恋する瞳は美しい | ナノ






前回までのあらすじ。
軽音サークル同期の財前くんは、正直ノリが違くて無愛想で合わなそうだなって思ってた矢先、なんと私達は隣の家に住んでいた事が発覚した。彼が宅飲みの後、駅に向かうフリをして遠回りして帰ってきた所を、私がうっかり声をかけてしまったからだ。


「……いや、なんで今やねん」


ドアに鍵を挿しっぱなしにしたまま、財前くんは深いため息をついて私の方に向き直った。「わざと遅れて訪問して、帰りもわざわざ遠回りしたんが全部無駄足や」財前くんはとても面倒くさそうな顔をしていて、その瞳からは無言の『他言するな』という圧が感じられた。余程家バレするのが嫌らしい。不機嫌そうな彼に理不尽に叱られ、私も声なんてかけなきゃよかったと後悔しだした。


「そんなに家バレすんのが嫌なら、ずっとお家でゲームでもしてたらいいじゃん」


ムッとしたので、言い返してやった。別に誰かに言いふらすつもりもないし、私自身も彼のファンでも何でもない。初めて喋った長めの会話はあまりにも空気を悪くするものだったので、私の中で財前くんの印象がさらに悪くなった。言い返してくると思わなかったのか財前くんは少し驚いたような顔をして固まっていた。ポケットから鍵を取り出してドアを開けると、横からぶつけられたのは苦情。「掃除機かけながらデカい鼻歌、うるさいで」ドアを閉めて、その言葉の意味を考えた時、宅飲み準備の事を思い出した。みんなをもてなそうと一所懸命片付けしていたこの部屋の隣に、財前くんは確かに『いた』のだと思うと、なんだか急に恥ずかしくなった。そして、他にも何か聞かれたらまずい会話をしたのではないかとか、電話の声ももしかして聞こえるんじゃとか、そんな事がいくつも浮かんで、目が冴えてなかなか眠れなかった。


* * *


次の日の授業は三限から五限まであって、いつもよりもやや朝寝坊して学校へ向かった。朝起きた時、妙に頭がスッキリしていたのはおそらく昨日が終わる頃脳が興奮していたせい。一晩眠ると怒った気持ちも、悲しい気持ちもリセットされてしまうタチの私は、昨日の最後に財前くんと話をしたことをじわじわと思い出していた。今は彼はどうしているだろうかと耳を凝らしてみたけど隣からは何も聞こえず、財前くんはきっと私より早い授業を取っているのだろうと思った。これまで特に気にしてこなかった生活音が、昨日の一件でやけに気になるようになってしまった。

全授業を終えて帰宅したら、今度は隣から時折物音が聞こえるようになっていた。財前くん、帰ってるんだなぁなんて思いながらソファに座り込んで、ふと思い立つ。どのくらいの音まで、彼に聴こえてしまうのだろうか?小さく手を叩いてみるが、特に反応はなくて、それならと私は本棚の上にあったサークル練習用のタンバリンを手に取り、適当な曲を流して叩いてみることにした。しんとした一人の部屋にアップテンポのギター音が広がる。思い切って初手、勢いよく音を鳴らしてみたら隣の様子に変化はなく。もしかして、この程度なら聴こえないのでは?なんて淡い期待を抱いて検証を続けた。


「………財前くん、うるさかった?」


ケータイのミュージックアプリを止め、恐る恐る一人呟いてみたら、隣からは何の反応もない。意外と大丈夫そうな生活音の反響にホッとして、お風呂にでも入ろうかと思った時、ピンポンと鈍い音が玄関からした。インターホンの画面を覗くと、そこには今日はじめましての財前くんが立っていた。


「うっさいねんけど」


…このぐらいだと、聞こえていたようだ。
機嫌の悪さを隠す事なくぶつけてくる財前くんはちょっとだけ恐い。昨日と違って今日は私が悪いと自覚はしていたから、「ごめんごめん」と笑って謝れば財前くんは昨日と同じようにため息を吐いた。「…昨日の今日でこれ、なんか言いたい事あんねやったらちゃんと言い」関西弁は、普通に喋るだけで明るく聞こえる愉快な言葉だと思っていたけど、使う人によっては随分と乱暴なものにもなる。彼に喧嘩を売るつもりはない。私はただ、お隣さんとは仲良くしたいと思ったから話しかけただけだし、お互い節度を守ればこれからも快適に暮らしていけるはずなのだ。だから、そう、変に警戒されるのは困るし、普通に、普通に仲良くなりたい。例え隣が、財前くんでなかったとしても。


「ラ、ラーメン行かない?そこの」


我ながら突拍子もない提案だったと思う。怒りを収めるには空腹を満たせと、誰かに昔言われたような気がする。ハァ?何言ってんねんと財前くんが思ったであろう事は表情ですぐわかった。財前くんは、ポーカーフェイスだと思っていたけど機嫌の悪い様子は意外とわかりやすい。しかし紆余曲折ありながらも奇跡的に二人して近所の新しいラーメン屋に出向き、カウンターに並んで流行りのオシャレなラーメンが来るのを待っている今があると言う事は、私の発案は間違っていなかったと言う事かもしれない。


「財前くん、軽音って高校から?」
「…ギターは、もっと前やけど、部活はちゃう」
「あ、そうなんだ。何部に入ってたの?」
「テニス」
「えっ本当?私も!結構つよかったよ」


適当に振った話題から共通点が見出せて嬉しくなった。「軟式?硬式?」一つ見つかればその後はポンポン繋げていける。財前くんは独特のテンポを崩さないけど、おしゃべりな私をそれ以上あしらう気もないようだったので構わず続けた。「財前くんの学校、大阪だと強かった?」何気なく聴いたところでちょうどラーメンが運ばれてきて、私は竹製の割り箸を一膳彼に渡した。


「まあ、強いで」


当時を思い出すかのように視線を下げて、ほんの少しだけ口角を上げた。「ふぅん、すごいね」財前くんはそれ以上は多くを語ろうとしないので、麺が伸びてしまう前にと私はラーメンに手をつけた。透き通ったスープを一口飲んで、「美味しい」と言えば横から「…まあ、美味いな」と同調する彼の返事が聞こえてきた。財前くんの言う、『まあ、』って、もしかして肯定的な形容詞なんじゃないかと思った。彼の紡ぐぶっきらぼうな言葉達が、なんだか明るく見えてきた気がした。











第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -