時間の経過は早いもので、ホグズミード行きから2週間が過ぎた。初デートと周りに冷やかされた割に特に進展はなく、前と変わらない平凡な日常を送っている。変わった事と言えば、あたしとシリウスの口喧嘩が心無しか減った事くらいだった。




「何、寂しいの?」
「そんなんじゃないわよ馬鹿!」




揶愉するように横目でシリウスの方を見遣るリリーにあたしは否定の言葉をぶつけた。それが諦めの悪い照れ隠しだとさすがに自分でも気付いてはいる。でも、認めてしまうのも癪な気がして、反論するような台詞ばかりが出てしまう。




「真っ赤になって反論されても説得力なくてよ?」
「う、」
「第一、そんなリング着けておいて付き合ってないなんておかしいじゃない。焦れったいわねー」




それはもう周りから嫌って程言われました。焦れったいも何も告白する気はありません!……なんてリリーに言えるはずもなく適当に苦笑いを零していると、ふと右手の薬指に光る銀色が目に入った。2週間前、他でもないシリウスから貰った物だ。あの時は本当に吃驚してお礼が言えたかすら記憶にないけど、夕日に照らされた悪戯っぽい笑顔だけは目に焼き付いている。ムカつくけど、あたしはあの表情が大好きだ。




「ローズローズ、口元緩んでる」
「えっ?」
「冗談よ」




謀ったな、と精一杯の恨みを込めた目で睨みつけてみたが−−




「なあに?」
「……何でもないです」




勝てる訳がなかった。




あたしがシリウスの事が好きなのは認めるとして、事実、彼に惚れている女子は山程いる。ファンクラブにはグリフィンドール生だけでなく、スリザリン生もいるという話だ。敵対している寮に影響を及ぼすくらい、シリウス・ブラックという人間は人目を引く存在なのだ。そのくせ、彼は特定の恋人というのを一度も作った事はない。だからこそ数多の女子がその座を狙って日々追い掛けている、という訳だ。(自慢ではないが)恐らく一番近くにいる女子として言わせてもらうと、彼はそういう女を一番嫌う。お母さんが同じように中々しつこい性格らしく、見ているだけで腹が立ってくると言っていたのを聞いた覚えがある。その頃はまさか自分も彼に堕ちてしまうと思っていなかったし、大変なのねと流しただけだったが、今思えば良い事を聞いたものだ。

彼が恋人を作らない理由はもう一つあると聞いた。ホグズミードに行った時にさりげなく尋ねてみたのだが、上手くはぐらかされて結局わかっていない。一体、何なのだろうか。考えても一向に答えは出て来ず、悶々と同じ問い掛けばかりが頭を巡る毎日だった。




「リリー」
「どうしたの?」
「シリウスが恋人を作らない理由、知ってたりしない?」




暫く沈黙が流れる。リリーは表情一つ変えずにあたしの方を見つめていたかと思うと、わざとらしい仕草で頭を抱え、盛大に溜息をついた。




「……リーマスが言った通りね」
「ちょっと、リーマスが何て」
「ま、答えは自分で探すか聞くかしなさいな」




諭すように肩を叩かれ、あたしは渋々口を閉ざした。ヒントくらいくれてもいいのに、と呟くと、それじゃ意味ないのよ、と返された。胸のもやもやは収まるばかりか膨れ上がる一方だった。




「おや、あれに見るはリリーじゃないか! おーい! リリー!」




思わずぎょっとして声がした方を見ると、相変わらずぼさぼさな髪をしたジェームズがリリーに向かって千切れんばかりに手を振っていた。そんな目立つ彼よりもその後ろにいるシリウスに目がいってしまう辺り、あたしもそろそろ末期かな、と一人小さく嘆息する。すると、リリーがぶすっとした顔をしながら彼らの元へと歩を進めた。




「ちょっと、リリー!」
「何?」
「何処行くのよ!」
「ポッターのところ。その間にブラックと何か話して来なさいよ」




いつもは自ら赴くなんて事は絶対にしないのに、あたしのために彼女はそんな行動に出てくれたというのか。悪いとわかっているがあまり嬉しくない!いきなり何か話せと言われても話題が出て来ないのが乙女の性だ。どうしよう。小さく呟いたところでちょうど良い場所にリーマスが座っているのを見付け、彼の隣、シリウスからは死角となるその場所に駆け込んだ。




「おや、ローズじゃないか」
「こ、こんにちは、リーマス」
「どうして此処に? 僕に隠れてたらシリウスが見えないよ」
「だから此処にいるの!」




わかってる、と表面上は優しい、だけど実際は意地悪な意味を含んだ笑顔でリーマスは言った。彼といいリリーといい、最近あたしに対して優しくない気がする。あたふたするあたしを見るのはそんなに楽しいか。




「うん、楽しいよ」
「……開心術ですか」
「やだなあ、そんな高等魔法使えるはずないじゃない」
「じゃあどうして」
「顔に書いてあるから」




単純で悪かったわね!

様子を見るためにシリウスの方を窺うと、ばちっと目が合ってしまった。心臓が大きく跳ねて、煩いくらいに鳴っている。顔が熱い。よおローズ、という声に頷くので精一杯だった。今までどうやって話してたんだろう。

流れる沈黙。言葉を発そうとするも何故か言葉が出てこない。すると突然リーマスが真意の読めない笑みを浮かべて立ち上がり、図書館に行って来るよ、とそのまま談話室を出て行ってしまった。続く沈黙。どうしよう。何か話さなきゃ。何か。




「あのよ!」
「あのさ!」




あたしの声とシリウスの声が重なる。ラブストーリーにありがちな展開も実際に味わってみると中々いいものだった。照れ臭く思いながらも口角が自然と上がる。




「先どーぞ」
「あたしは後でいいわよ」
「レディファーストを心掛けるのが英国紳士ってヤツだろ?」




そうやってカッコつけるシリウスは可笑しいけど様になってて、何だか悔しくなった。先に話せと言われても心の準備が出来てない。言おうか、どうしようか。暫く考えた末にあたしは躊躇いがちに口を開いた。




「こないだ変身術の宿題出されてたじゃない?」
「ああ、そういえば」
「…あ、その、それが、ちょっと難しいから、その……」




ああもう何だか恥ずかしい。何でこんな事してるんだろう、と頭の中の冷静な部分で考える。言わなきゃ良かった。でも、どうした?と問い掛けてくるシリウスの灰色の瞳が優しい色をしていたから、あたしは意を決して顔を上げた。




「手伝ってほしいの!」
「……手伝う?」




驚いたような呆れたような顔でシリウスはそう問い返した。ああ、やっぱり言わなきゃ良かったかな。




「コツとかあれば教えてほしいなって……面倒臭いわよね。ごめん、やっぱりいいわ」
「明日、晩飯の後ここで待ってろ」




小さく笑みを刷いてそう言った彼はすごくすごくカッコ良く見えて、また顔が火照ってくるのを感じた。きっと今林檎みたいに真っ赤だ、あたし。でも嬉しい。だから、この気持ちを素直に伝えよう。




「ありがとう」




今日の会話で初めて普通の表情が出来た気がする。何かちょっとした満足感が胸の内にあった。シリウスは少し目を見開いたかと思うと、ぐしゃぐしゃとあたしの髪の毛を掻き混ぜた。




「な、何すんのよ!」
「うっせー」




(それ、ひょっとして照れ隠し?)






好きで好きで好きで