恋する瞳は美しい | ナノ






これまでのあらすじ。
サークル同期で、呑みとかにいるけどあまり話した事のなかった財前くんと私は、家が隣だと発覚したことをキッカケに仲良くなった。というか、私が無理矢理色んな事に誘ってきた。最初は近所に友達が出来て嬉しい、とか、思ってたより財前くんは話しやすいとか、そんな風に思っていただけだったのに、なんやかんやあって私はつい先日、彼を好きになってしまった事を自覚した。一方財前くんは、思わせぶりな態度を示してきたり、来なかったりするから、いい波乗ってんのか乗ってないのか。
そんなこんなの私達だったけど、文化祭前にお互いのバンドのステージを観に行くという約束だけは何とか取り付けることができ、嬉しくも手に汗握る思いで文化祭当日を迎えたのだった。



「うわーめちゃくちゃ緊張した おつかれ」
「おつかれ でも良かったよね」
「うん、かなり良かった!思ったより客多かったね」


くじ引きで公平にステージ順を決めたけど、私達のバンドはトップバッターになってしまった。クジを引いたのは私だ。選曲が流行りのガールズバンドのコピーだったためか客入りは良く、それなりに盛り上がって終えることができた。観に来てくれると約束した財前くんは、エリア端の立ち見席にいてくれたのをステージに上がって直ぐに見つけた。

出演者移動用階段を降りて、部室棟の軽音控え室に戻り、慣らしにギターを触っていた財前くんをみつけた。「財前くん!」ざわざわと色んな音がする部屋で私は真っ先に彼の元へ駆け寄った。「観に来てくれてありがと!」「…お疲れ」期待していたわけじゃないけど、貰えた労いのたった一言が嬉しくて、私は今日一番の幸せな気持ちになった。財前くんは、私の嬉しいを日々更新していく人だ。積み重なった嬉しい気持ち、彼を好きになったのは、もはや自然な心の流れだったのかもしれないと思った。


「財前くんも、頑張ってね!観に行くね!じゃあ」


お返しにとエールを送ってテントを出ようとしたら、腕を引かれて引き止められた。「どこ行くん」財前くんにそう聞かれ、驚きながらも「時間あるし、出店とか見てこよっかなって」と言えば、彼はスマホをポケットから取り出してなにかを確認した後、「俺も行くわ」と言ってギターを下ろし、同じバンドのメンバーに何か言ってこちらへやってきた。財前くんの出演はまだ先ではあるけれど、珍しい私達の組み合わせに彼のバンドの人達からは好奇の視線が注がれる。


「あの、いいの?出番あるし、一緒だと色々」
「ええから」
「ええんだ」
「何か食いたいもんあんの?」


まさか、一緒に周れることになるとは。バンドのロゴが入った黒いパーカーを着た財前くんと横並びで歩き、私たちは大きな出店街道へと移動する。これって、デートみたいじゃん。なんて思い出したらドキドキして、何が食べたいか急にわからなくなってきてしまった。人混みを歩く中、はぐれないようチラチラと横目で彼がいるかを時折確認する。私はその度、少々気怠げな彼の横顔がやけにかっこよく見えてしまって、今まで財前くんをそんな風に見た事はなかったのに、ついに私もそう見える魔法にかかってしまったのだと観念した。お喋りもしてないのに楽しいなんて不思議だ。このまま、永遠に二人で並んで歩く時間を楽しみたい。そんな無茶を考えながらまた横をみたら、財前くんも私を見ていて、目があった。今、私が、財前くんと一緒にいたいと思った気持ちは、目線だけでもバレちゃった?恥ずかしくて一瞬で目を逸らして周りを見た時、私は追い越す沢山の人達の視線の先が、隣の彼であることに気付いた。

(あの子も、あの人も、あんな可愛い子も…)

そう、本当に色んな人が、黙って歩く財前くんを見ている。今まで都合よく鈍感に造られていた私の観察眼は急に人並みに働き出して、『財前くんは誰が見てもちょっと振り向くくらいにカッコいい』という事実を受け入れ始めた。黒い服を着こなすシュッとした雰囲気の彼と、落書きのようなダサいウサギの絵が描かれた自バンドのパーカーを着る私。

(私、こんな格好で財前くんと歩いていいのかな?)

