恋する瞳は美しい | ナノ






前回までのあらすじ。
隣の部屋に住む財前くんに生活音を指摘された私は、一体どのくらいの音が隣の部屋に漏れるのだろうと思い検証、した結果、見事うるさいとお叱りを食らい、空気を和ますため思いつきで彼を近所のラーメン屋に誘った。そこで少し話をしたら、財前くんって言葉選びが不器用なんだなとわかって、なんだか前より彼に親しみの気持ちが湧いたのだった。


だから、やっぱりご近所付き合いをしてみたい。
大学生ならではの、ホットプレートを使ったパーティー料理を囲んでみたい、気軽に。そう思って、今日私はスーパーでたこ焼きの材料を買った。前みたいに大勢呼ぶのは、解散後の寂しさが凄かったし、夜の六時に急に思い立って電車で来なければならない友達を呼ぶなんて、申し訳ない。だから、丁度いいのだ、『ご近所付き合い』っていうやつは。


「財前くーん、いませんかー」


材料を買ったその足で、隣の家のインターホンを鳴らして、20秒ほど。財前くんが顔を出してくれた。「あ、眼鏡だ」なにか作業中だったのか、部屋着に黒縁の眼鏡という珍しい姿を見せてくれたので驚いた。「…誰かと思たわ」「インターホン見てないの?」「近すぎて見切れとった」以前の私達の間柄なら、ここまで会話を続ける機会などなかっただろう。お互い一度夕飯を共にしてからは少し気を許せたというか、許してもらえたというか、会話らしい会話ができるようになっていた。とはいえ、バンドは違うので喋るのは大体家の近くであった時。サークル活動時間にわざわざ互いのバンドを抜け出して話すほどの仲でもないし、担当楽器も違う。財前くんが家バレを恐れて他言するなというので、表面上の私と彼の関係はこれまでとは何ら変わりないものだった。


「たこ焼きしない?夕飯」
「…何で」
「上手いんじゃないかと思って、大阪人だし」


財前くんは「パリピか」と私を馬鹿にしたように笑った後、一度部屋に戻って携帯と鍵を持って、出てきてくれた。本当に出てきてくれたことに驚いてしまった。隣の私の部屋に入って手を洗い、たこ焼き粉の準備を進めようとしたところ、財前くんはホットプレートの準備を始めてくれていた。間取りが同じだけあって、コンセントの位置把握も早くて助かる。水と粉と刻んだ具材を混ぜ込んだ液体をボウルに抱え、私は小さなテーブルの横に座った。


「勘違いしとるようやけど、大阪人なら当然たこ焼きが上手く焼ける思てるやろ」
「うん」

ジンジャエールの入った大きなペットボトルを開封すると、イキの良い炭酸の音がした。財前くんは渡したコップを手に取り、私の真隣に座ると「俺が大阪人やから、おもろいこと言うように見えるか?」と真顔で聞いてきた。「…ううん」たしかに、とこれ以上ない説得材料を用意され、私も真顔になって首を横に振った。財前くんは私の手からペットボトルをひったくり、自分のコップに注ぎながら「そういうこと」と言ってキャップを閉めた。


「なんでも結局、人それぞれっちゅう事や」


財前くんの言葉は的を得ていた。偏見を捨てなさいという教えを、こうして優しく間接的に教えてくれて、ありがたい。しかしそうは言っても焼く時の手際の良さは私なんかよりずっと良くて、やっぱり大阪人なんじゃん、とも思ってしまった。
じゅうじゅうと美味しそうな音を立ててどんどんたこ焼きが製造されて行くのをみたら凄くお腹が空いてくる。写真を撮ろうとスマホを取り、そのついでに何気なくSNSアプリを開けば、サークルの同期のストーリーが上がっていて、しかも彼らは丁度今大学を出た所らしかった。今声をかけたら、来られるかな?そう思って財前くん、と呼ぶと、竹串を使う手を止めて私の方を見てくれた。眼鏡越しに合う目はやはり新鮮な感じだった。

「財前くんのバンドの人ら今近所いるって。呼ぶ?」

わざわざ呼ぶのはあれだけど、タイミングがあうなら。しかし財前くんはすぐに目線を元の作業に戻し、「アホ、隣に住んでんのバレるやろ」と言った。そうだ、その設定があったのをすっかり忘れてしまっていた。残念がる私を他所に、焼きたてのきつね色したまん丸がわたしのお皿に取り分けられていく。まだたった数回しかホットプレートを使った事ない私がやるより、やはり財前くんが作った方が断然上手だと思った。「美味しい、天才」熱々出来立てを頬張り、口元を隠しながらそう言ったけど、財前くんは「誰がやってもこんなもんやて」とドライだった。
残り少なくなってしまったソースの容器を潰して、財前くんは立ち上がり玄関の方へ向かった。おそらく自宅から新しいものを持ってきてくれるのだろう。狭い玄関で突っ掛けサンダルを履いた財前くんは、ドアノブに手をかけながらこちらを振り返った。


「家が近いと、こういう時便利やな」


そう言い残して出ていき、彼の手を離れたドアはバタンと閉まった。確かに、隣だと物の貸し借りが出来ることは便利だ。一緒に料理を楽しめるのも、便利だ。だけどまさか財前くんがそう言ってくれるとは思ってなくて、たこ焼きの完成度をいくら褒めても普通だと言い張る彼が、ご近所付き合いは便利だと言ってくれた事が、私はなんだかとても嬉しかった。











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