恋する瞳は美しい | ナノ






前回までのあらすじ。
隣人でありサークル同期の財前くんに、帰省前の別れ際めちゃくちゃ大事な話をされそうになった。人生で一度もラブシーンに出演した経験のない私だけど、これはもしかするのではと思ってしまう程だったのに、丁度よく電車がきて、『なんでもない』と言われてしまった。これが漫画によくあるお預けってやつか、と身を持って知り、続きを知りたい!と思う気持ちありつつも、相手はあの財前くんなので、私と彼がどうにかなるだなんて自惚れなのではないか?とも思ってしまう私がいた。



帰省した日にすぐ財前くんの家のインターホンを鳴らしてお土産を渡そうと思ったのに、残念ながら留守だった。ただのお菓子だから、ドアノブにかけてもいいかと思ったけど、なんとなく直接渡したくてそれはやめた。けど外出中の彼にわざわざラインするのも悪い気がしたし、その日は疲れてすぐ寝てしまった。そしてその次の日からは授業もあったりしてなかなかタイミングが合わなくて、そんな時期に丁度文化祭ステージに向けたサークル活動は活発化していき、それぞれバンドメンバーで集まってひたすら練習を重ねていった。私とバンドの違う財前くんは、練習場所ももちろん違う。夕飯も学校で取ることが多くなった関係で、意図せぬ形で余計に会うのが難しくなった。



(こうなるなら、やっぱりドアノブにかけとくんだったな)


財前くんが好きだと言ったから、餡子の入った和菓子を買った。日持ちするお菓子ではあるけど、あんまり遅れるとわざわざ買ってきたみたいでなんだか渡しにくい。いや、わざわざ買ってきた事は本当なんだけど、なんというか、気軽さが損われる気がした。じゃあいつにしようかなあなんてぼんやり考えながらも、向こうからも特に連絡は来ないので本当に何でもなかったんじゃないかと思ってしまい、前のような積極性がなんだか押し出しにくくなってしまっていた。


「ごめん!飲み物切れたー買ってくる」


夜七時の部室棟を出て、少し歩いたところにある自販機まで向かった。さっぱりしたものが飲みたくてレモンウォーターを買って戻ろうと振り返ると、真後ろに人が立っていた。「わ!すいません」ぶつかりそうになって一歩下がって顔を上げたら、私のここ最近の悩みの種となっている人物が、スマホを片手に立っていた。「財前くんだ!」思わず大きな声が出てしまって、あっと思って口を閉じる。財前くんはそんな私の様子なんて見慣れたかのように華麗にスルーして、同じように自販機で飲み物を買って、それから、「門限過ぎてたで」と言った。『門限』というのは、私が帰省した後、財前くんに報告をするまでの事を指すらしい。


「でも、財前くんの家、私ちゃんと行ったんだよ。…居なかったけど」
「言いや、来たって」
「……だって、忙しそうだし、忙しかったし…」


財前くんは私の言い淀む様子を観て、ペットボトルを開けようとする手を止めた。よく見たら彼が飲もうとしたドリンクも、私が今買ったものと同じで、お揃いだと思ってちょっと嬉しくなってしまった。「いっつもそんなん気にせんと飯誘ってくるやろ、何なんその今更感」そんなのは私だってわからないけど。でもなんだか気まずいんだもの。そもそもこんな気持ちにさせたのは全部財前くんで、財前くんが私に意味深に触れたり、何か言おうとしたり、そういうものの積み重ねで、前のような気楽な呼び出し方が、なんだか出来なくなってしまったんだもの。財前くんは不服そうに私を見てくるけど、こんなモヤモヤをぶつけられるくらいなら最初から『ただいま』と言いに行けていた。私は黙ったままだった。


「……練習」
「…うん?」
「順調?」


理由を聞き出すことを諦めた財前くんは、次の話題を投げかけてくる。「順調だよ、そっちも?」「おん」キャットボールは一瞬で終わった。何か聞いてくれたことが嬉しかったのに、次の手が思いつかない。何か話さないとと思うほど、時間だけが過ぎていく。本当に私、おかしい。財前くんは何か言うわけではなさそうなのに、立ち尽くす私の方をじっと観ていた。暗くなってしまった屋外で、自販機の蛍光灯が私達を白っぽく照らすから、財前くんの真っ黒な瞳がこちらを見ていることがいやでもわかった。見つめ合うってこう言う事なんだなぁ、と思った。「財前くん、」もうそろそろ部室に戻らなければならないし、そしたらまたきっとしばらく彼には会えないだろう。「あの、」


「…私のバンド、当日観に来てくれる?」


緊張したから、すごく小さい声が出た。別人みたいな元気のない声に私自身が一番驚いた。別に観に行く決まりはないのに大体の人がよそのバンドも観に来るものだけど、絶対に来てくれると言う保証なんてない。冷たいペットボトルを握りしめて下を向いていたら横から財前くんの声が聞こえた。「しゃあないな」いいって事だ。彼の使う言葉を何となく理解したからわかった、ちゃんと来てくれるって意味だと。嬉しくなって、すぐさま顔を上げた。


「じゃあ私も観に行こうかな!ホラ、財前くんのバンドの人ら結構仲良いしね」


何かをするのにいちいち理由をつけたくなるのは本当の気持ちを隠したいからだ。私、本当は財前くんのライブが観たくて仕方ない。きっと絶対かっこいいだろうし、実はそんなに弾いてるところを見た事がないし、そうでなくても、どんなふうにイベント当日を過ごしているのかが気になってしまうだろうし。こんな事を思うのは財前くんただ一人だけだ。
だからそう、つまり、私はきっと、彼のことが。


「は?そうなん?どこが?」


きらめきときめく私の気持ちの昂りをへし折る低音。先程までの淡々とした静かな会話は何処へやら、急に財前くんはハッキリとした口調で私に何か詰め寄ってきた。あまりにも突然で何のことかわからず、ハテナマークを浮かべながら「え、どれがなにが」と答えれば財前くんは「俺のバンドの奴と、どう仲がええねん」と言った。どうって。


「えっと…授業が同じだったりとかするし」
「他には」
「うーん…学内でチャリ借りたりとかしたり」
「他には」
「え…他か…何だろ…?」


適当に言っただけだからそんなに考えた事も無かったのに、聞かれてしまったから必死で彼等との共通点を考える。そんなに理由がなきゃダメな事じゃないと思うけど、バンドを観に行く理由にしてしまったから後に引けなくなってしまった。けれど考えても考えてもそれ以上の理由はなく、頭を抱えて困ってしまった私に、「出てこんやん」と財前くんは馬鹿にしたように鼻で笑った。


「俺のが上やな」


びっくりして、私は固まってしまった。「上って…なんの?」まさか、まさかね。そう思って恐る恐る聞いたら、財前くんは一瞬何かに気付いたように固まって、それから視線を逸らして持っていたスマホを自販機にかざした。種類もよく見ずに乱暴に適当なボタン押すと、出てきた飲み物を私に押し付けてきた。「戻るわ」そう言って立ち去ろうとする財前くんの耳が赤くなっているのを後ろから見てしまい、彼らしくない慌てた様子に胸がきゅうっと締め付けられた。
だからそう、つまり、私は、彼のことが好きだ。











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