どんな人だって、気が合えば友達になれると思っていたのに、恋をすると急に自分とはどのレベルの人間なのかが気になり出す。釣り合いの取れなさを感じ始めた私に、財前くんは「どうする?」と話しかけてきた。考え事をしていたから急に返事ができなくて、「迷っちゃって」と誤魔化した私を、財前くんは何も言わずに見た。何を考えているかわからないけど、何か言いたい事があるような感じの目をしてた。タイミングよくポケットのスマホが鳴って財前くんはそれを取り出した。「呼ばれたわ」その一言で彼のステージがまだ後ろに控えていた事を思い出し、私は今歩いてきた結構な距離の大通りを振り返り見た。遠い、そして人が多い。

「ごめんのんびりしてた…後から絶対追っかけるから先に急いで行って!」

遅刻したらまずいと思いそう言ったのに、財前くんは左手で私の右手をとった。突然繋がれた手に驚く間も無く、財前くんは私を連れて人通りの多い出店街道を逆走していく。


「観に来る約束やろ」


そう言って手を引いて走り抜けていく財前くん。普段のインドアな印象と違ってグングン引っ張ってくる速度は速く、着いていくのはやっとなほど。別に、置いてってくれたって追いかけるのに。だからどうして財前くんは、今だって私の手を握って、もしかしてって思わせてくるのだろう。真っ赤になっているであろう顔を隠すように、私は下を向いて必死で走った。


* * *


待機用のテントに着いた時、チラリと見えた客席は殆ど人で埋まっていた。心なしかギターの立ち位置付近は女の子が多くて、財前くんのバンドの人気はやはり桁違いなものだと思い知らされた。「やっと来た財前〜!」ボーカルの女子、ベースドラムの男子に色々言われながらも、汗一つかかない財前くんは自分のギターを取りに行った。走り続けたのとその他の刺激で私の心臓はまだドクドクと動いていて、息を整えながら彼が準備するその様子をテントの端の方で何となく見守っていた。今行ったら、どの辺りの席が取れるかなぁなんて考えてるうち、スタッフに呼ばれる声が聞こえてきてあっという間にメンバーがテント入り口をくぐり抜けて行く。私はワンテンポ遅れて出て行こうとする財前くんに、一言「頑張ってね」と伝えた。財前くんは、それを聞くと少し止まって、一度私の方に体を完全に向けた。

「…俺のバンド観に来んのは、俺と、あとベースが仲ええ奴やから?」

無人のテントに、財前くんの声がポツリと広がった。外ではメンバーが舞台に上がったのがわかる程の歓声が上がっている。何の話だろう?と思いながら頷くと、財前くんは少し屈んで、おでこがくっつきそうなほど私に顔を近づけてきた。


「今から終わるまで、俺しか見られへんようにするから。かかりたかったら目閉じて」


あまりの近さに治まった熱が登ってくるのを感じてぎゅっと目を瞑ったら、すっとしたメンズものの香水の香りが私を包んだ。次いで何かが唇に押し当てられる感触がして、それは一瞬で離れていった。何が起こったかわからぬ私に、財前くんはしれっとした顔で「最前、勝ち取りや」と言い捨てテントを出て行った。私は呆然とした状態で満員の客席を見渡し、立ち見エリアのテープからもはみ出た端っこに身を置いた。少し遅れてきたギターの登場に再び沸く会場。瞬間、私の好きなアーティストのロックナンバーが流れ始め、私はキラキラと輝く財前くんの走る指先を、瞬きなんてするものかという思いで必死で眺めていた。


(…ピックが、ハートの形だ)


