恋人って、もっと通じ合えるものだと思ってた。
冬に差し掛かる冷たい風を受け、私と財前先輩は横並びで歩く。寒さで赤くなった指先は、自分の吐息で暖を取る。沈黙が苦痛なら、自分で話題を考える。それが私たちの過ごし方。先輩は、決して冷たい訳ではない。それは付き合う前からわかっていた事だから。誰にでも、何時でもこういう人なのだ。ただ、大好きな先輩の恋人だけに見せる顔が知りたくなって、私は二ヶ月前ついに告白をした。運良く了承してもらえて舞い上がっていたけど、先輩の『秘密の顔』など実際なかった。部活終わりにスマホをいじって帰るあの姿が、ただ私の隣に移動しただけ。


(なんで先輩、私と付き合う事にしたんだろう?)


時折浮かぶ疑問。自分で選んだ事だから、と思って無理やり頭の中を片付ける。勝手に理想を描いたのは私。
だけど、ほんの少しだけ、先輩が私をもっと特別に見てくれたらいいのにって、思う日はある。



今日も今日とて、いつも通りの帰り道。一応二人で帰ってはくれる。「なんか毎日寒くなってきますね」誰にも温めてもらえない私の手は、ついに先日ポケットカイロデビューをした。「せやな」先輩の使ってない右手は、学ランのポケットにすっぽり入っていた。…一緒に温めてくれたらいいのに。内緒の望みは今日も私の胸に蓄積される。歩き続けていると商店街の方へ近づくに連れ、前方のカップルとの差が縮まってきた。楽しそうに会話しながら、ゆっくり歩く二人が羨ましい。先輩は手元を見ていた視線を上げて、そのままスッと避けて追い越し、歩きだした。私はその様子を見て先輩に続く。追い越し際、二人の会話が少し耳に入った。『冬になったらイルミネーション観に行きたいなぁ』そう言ってなにかを調べるようにスマホを取り出す彼氏。その光景が、嫌に目に焼き付いた。あの二人は、次の季節も一緒にいられる約束が出来る。二人のイベントのためにスマホを共有出来る。

(いいなあ、ああいうの)

先を行く先輩の後ろ姿を見た。先輩、せめて私、あの二人を追い越さないくらいの速度で、一緒にゆっくり歩きたいです。そう言えたらきっと楽なのに。「待ってください先輩」置いて行かれないよう小走りで追いついた。微かにこちらを見てくれた先輩の横顔を見ると、胸がキュッとして、なぜかこれ以上高望みしてはいけないという気持ちになるのだった。



* * *



ある日の帰り道。たまたま先輩が買い物があるとかで、滅多にない寄り道をする事になった。目的地は駅ビルの中のスポーツショップ。いつものように改札前で寄るとこあるから、と言われるかと思ったけれど、今日は違った。


「買い物してええ?」


こんな聞き方をされたのは、初めてだった。「……はい!」勿論、良いに決まってる。私はご機嫌で先輩の後をついてスポーツショップを回った。テニスグッズコーナーで立ち止まり、陳列棚の下の方にある商品を見る為先輩はしゃがみ込んだ。学ラン姿で小さくなっている先輩が珍しくてなんだか可愛い。思わず写真を撮りたくなるほど、愛しくて楽しい時間だった。けれど、目的のある買い物は一瞬で終わる。大きな退店音と被るように「待たせて悪かったな」と決して大きくない声で先輩が言った。私、ちっとも待ってないのに。首を横に振ると、ふと近くのポスターが間に入った。それは、駅ビルの大きなツリー点灯式の告知だった。思わず立ち止まった私に気付き、先輩が横に立つ。「…イルミネーション?」先輩の放った単語に聴き覚えがあり、ハッとした。数日前、カップルが観に行こうと計画していたもの。こんな身近で観られるのなら、もしかして。
私は滅多にない寄り道で気分が良くなっていた事もあり、普段なら絶対口にしない事を言った。


「いいなぁ、観に行きたいなぁ」


あくまでも、独り言のような感じで。チラリと横目で先輩を見る。「いつ」まさかの言葉に慌ててポスターの開催日を探す。「来週の金曜日、です」ドキドキしながら次の言葉を待った。先輩はしばらくポスターを眺めていたけど、「あかんやん」次に出た言葉は良い返事ではなかった。


