事件は2時間目と3時間目の間の休み時間に起こった。

「小夜子」

さっきの数学だるかったー、とか今日小テストやばいよー、とかごく普通の平凡な会話をクラスメイトと交わしている最中、此処にいるはずのない人物の声が聞こえた。時間をおいて鳴り響く女子達の歓声。学年一の有名人、奥村雪男がドアのところに立っていた。

「ゆ、雪男さんじゃないデスカ」
「ちょっと時間いい?」
「構わないけど……」

周りの友達の何で奥村くんと仲良さげに喋ってんだ貴様ー!というオーラが怖くて行きたくありません。と言えるはずもなく、何でもない風を装って手招きされるままに廊下に出て行った。ああもうホント視線が痛い。廊下に出たところでそれは変わらなかったが、時間もあまり無いため仕方なくそこで用件を済ませることにした。

「うちのクラスまで来るなんて珍しいわね。どしたの?」
「兄さんの忘れ物を届けに来たんだけど、次の授業、移動教室みたいでいなくてさ。今から早退するから渡しといてほしいんだ」

手渡されたのは悪魔歴史学の教科書だった。双子の弟とはいえ自分の通う塾の講師と同じ部屋に住んでいるのだから、もっとしっかりするべきだろう。雪の小言はどこのオカンだ、とツっこみたくなるくらいなんだし。ま、そこでしっかりされたら燐らしくないか、と苦笑しながら私は本を受け取った。

「早退って、任務でも入った?」
「うん。学生の僕がこんな時間に呼ばれるくらいだから、結構大きいやつなんじゃないかな」
「雪なら大丈夫だと思うけど、気を付けてね」

無鉄砲な兄貴とは違うし、最年少で祓魔師になった彼だ。きっと大丈夫。でも、心配ないとはわかっていても、やっぱりどこか身構えてしまうものなのだ。そんな私の気持ちを察したのか、雪は眼鏡の奥の双眸を緩ませてふわりと笑った。綺麗なその笑顔に思わず二の句が継げなくなる。彼は私の前髪をくしゃりと掻き交ぜて、ふっと噴き出した。

「小夜子も、居眠りなんかせずにちゃんと授業受けなよ」
「いたっ」

最後に私のおでこをつんと小突いて、雪は少し表情を固くさせて去って行った。今の一発はなんだったんだろう。小突かれた場所を触ると、くっきりと教科書の跡がついていて、今更ながら恥ずかしさが込み上げてくる。先に教えてくれ、馬鹿雪。

「小夜子ちゃーん」

ひんやりとしたその声に忘れていた恐怖が甦ってくる。ギギギギ、と効果音が付きそうな動作で振り向けば、凄みのある笑顔で沢山のクラスメイト(女子率100%)が待ち構えていた。だから行きたくなかったのよ!と叫んでも助けてくれる人は誰もいない。蓮見小夜子、終了宣言。授業開始のチャイムをBGMに、私は尋問タイムとなるであろう昼休みに思いを馳せた。



「さて小夜子さん、聞きたいことがいーっぱいあるんだけどいいかしら?」
「は、はいぃ……」

目の前にはたくさんの女の子達。ちらほら違うクラスの子の姿が見受けられるのは、廊下にいたところを見られていたのか、はたまた女子特有の情報網か。そんなことを考えていると、クラスでもリーダー格の子が仁王立ちしながら口を開いた。

「質問その1、奥村くんは何の用件で小夜子に会いに来たの?」
「彼の兄貴の忘れ物を渡すように頼まれました」

嘘をついている訳じゃないのにこの妙な罪悪感は一体何なんだ。

「質問その2、奥村くんとはいつからの付き合いなワケ?」
「物心ついた頃には傍にいました」

うちの両親も祓魔師で、藤本神父と懇意にしていたから、私は小さい頃から雪男や燐と一緒に育った。これも後ろめたいことはない事実だ。

「質問その3、ずばり、奥村くんとの関係は?!」

ここで皆鼻息荒く身を乗り出し、一斉に私を取り囲んだ。恋する年頃の女子は怖い。その怖さを身をもって実感した瞬間だった。

「うーんと、やっぱ、幼馴染?」
「その疑問系は何だ!」
「多分幼馴染だと思う、の意」
「じゃあさっきのデコピンは?!」

人前でスキンシップだなんてよっぽどでしょうが!そう指摘されたところで、ふと気付いたことがある。

あの双子、どちらかと言わずとも人懐っこいのは燐の方だ。中学までは喧嘩っ早いところと力の強さから"悪魔"と散々罵られ、周りから忌み嫌われていたが、本質的にはかなり人懐っこい。それなりに触れてくることもある。その点雪は淡白で、昔から、目をハートにさせて近付いてくる女子とも、普通に仲の良い男子とも、双子の兄である燐とでさえもあまりスキンシップは取らなかったように思う。

じゃあ、どうして私だけ?

「付き合ってるんじゃないとしても、もしかして奥村くん、あんたのこと好きなんじゃないの?」

ふっと浮かんだ可能性を言い当てられて、思わずびくりと肩が震えた。ないないないない、それはない。そう考えるも、完全に否定しようとすれば、何故かずきんと胸が痛んだ

「名前で呼び捨てだったし、なんか見たことない顔で笑ってたしね!」
「そ、それはないわよ! 雪に限ってそんなこと」
「あー! 今"雪"って呼んだー!」
「ずるい! 何その距離感!」

許さん!と友達にもみくちゃにされながら、私はたどり着いた仮定が頭から離れずにいた。

雪が私のことをどう思っているのか。

私は雪のことをどう思っているのか。

答えが出るまで、あと−−



曖昧すぎて壊れやすくて
言葉に出来ない僕らの関係


−−−−−−−−−−

こんな幼馴染欲しいなあ…と最近ずっと思ってます。訂正。こんな幼馴染と恋がしたい。

2011.10.30
(up:2011.11.07)