私達の悪魔薬学の先生は、それは大層おモテになる。毎日差し入れの弁当10個は当たり前、授業中でも爛々とした視線が注がれ、誰も解けそうにない難問をすらすら答えると感嘆の囁きが漏れ、体育の時間でもちょっと何かをしただけで黄色い声援が上がる。大丈夫か特進科、とツッコミたくなるようなこれらの噂話は、誰から聞いたのか、男のくせにゴシップ好きなピンク色が仕入れてきたものだ。

そして今、時は昼休み。力作を可愛らしい袋に包んだ女の子達が彼を取り囲んでいる真っ最中だった。

「奥村くん、よかったら食べて!」
「ハンバーグ上手く出来たんだ!」
「ちょっとー、あたしもハンバーグなんだけどー」
「私のも、はいどうぞ!」
「美味しいといいんだけど」
「あ、ありがとうございます」

「あーあー、今日もよろしいこって」
「相変わらずすごいわね……」

少し離れたベンチにて、私はクラスメイトの志摩と並んで座りながら、最早昼休みの恒例行事と化した団体を眺めて溜息をついた。何度見ても呆れる程すごいと思う。さすがとしか言いようがないモテっぷりを発揮している彼こそが、我らが祓魔塾悪魔薬学講師、奥村雪男だった。

「顔良し頭良し性格良し、おまけに背も高くて運動も出来るってなったら、ちょーっと地味かもしらんけど、そらあんだけモテんのも頷けるわなあ」
「志摩も少しは見習ってみたら?」
「無茶言いなや、小夜子ちゃん」

全くの他人事としてそんな雑談を交わす私達。私達のような普通科の人間は昼休み以外に彼に会うことは殆ど無いのだが、取り囲む女子軍団の中にもちらほら見知った顔が混ざっていた。奥村雪男、恐るべし。そして、これだけモテるのにそれを鼻にかけない真面目で実直な態度から、男子からの印象も良いという。どんな完璧人間だ。

「なあ小夜子ちゃん、若先生、昔からあんなんなん?」
「ん、いや、全然。むしろ泣きむ」
「志摩くんに小夜子じゃないですか」

言葉を遮られ、むすっとした顔で上を向くと、どこか疲れた様子の彼が目の前に立っていた。

「えらいお疲れですなあ、若先生」
「はは、まあ、はい」
「よくあの集団から抜け出せたわね」
「友達がいるのでって言ったら解放してくれたんだ。ごめん、ちょっと二人を使わせてもらった」

私一人だったら物凄い目で見られたことは間違いないが、志摩がいてくれたからそういう対象に映らなかったのだろう。あんなに固まっていた女子達の姿はもう疎らになっていた。持ち辛そうな弁当箱を志摩と数個ずつ引き取って、ベンチに座るよう促す。失礼します、と一言置いてから、彼は私達の間に座った。

「にしてもこんだけの量、いつもどないして食べてはりますの?」
「そーよそーよ。食べ盛りっていっても、さすがにこれはきついでしょ」
「兄さんに半分以上手伝ってもらってるよ。あの人の方がよく食べるから」
「燐はねー」
「奥村くんはなー」

大飯食らいの幼馴染を思い描くと不思議と笑いが込み上げてくる。あいつの食べたものは一体何処に消えているのだろう。まったく、羨ましいったらありゃしない。しかも作らせたらプロ並の腕前とかもっと羨ましい。そういえば今日は燐の姿が見当たらない。どうしたのかと聞いてみれば、数学の補習だよ、との答えが返ってきた。なんとも燐らしい、と笑ってしまったのは内緒にしといてほしい。

「で、二人は何話してたんです?」
「若先生は昔からあんなんやったんかて聞いてたんです」
「ちょ、こら、志摩」
「へえ、小夜子は何て答えたの?」

黒いです、背後がどこか黒いです雪男さん。私が言おうとして遮られたのは確実に彼にとってプラスではない(むしろマイナス)ことだ。汗をだらだら流しながら別に何も、と当たり障りないように答えておいた。

「もし何か変なことを漏らしてたら、と思って少し焦ったよ」
「ほー、若先生でもやましいことあるんですねえ」
「幼い頃からの付き合いですから」

小夜子なんかは昔から何一つ変わりませんけどね、とか悪戯っぽく付け加えるなこの野郎。その程度で弱味握ったったでえみたいな顔をするなエロ助。

「ったく、何よ何よー。あんたこそ昔は小夜子ちゃん小夜子ちゃんって私や燐の後ろをついて来るだけだったのにさ。あんなに泣き虫で可愛かったあんたはどこに」

そこまで言ったところで私は思わず固まった。隣を見遣ると、表情を無くした眼鏡が静かに負のオーラを放っていた。恐る恐る自分の発言を振り返る。

「な、泣き虫やったんですか」

志摩の言葉が決定打となり、私は滝のように溢れ出す冷や汗と倍増したオーラに更に身を固くした。ごめんなさいホントごめんなさい。口には出してないが顔にははっきり出ていたらしく、彼は深く溜息をつきながら眼鏡をすっと押し上げて言った。

「小夜子、今日授業の後居残りね」
「はあ?! 何で!」
「罰則」
「職権乱用するな!」
「あと可愛げがないから」
「うっさい馬鹿雪ー!」

泣き虫が直っても優しいところは変わらないのに、雪のこういうところが恨めしくなる私だった。



好きなのに馬鹿みたい
可愛げなんて程遠い


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始めちゃいました雪ちゃん中編。勝手に志摩を普通科にしてしまいましたがその辺スルーでお願いします。

2011.10.27
(up:2011.11.05)



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