなかった。何度か席替えをして、日吉くんは私と対角の離れた前方席になった。年に数回の席運も回って来ず、イベントの帰り道しか話しかけられない私たちの関係、進展する年内最後のチャンスまで、潰れた。


「はーい、じゃあ今年もお疲れ、メリークリスマス!」


盛り上がるカラオケのパーティールーム。結局、クリスマスにすることも無いし、友達もいるし、日吉くんが来ないからと言って行かないという理由にはならず、私は例のイベントに参加する事にした。くじ引きで決めたランダムな席は孤独を煽り、開始早々から終わりの時間のことを考え始めていた。

(今、6時で、きっと9時にはこの部屋出されて、それで…)

左右に座るクラスメートと他愛もない会話をしながら、合間にチラチラスマホを眺める。どうして、今日は日吉くん、来なかったんだろう。部活があるから?それとも、クリスマスだから?一体彼は誰と過ごしているのか、気になって勝手に沈んでちっとも楽しめなかった。「ちょっと暑くなっちゃった」開始から一時間が経ったところで、理由をつけて私はカラオケの外へ出た。受付には順番を待つ人々が行列を作っていて、建物から少し歩いた所まで行かなければ羽休めの空間を確保できそうになく、仕方なく少し離れた自販機まで歩くことにした。


「…おい、お前こんな所で何してる」


歩く途中、誰かに勢いよく腕を引かれ、驚いた。バランスを崩して倒れかけた私を支えた人物を見上げると、それは今日来る予定のなかった日吉くんだった。「な」なんで、ここに。そう言おうとしたのに、顔のつきそうなほどの至近距離と抱き抱えられるような体勢に身体が沸騰し、私は口をパクパクと魚のように動かすしかなかった。「丁度良かった。お前を探していたんだ」そう言って日吉くんは私を立たせると、上から下まで見定めて言った。「荷物はこれで全部か?」聞かれた質問の意図がわからず、とりあえず正直にこくりとうなずくと、急に鞄を持っていない開いた左手を取られた。

「行くぞ」

その言葉を合図に日吉くんは足を早めて私の手を引いていく。何が何だかわからぬまま、私も彼に着いて行く。確かに荷物はこれだけだけど、私、帰りますとは一言も言ってない。けれどこの状況でそれを言うのは野暮だと思い、忘れたフリをして走り続けた。


「ねぇ、日吉くん、どうして今日、来なかったの?」


繁華街から離れ、静かな住宅路に入ったら日吉くんは速度を落とした。「…部活があった」普通の理由で安心した私の手を、日吉くんはいつまでも離してくれない。「お前、いつまであそこに居るつもりだったんだ?」振り返った日吉くんの口から白い息が漏れた。寒さの為か、鼻と耳が赤くなっている。「皆が、帰るまで…」一人で帰る勇気は無かったのだと正直に零せば、日吉くんは握ったままの私の手に力を込めた。


「俺がいなくても、お前は行くんだな」


この聞き方は、彼はきっと気づいている。私の言葉を引き出すように、日吉くんは真っ直ぐ私を見た。夏の花火の帰りに答えを出さなかった質問の、答え合わせをする時間がきたらしい。ドキドキして、震える胸をコート越しに掴み、私はついに勇気を出した。


「………日吉くんがいないと、寂しい」


「…そうか」と言った次の瞬間、ふわりと優しく彼の体に包まれた。一瞬何が起きているのかわからず、固まった私を揶揄うように日吉くんはじんわり腕に力を込める。「じゃあ、次から俺と同じく不参加にしろ」いいな?と続くかのような反強制的な言葉尻に、私はただただ頷くしかなかった。これは、もしかしてクリスマスの夢だろうか?私が勝手に恋をした相手が、自分を何故か抱きしめている。面白がってこういうことをするような人ではないと思うけれど、私は確定的な言葉がほしくて、小さな声でおそるおそる聞いてみた。「日吉くんは、どうなの」視界の端に映る金の髪を覗くと、少し体を離して、今度は彼は唇を私の耳に寄せた。


「ただのクラスメートに、こんな事をすると思うか?」


それは直接的な言葉では無かったけれど。年に数回の会話しか交わして来なかった私には、充分すぎる極上の口説き文句だった。



サンタクロースよ連れ出して





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