恋する瞳は美しい | ナノ






前回までのあらすじ。
隣人であり、サークル同期の財前くんは学内でも有名人で、そんな事は百も承知のはずだったのに、家以外の彼の素性を何にも知らない自分に悲しくなって、ついつい飲み会でお酒を飲み過ぎてしまった。ベロベロになった私は学科仲間によって自宅まで送り届けられたけど、それを受け取って介抱してくれたのは財前くんだった。素面に戻った私の『彼をしりたい』という悩みに、財前くんは意外にも優しく答えてくれて、これから秘密を解いていくのが楽しみになったのだった。


日付は変わって、今日は土曜日、天気は快晴。
今日は久しぶりに新幹線で地元に帰省する事になっている。高校時代の友人の結婚式に招待されているからだ。挙式は昼過ぎからなので、東京の自宅からパーティー用のドレスを着て行く事にした。小型のキャリーケースを持って玄関のドアを開けると、ちょうどお隣の財前くんも外出する為に出てきたところで、珍しい格好の私に少し驚いたように視線を上から下まで動かしてから、「どっか行くん」と聞いてきた。


「地元の友達の結婚式。今日思ったより暑いね」


鍵を閉めたら何となく一緒に歩く流れ。財前くんは私の結婚式に行くという話を聞いて、わざとらしく咳こんだ。「今なんか笑った?」口元に手を当てて向こうを向いた財前くんがこちらを向き直り、面白おかしそうな目で私を見下ろす。「ほんまにパーティー狂やなって思って」馬鹿にされている。そうわかりつつも、自分でもちょっと面白くなってしまったから反論出来ない。


「……これは本当のパーティーで、いっつものはプチパーティーだから」
「へぇ」
「私にとっては同窓会も兼ねてるしね!高校の友達に久々に会ってくる」


喋りながら歩いていたら、あっという間に駅までの道は半分を切った。ここから先は大通りという信号を待つため立ち止まると、ひんやりとした感触が私の耳に突然触れた。驚いてそちらを見ると財前くんが私の髪を耳にかけようとしているところで、何かを確認するかのようにその動作を終えたあと、財前くんは言った。「ピアス開けてないんや」財前くんの耳には、外している時もあるけど無数のピアスホールが存在している。それはサークルで出会った当初から知っていた。短髪から覗く耳にジャラジャラしているピアスを、田舎者の私は純粋に『こわ』って思ったからだ。対する私は彼の言った通り、一度もピアスを開けたことはない。痛いのは嫌だからだ。「お姉ちゃんが失敗して血まみれになったの見て、やめた」そう言ったら財前くんはふぅんと言って、私の耳をまた裏表じっくり覗き込んでくる。

「財前くんはいつピアス開けたの?」
「小六」
「小六!?」

思ったより早いデビューに衝撃を受けた。信号は丁度青に変わって、歩き出した財前くんの一歩後ろを追いかけてゆく。「そういうの、怒られないの?」子どもみたいな質問だなぁ、と我ながら思う。「小学校て、そういう校則とかないやん」最もらしい答えに納得の感嘆詞しか出ない。財前くんはそんな私を見下ろして、「開けやすそうな耳やけど」と良さげな感想をくれた。地元から戻ったら、少し検討しよう。



駅に着いて滅多に使わぬICカードに大金をチャージし終えると、財前くんは改札前で待っていてくれた。「いつ戻るん?」「明日かな。二次会まで出て夜は実家帰ろうかなって」予定を話すと、反対ホームに電車が来るというアナウンスが聞こえてきた。「財前くん、向こうの電車くるみたいだよ」何処に行く予定なのかも知らずに教えてあげたら、財前くんはそんな私の言葉を全く聞いていないかのように、真顔で言った。


「それ、男も来る?」


予想外の質問に息を呑んだ。どうなんだ、と言わんばかりに私を射抜く視線を受けながら、「それは、来るけど」と返せば財前くんは大きく息を吐いた。いつだかの、不機嫌そうにため息をついた彼の姿を思い出した。


「ちゃんと帰ってきいや。門限あるからな」
 

そう言って、財前くんはごつんとおでこを私のおでこにぶつけて来た。大した衝撃ではなかったのによろめいてしまったのは、そんな事を言われると思っていなかったからだ。


「門限って、財前くんこそ本物のお母さんじゃん」
「ちゃう」
「え?」
「オカンやのおて、俺は……」


キャリーケースを持つ手を、そっと上から包まれた。さっきはひんやりしていると感じたその手は今は人肌程に熱くて、素人なりにこれは只事じゃない雰囲気だと感じ取り、ドキドキしながら私は次の言葉を待った。ところが、『まもなく、一番ホームに列車が参ります』私達の静寂を破ったのは、人もまばらなホームに響く電車のアナウンスだった。「何でもない」そう言って私から一歩下がり、目で改札へ向かうよう促す財前くん。「あ、うん、じゃあ」続きが気になる。なんて言おうとしたのか、凄く凄く気になる。なのに先程のこそばゆい空気に戻る勇気が私にはなかった。だから何にも言及せず彼の促す通りに足を進めてしまった。持ち運びに不慣れなキャリーケースがあったというのに、この数十秒間の動作をどうやって行なったのか、脳は別の事に興奮していて改札から乗車までの記憶が抜け落ちていた。


「……あれ」


電車に乗って、窓際の席を確保すると、ドアが閉まった。ある事に気付いて私は上半身を半捻りさせて窓の外を見た。車掌さんの合図でゆっくりと速度を上げていく列車の外、駅の隣の踏切前には、立ち止まって列車を見送り、そして自宅の方へと方向転換していく猫背の彼を見つけた。「…電車、乗らないんじゃん」見送る為だけにわざわざ一緒に来てくれたのだろうか。……あの、財前くんが?
車内は冷房が効いていたのに、急に顔が熱くなってきた。パタパタと指先で煽げば、淡い期待と自信のなさに満ちた火照りは、少し和らいだ。











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