財前くんの手元の黒いピックは、ハートの形をしている珍しいものですぐに気がついた。あんなピック、持っていたっけ?色こそ彼の持ち物という感じだけど、ポップなモチーフのそれは財前くんの私物にしては意外だった。ギター音の目立つ間奏では客席のあちらこちらからカメラの音が聴こえてくる。彼の実力、存在がそれらを惹きつけているのは明らかだった。ライブの曲も終盤にさしかかった頃、客席ラインからはみ出た場所にポツンと立っていた私と財前くんは目があった。ステージ上にいる彼と目が合うという行為は、心臓を鷲掴みされる様な、とてつもない衝撃だった。ひたすらにカッコよくて、本当に彼しか見えないのだ。そんな私の様子に満足したように財前くんは口角を上げ、再び目線を自身のギターに落とした。『ありがとうございました!』全ての曲を終え、財前くんのバンドがものすごい歓声に包まれる。お辞儀をして撤収しようと階段を降りて行く途中、未だ動けないでいるショボい拍手をする私に財前くんは「キャッチ、」とまあまあな大きさの声で言った。その声で引き戻された私は、弧を描いて飛んで来た財前くんの投げた何かを両手で慌てて受け止める。ゆっくり手のひらを広げてみると、そこに収まっていたのは先程彼が使っていたハートの形のピックだった。財前くんは、ファンサを一切しないといつかの飲み会で話題になっていた、ような気がする。今日一日だけであまりの衝撃。意識が揺れて、悲鳴にも似た客席の騒めきが遠くの声の様に聞こえた。


* * *


「ざ、財前、くん!」


無事ライブを終え、荷物を持った同期が明るい顔でテントを出て出演者用通路を通って行く所で、私は財前くんを捕まえた。パーカーの上から腕を必死で掴むと、ギターケースを抱えた財前くんは私が来る事を分かっていたかのように足を止めてこちらを見た。「あの、これ…」手に持っていた先程のピックを差し出したら、財前くんは当然の様な顔で「受け取ったやろ、返品不可や」と言い放った。私は、未だ混乱していた。訳がわからなくなっていた。あんなに沢山ファンがいて、何故財前くんは私にこれを投げてくれたのか。そして、本番前、何故私にキスしてきたのか。私は困ってしまって、パンク寸前で何も言えなくなってしまった。財前くんは自分のバンドの人達が部室棟へ向かうのを眺め終えてから、私の目を見た。真昼の空の下でもわかる、真っ黒な瞳だった。


「…お前ん家近いし、居心地ええし……まあ他にも色々理由はあるけど、丁度ええなって思ってん」
「…何が丁度ええの」
「今から言うて」


財前くんは、いつもの涼しい顔を少し緩ませた。


「付き合って 俺と」


嘘みたいな言葉が彼の口から聞こえた。あんまりにも優しい目をして財前くんがそういうから、漫画かなんかの見過ぎで夢を見ているんじゃないかと思ってしまった。

「…す 好き!私、財前くんが」

吃るように私の口から出たのはそんな余裕のない告白だった。「だから、そんな、家が近いだけの理由なんかじゃいやだ」勿論それだけじゃないってこと、彼の濁した言葉に全てがあること、わかっていた。けど、こんな私が彼に選ばれる事が嘘じゃないってこと、きちんと知りたい。だから私は駄々をこねた。財前くんはちょっと面倒くさそうに、照れたように眉根を寄せた。


「ここまでやってもそれ言うん」
「だって私、財前くんに前鼻歌うるさいって言われたし、今もダサいパーカー着てるし、」
「まぁそれは、せやな」
「だから、財前くんは何でもできちゃうし、前はそんなに思ってなかったけど皆が好きになるくらいかっこいいし、私はこんなんだし…」
「こんなんだし」
「こんなんでいいのかなって思っちゃうから…!」


財前くんは、必死な私の主張一つ一つを冷静に拾っていく。丁度次のステージが始まるらしく、私達のいる通路の裏側では賑やかな客席の声が聞こえてきた。人手は全てそっちに集中して、この空間には私と財前くんのたった二人きり。とはいえ誰が通ってもおかしくない真昼の空の下だと言うのに、財前くんはこつんとおでことおでこをぶつけて、たしかに聞こえる声で言った。


「ええねん お前が」


骨張った手が私の頬を包んだと思ったら、すぐに唇が降りてきた。今度は私は震える手で財前くんのおろしたての柔らかなパーカー生地を握りしめ、甘いセカンドキスを受け止めた。唇を離した時、沸騰するほど真っ赤になって死にそうな私を、財前くんはからかうように笑ったけれど、ほんのりと財前くんのほっぺたも赤くなっていた。



「ほな、さっきの続き。屋台荒らしするんやろ?パーティー狂」
「! もちろん!行く!!」


貰ったばかりのピックはポケットに、今度は彼の手をしっかりと握りしめて。賑やかなキャンパスの大通りへ向かって堂々と、私と財前くんは歩いていくのだ。












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