「この日、隣駅の中学と合同練習やろ」


素早くスマホを出して予定を確認したら、その通りだった。普段入る事のないイレギュラーなイベントが、まさかこんなチャンスと被るなんて。「…そ、かぁ……残念です」ポスターの中ではキラキラと美しい光を放つツリーが堂々と立っている。既に興味を無くしたらしい先輩は、近くのエスカレーターに手をかけた。「行くで」名残惜しくも、私もその背に続きその場を離れた。



* * *



「今日、オサムちゃん風邪で部活休みになったって」


昼休み、二つ隣の教室から金ちゃんがそう伝えにきた。「そうなんだ、ありがとう」お礼を告げて自分の席に戻った。こういう突然のオフは珍しい事だから、それぞれ友達と過ごしたり、寄り道したり好きに満喫する。けど、生憎今日捕まりそうな友人はいなかった。

(先輩は…どうするのかな)

同じように休みになったであろう先輩。出掛けるなら今日がチャンスだとは思ったけど、オフの日まで一緒にいたいと言うのはさすがになんだか気が引けた。仕方がないので放課後、私は一人で駅ビルへ向かった。気になっていた雑貨屋、コスメショップ、本屋などを好き勝手うろつき、それはそれで楽しかった。…いつもは、寄り道などしないから。充分楽しんでビルを出ると、空はすっかり日が暮れて暗くなっていた。改札へ向かって歩き出そうとしたところ、何やら人集りが出来ているのを見つけた。なんだろう?賑やかなそこへ気になって近づくと、マイクを持った冬の装いの女性が楽しげに立ち振る舞っていた。


「それでは、間も無くツリー点灯です!皆様ご一緒にカウントダウンをお願いします」


ハッとしてスマホを取り出して日付を見る。そうだ、今日だった。駅前のツリー点灯式。「5.4.3…」周りの人達のカウントダウンを聞くにつれ、後悔が押し寄せてくる。今日、部活無くなったなら、やっぱり先輩を誘えば良かった。どうしていつも、私は先輩に、自分の気持ちを言えないのだろう。賑やかな明るい群衆と反比例するように、視界はじわじわぼやけてきた。するとその時、誰かに制服越しに手首を掴まれた。直接的な感触に驚いて振り返ると、財前先輩がいた。


「先輩、なんでここに」


返事を待つ間も無く、周りの声はより一層大きく上がりパッと明るい電飾が灯った。暗闇に紛れていたツリーが姿を現した。想像してたより、ずっと大きくて立派なツリーだった。「…きれい…」思わず溢れた言葉に、先輩が「せやな」と反応した。


「…今日、行きたいって言うてたやん」


なんでここに?の返事だと思う。たしかに言った。言ったけど、


「それは、遠征だから流れたじゃないですか」
「…一緒に行く流れやったやろ」
「そんな事、言われてないです!」


私の反論に、先輩は驚いたようにこちらを見た。


「私…先輩の事…先輩が考えてる事はわかんないです。言ってくれたり、態度に出してくれないと、本当わかんなくて……何で付き合ってんのかなって、よく、不安になるんです」


ついに吐露した言葉は、最初こそ勢いがあったけど、少しずつ弱々しくなって出て行った。ついに、言っちゃった。気まずくて先輩の顔が見れなくて下を向いたままでいたら、視界に入る先輩の靴が一歩近づいてきた。爪先同士がくっつきそうな距離感を不思議に思って顔を上げたら、鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くに先輩の顔があった。びっくりして固まる私の肩を掴んで、先輩はそのまま距離を詰めた。唇に熱があたる。1.2.3とゆっくり数えるくらいの長さのキスをして、ようやく先輩は離れた。



「ちゃんと好きやって。ごめん」



そう言って、先輩はもう一度顔を近づけてきた。私は本能的に目を閉じ、それを受け入れた。


(…いっつもゆっくり歩いてくれないのに、キスする時は違うんだ)


初めて知る新しい先輩の姿。ファーストキスの熱に浮かされる私は、ぼんやりそんな事を考えていた。ちゃんと言葉にしてくれた。それに伴うキスまでくれた。行きたいと言ったイルミネーションを、一緒に観ようとしてくれた。一つ一つの小さな幸せが、眩い光のように私を包んだ気がした。


良かった、先輩は、ちゃんと私に特別な愛をくれている。



仄かを照らせば





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -