恋する瞳は美しい | ナノ






人数はそこそこ、知名度はまあまあな軽音サークルに入った私は、昔からホームパーティーというものに憧れがあった。海外ドラマでよく見るそれは、庭付きのオシャレな家でご馳走を並べ、夜中まで楽しくおしゃべりするというもの。東京の小さなアパートの一室である私のお城では完全再現は叶わないだろうけど、元々大人数でワイワイやるのが好きだったから、いつか何かの機会にと思っていた。そして今週丁度そのチャンスは巡ってきた。『学校から程々に近くて、ゲーム機のある家』が求められた宅飲み企画で、我が家に白羽の矢が立ったのである。片付けはちょっと苦手だけど、それでも楽しみだったので鼻歌混じりに掃除を頑張った。集まれるメンバーが固定化した前日、私は来客予定の仲間達一人一人に『招待状』を渡しに回った。手描きの、ただの地図が書いてある適当なメモである。「てか、住所教えてくれたらググるし」なんて言われたけど、形から入るのが楽しいので堂々と配り続けた。


「はい、これ明日の招待状!」


最後の一通は、同じサークルだけどバンドは違う、大阪出身の財前くんに渡った。ギター担当である彼は多分うちのサークルで一番の実力者で、関西弁なのと、見るからに女子ウケの良さそうなルックスで何かと目立つ人だ。財前くんは其れなりに呑みにも参加するけど、実はあまり話した事はない。髪も服もいつも黒っぽいから、何となく暗い人なのかなって思って、個人的には話しかけにくいのだ。「どうも」低い声でそう言って私の手からメモを受け取ると、開いて財前くんは少し目を通してから、「…ここ、自分ちなん?」と聞いてきた。


「そう!わかる?路地入ってすぐのとこで、うちは101ね、一番手前のとこだからわかりやすいと思う!」


丁寧に説明したのに、財前くんは何故か微妙な顔をして地図を眺め、「…わかった」とだけ答えてメモをポケットにしまった。他の人達にはすんなりわかってもらえる事が多かっただけに、微妙な表情の彼が気になって、「駅まで迎えに行こうか?」と聞いてみたけど断られてしまった。断られたのでそれ以上言うことも無くなり、私は明日を楽しみにしているとだけ伝え、財前くんの元を去った。


* * *


「思ったより綺麗にしてんじゃん」
「早速ゲームやろ、ゲーム」


翌日夕方、サークルの同期メンバー数名が我が家に集まった。はりきって用意したお菓子の山に、さらにお土産で持ってこられたお菓子が追加されて夢のような光景になった。荷物を置いたり場所を取ったりそれぞれが過ごす中で私はジュースを入れる紙コップを用意しながらある事に気がついた。「財前くんは?」集まった同期らは顔を見合わせ、彼のいない理由を説明する。「後から来るって」ちょうどその瞬間、安っぽい音の我が家のインターホンが鳴った。パタパタと走って扉を開ければ、2Lのコーラのペットボトルを持った財前くんが立っていた。「…お邪魔します」礼儀正しくその場で手土産を渡してきた彼に、私は最上級のもてなしを施そうと決めて言った。


「どうぞ!狭くて散らかってますが!」


宅飲み開始から数時間。ゲームをやったり、宅配のピザが来たり、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。時計の針が十二時を差しかけた頃、「そろそろ終電が、」と誰かが言ったのを合図にパーティーは終わりへ向かって動き出していた。

(楽しかった分、後片付けって寂しいんだな)

手際よくゴミを集めてくれる仲間達のアシストをしながら、私は人生初のホームパーティーの教訓を得ようとしていた。あと三十分もすれば、この部屋は空っぽになっているであろう。また明日も学校で顔を合わせる人達ばかりなのに、見送る方はこうも空虚感を感じるものなのかと思ってしんみりした。

「近いから自分達で帰れそう」というみんなの気遣いを、離れがたいと言う気持ちから受け取らなかった。初夏のすこし涼しい空気を吸いながら街灯の下を歩くのは、なかなかにエモーショナルな体験だった。何でも良いから誰かと話したくて、たまたま隣を歩いた財前くんに「財前くんの家はどこなの?」と話しかけてみた。スマホを見ていた財前くんは私の声に気付いて視線を上げ、そして少し考えるように黙ってから、「まあまあ近く」とぶっきらぼうに答えた。まあまあ近く、ね。言いたくないんだろうなぁと思った。今日の飲み会だって、私と会話する事はほぼ無かったし、同期の男子とは話しているのを見るけど、女子とは聞かれたことに答える程度。きっと彼は彼なりに大変な事があって、私もその他大勢の面倒な人達とまだあまり変わりない存在で、余計なリスクを増やしたくないのだろうと思った。

(この人、生きづらそうだな…)

自分の事も、相手の事も、お互い程々にさらけ出して、笑い合った方が絶対に人生は楽しいのに。タイプの違う彼との会話は弾ませるのが面倒で、「ふーん」と私も適当に相槌をうって終わらせてしまった。程なくして駅に着き、仲間達が明るいホームの蛍光灯に吸い込まれていくのを見届けると、あたりは急に静かで真っ暗になった気がした。くるりと元来た道に向き直り歩き出すと、また寂しい気持ちがふつふつと湧いてきた。このまま、一人ぼっちの家に帰るのは嫌だなあ、なんてぼんやり思って、深夜0時なのにより道をする事にした。
目的場所は、家と駅との間にあるコンビニ。お腹チャプチャプで欲しいものが何にもなかったから、仕方がなくて昔好きだったソーダ味のラムネを買った。カラコロ音を立てながら持ち帰った。


自宅に着く寸前、私は偶然、珍しい光景を目にした。途中の道から私の前に現れた、男性らしき人影が、私の住むアパートの敷地内に入っていくところだった。立地的に、同じ大学の人が住んでいるのかもしれないと思っていたが、なかなか出会う機会に恵まれなかったので、チャンスだと思った。同じアパートの住人ともし顔見知りになれば、気軽に挨拶できる人が増えて楽しいし、仲良くなれるかもしれない。最近女性の都会の一人暮らしでは、物騒だから隣人に挨拶はしないものだと不動産屋から聞いてはいたが、パーティー後の静けさの後ということもあり、何故だか私はいつも以上に気さくな私になっていた。だから、本当、何のリスクも考えず、目の前の住人が私の部屋の隣のドアの前に立った時、声をかけたのだ。


「こんばんは、お隣に住んでいらっしゃるん…」


ですか?と疑問系を口にする予定だったのに、思わず口をつぐんでしまった。その人の顔を見てしまったから。声をかけた瞬間驚いたように肩を揺らし、こちらを見た人物は、先程駅で別れたばかりのサークル同期、財前くんだったのだ。












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