「ねえ父さん、僕祓魔師になったら、小夜子も守れるようになるかな?」
「何だ雪男、お前小夜子も守りたいってのか?」

いつものようににやりと笑いながら、父さんは僕の方を振り返った。

「小夜子を守る、ねえ……。あいつも中々素質があるし、きっとお前なんてすぐに追い抜いちまうだろーな」

揶揄かうようにそう言う父さんに、僕はそんなことないよ!と突っ掛かっていった。僕だって男だし、小夜子も兄さんも守れるくらい強い祓魔師になるんだ。心の底からそう思っていた。

「雪男、お前はどんな祓魔師になりたいんだ?」
「父さんみたいに強い祓魔師!」
「おいおい、俺は目指すなよ」
「どうして?」
「ロクな奴にならねえからな」

お前なら大丈夫だろうけど、と父さんは苦虫を潰したような顔で視線を逸らして、無造作に頭を掻いて言った。意味がよくわからずきょとんとする僕。父さんは世界一の祓魔師で、僕の自慢で、そして僕の憧れだった。父さんを目指すことで自分の目標に大きく近付ける気さえしていた。兄さんを、小夜子を守れるように強くなりたい。その思いは日に日に増していた。

「よく聞け雪男。男はな、何か一つ守りたいと思うものを持ってんだ」
「……うん」
「そして、その守りたいと思うもののために強くなろうとする。守りたいものがある限り、強くなれる。だから」

その気持ち、大事にしろよ。

そう言って笑った父さんの顔は、祓魔師でも父親でもない、一人の男の顔をしていた。



懐かしい夢を見た。夢の中の僕はまだ泣き虫の面影が残っていて、父さんは最近の記憶と寸分狂わない姿だった。まだ悪魔祓いを学び始めて間もない頃の記憶に、胸が仄かに温かくなったが、少しばかりの寂しさも感じた。

体を起こし、傍に置いてあった眼鏡をかける。途端に視界がクリアになり、窓の外に視線を移すと、空はうっすらと白み始めていた。まだぐっすり眠っている兄さんを起こさないようベッドを抜け出し、そっと窓を開け放った。朝方の涼しい風が部屋に吸き込んでくる。ぼんやりと寝惚けた頭が覚めていく感覚だった。

「ん……んぅ…」

此処にいるはずのない女の声が聞こえた気がして、僕ははっと振り返った。

「小夜子……」

床に敷いた薄っぺらい布団で丸まっている幼馴染がそこにいた。どうして小夜子が此処で寝ているんだ。昨夜の記憶を呼び起こす。そう、確か祓魔塾の課題を教えている最中に寝てしまい、寮まで運ぶのも面倒だからとそのまま泊めたんだった。

普通、年頃の男二人が暮らす部屋に同じく年頃の女を泊めたりはしないだろう。しかし、そんな考えはあまり念頭になく、ごく自然な流れで兄さんも僕も彼女を此処に寝かせた。幼い頃から変わらない距離感。それは心地良くもあり、同時にもどかしくもあった。

「幼馴染、ね」

ふと、さっきまで見ていた夢を思い出した。小夜子を守りたいんだと必死に訴えかけていたあの頃の僕。その気持ちは今も変わらない。むしろ、強くなったと言えるだろう。日々募っていく想いは、もう押さえ込むのに精一杯、というところまできていた。

幼くも強く気高く、それでいながらどこかしら弱くもあった彼女のことを、とても大事に思っていた。大切に思っていた。そしてその想いは、いつしか違うものに姿を変えていった。

「好きだよ、小夜子」

好きだ。君が好きだ。

眠っているのをいいことに、口からそんな言葉を零す。赤く色付いたそれは彼女に届くことはなく、部屋を満たし始めた朝陽の中に溶けて消えた。

音を立てないよう静かに近付き、布団のすぐ傍に座り込んだ。普段は昔より少し大人びて見える彼女だが、寝顔はまだあどけなく、無防備な姿に心臓がどくんと大きく跳ねた。

「まったく、人の気も知らないで」

晒されたタンクトップの肩を隠すようにタオルケットを顎の辺りまで引き上げながら、僕は深く溜息をついた。

「……ゆき…?」

重そうに瞼をこじ開けながら、小夜子は寝起きの掠れた声で僕の名前を呼んだ。さっき触れた拍子に起こしてしまったらしい。こちらを見上げる彼女はまだ眠たそうで、ちょっとした罪悪感を覚えた。

「おはよう」
「ん、おはよ」
「もう起きる? まだ時間あるけど」
「雪も起きてるし起きよっかな」

欠伸を噛み殺しながら小夜子はむくりと起き上がり、膝を抱えてはにかむようにして笑った。

「寝起きって何か恥ずかしい」
「今更恥ずかしがることなんて無いと思うけど?」
「そう、なんだけどさ」

雪も一応男の人じゃない、と微かに頬を染める小夜子に、また心臓が大きく鳴った。幼馴染という距離を取りながらも、少しは男として見てくれているのか。僕はなんて単純な人間なんだと思ったものの、やはり嬉しく思う自分がいた。

『…………き、』

強引に彼女の膝を借りたあの時、眠りに落ちていく意識の中でそんな声を聞いた。彼女が何を言ったのかはっきりとはわからない。自分に都合の良い解釈が出来る程"男"として意識されてるとも思わない。そう思う反面、期待していないというと嘘になる。彼女が僕の欲しい言葉をくれる、と。

「小夜子」
「ん、なあに?」

名前を呼べば、こうして笑いかけてくれる。些細なことにも胸が温かくなるのは、相手が君だからなんだろう。臆病な僕は、君を自分のものにすることも、手放すことも出来ない。でも傍にいてほしい。そういう欲張りなことをずっと思っていた。

「ねえ、小夜子」
「だから、さっきからどうしたの」
「………やっぱり何でもない」
「何それ」

呆れたように眉を下げて、また彼女は笑った。それは昔と何ら変わりない幼馴染の笑顔だった。



ねえ、小夜子。

君は僕を待っていてくれるだろうか。



きみは変わらない笑顔で
笑っていてほしいんだ


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初めての雪ちゃん視点。いつもよりすらすらと書けました。そろそろラストに向けてスタンバイ!

2011.11.05
(up:2011.11.20)