「で、この先の進展は?」




談話室の暖炉前のソファを野郎共で占領しながら次の悪戯の計画を練っていると、リーマスが唐突にそんな事を言い出した。話の流れってモンはねえのかよ、と心の中でツッコミを入れたが、別に驚いてはいない。最近1日に3回はこの話題が何の前触れもなく出るようになっていた。




「……俺にどうしろってんだよ」
「気持ちは伝えないのかって聞いてるんだから、伝えるかどうかをイエスかノーで答えてくれたらいいよ」




因みに僕はちゃっちゃと動いてほしい派ね、と厭味なまでに爽やかな笑顔。ホンットにタチが悪い。あまり助けにはならないがジェームズの方を向けば、カタログを見ながらうんうんと唸っていた。

俺がローズにプレゼントをやったと知って変な対抗心を燃やしているらしく、ここ1週間程こんな感じだ。見ているページにはいつも様々なデザインのネックレスが載っていた。思うんだが、あのエヴァンスがこいつからアクセサリーを贈られて素直に受け取るだろうか。……先行きは怪しい。その点、深い意味は全く無いものの、リングなんて大層なアクセサリーを受け取ってもらえた俺には勝算があるのだろうか。




「単純だね」
「……うっせーぞリーマス」
「まずそもそもリングなんて気が早過ぎるんじゃない? もっと手軽なものはなかったの?」
「俺だってそんなつもりで渡した訳じゃねえし」
「結果的にそう見えてるけど」
「〜〜〜図書館行って来る!」




反論の余地を与えないリーマスの口撃に根負けし、無性にいたたまれない気持ちになった俺は、叫ぶようにそう言い放ってから談話室を後にした。




「あれでごまかしたつもりだよ」
「顔真っ赤だったよね」




聞こえてんだよチクショー!








とりあえず図書館を言い訳に使ってしまった以上、何か本を持って帰らないとまた話のネタになってしまう。特に用事もないため、抜け道する事なく仕掛け階段を降りていく。5年生と見られる連中と擦れ違った時、ぶつぶつと呪文を暗唱する声が聞こえた。OWL試験はもう1ヶ月後に迫っている。ご苦労なこった、と呟いたところで、自分も同じ立場である事を思い出した。悪戯なんて考えてる場合じゃないんだよな、ホントなら。




「お」
「あ」




図書館に入ると見慣れた赤毛美人に遭遇した。




「エヴァンスじゃねえか。何して」
「ちょうどよかったわ!」




最後まで言い終わらない内にエヴァンスはかつかつと息も荒く歩み寄って来た。せっかくの美人が台無しだ、と思っていると、奴は俺のネクタイを強引に掴んで手前に引き寄せた。必然的に顔が一気に近付く。




「ちょっ、タンマ!」
「ローズ見てない?」




紡がれた名前に自然と眉が顰められる。間近にあるエメラルドの瞳を覗きこむと、どこか不安げに揺らいでいた。何から何までこいつらしくない。




「何かあったのか?」




ネクタイを握り締めたままのエヴァンスの手を少しずつ外していく。彼女が焦っているのは一目見ただけでわかったが、それを隠そうとしているのか、さっきからずっと目を合わせてくれない。こいつが取り乱すなんて、一体何があったのだろう。




「み、見てないならいいの。気にしないでちょうだい」
「んなの無理に決まってんだろ!」




怒鳴り声が静粛な図書館にこだまするように響き渡った。瞬間、背中を悪寒が走った。マダム・ピンスの荒々しい足音が近付いて来る。やばいと直感的に悟り、俺はエヴァンスの腕を引いて図書館から出て行った。




「正直に話せ。何があった」
「だからホントに何もないの」
「嘘つけ。俺だって伊達に5年間同級生やってねえからな」
「あなたに話す事はもうないわ」
「エヴァンス」




声に険を込めてその名を呼ぶ。頑固なまでに平静を装っていた表情が僅かに崩れ、エヴァンスは深い溜息をついて項垂れた。




「多分6年生だと思うけど、あたしがいない隙にあの子を何処かに連れて行ってしまったの……」
「はあ?」
「私、この目で見たのよ」
「誰だよ、んな事する奴」
「あなたによく付き纏っていたファンの女よ!」



そう言われた瞬間、言葉にし難い苛々が胸の内に広がっていく。




「−−くそっ!」




手近にあったガーゴイル像を力任せに殴りつける。じわじわと痛みが広がっていくと共に頭が徐々に冷えていくのがわかった。視界の端でエヴァンスが酷く驚いた様子で立ち竦んでいた。




「ぶ、ブラック?」
「女ってのは、馬鹿な生き物だな」




どうやら俺もエヴァンスと同じくらい焦っていたようだ。俺は自嘲的な笑みを刷いて擦り傷のついた拳を見つめた。衝動に任せたはいいが、思ったよりも痛みは強かった。だけど、お陰で頭は完全に冷えた。




「サンキューな、エヴァンス」
「あ、待ちなさい! ブラック!」
「ちょっと行って来るわ」




ポケットに羊皮紙−−忍びの地図があるのを確認し、俺はその場から駆け出した。紙の上に杖を添えて、合言葉を唱える。ローズ・アークエット…ローズ・アークエット……。




「見付けた」




滅多に人の近寄らない北塔の裏。見覚えのない数人分の女の名前と一緒にローズの名前があった。このまま走れば3分程度で着くだろう。




「……ったく、いつまでも情けねえ真似出来ねえな」




自嘲するように笑みを刷き、小さく呟く。動き出した階段を飛び降り、一目散に北塔を目指した。




(もう、伝えてもいいよな?)






この恋が恋であるうちに