時間の経過は早いもので、ホグズミード行きから2週間が過ぎた。初デートと周りに冷やかされた割に特に進展はなく、前と変わらない平凡な日常を送っている。変わった事と言えば、俺とローズの口喧嘩が心無しか減った事くらいだった。 「で、それがちょっと寂しいなーってかい?」 「別にそこまでは言ってない」 「否定しなくてもいいのだよ、シリウスくん。僕だってリリーと」 飽きる程聞いた"リリー談義"を完全に聞き流しながら、俺は羊皮紙に羽ペンを走らせる。明日提出の天文学の宿題。星図に小さく"Sirius"と書き込んだ。 「−−という訳なんだ。どう、参考になったかい?」 「貴重な演説サンキューな。リーマス、教科書取ってくれ」 「はい」 手渡す時、何故かリーマスはにっこりと笑った。ぱっと見ただの人の良い笑顔なんだが、俺にはわかる。違和感だらけのその笑顔。 「……言いたい事でもあんのか?」 「言いたいというか、聞きたい事なんだけどね」 「何何、面白い事?!」 ジェームズの瞳が期待に輝く。その様子にリーマスは更に笑みを深めた。もう、嫌な予感しかしない。そしてそれは的中した。 「君もしかして、ローズに何かプレゼントした?」 「ぶっ!」 「ええ?! 嘘だろシリウス! どうか嘘だと言ってくれ! 君にそんな勇気はないはずだ!」 「僕もそう思ってたんだけどね」 「おま、どっからその情報を」 「観察結果だよ。最近ずっと身に着けてるリングでしょ?」 そこまでバレてんのかよ畜生。目の前の腹黒大魔神から逃れられる術なんざあるはずはない。俺は仕方なく悪いかよ、と肯定した。 「おったまげーって感じだね」 「喧嘩が減っただけだと思ってたのに。まさか付き合い始めるなんて」 「ちょっと待て。いつ俺が付き合う事になったって言った?」 「「違うの?」」 二人の声が綺麗に重なった。はやとちりの域を越えている。"リングをプレゼントした"という事実は確かだが、誰も"俺がローズに告白した"なんて言ってないはずだ。話ばかりが先走ってる気がしてならない。 「ちぇっ、違うのか」 「あくまでプレゼントしただけだっつの。考えすぎだ馬鹿」 「ああ、僕は鹿さ!」 「うるせー!」 ちったあ黙ってろ!と手元にあったクッションで癖毛だらけの黒い頭を床に沈めた。ごつん、と鈍い音が鳴る。殴ったのがまだ柔らかいものだったことに感謝してもらいたい。 「でも、まさかとは思うけど、"リングをプレゼントする"事の意味を知らない訳じゃないよね?」 「そりゃ俺だって知ってるけど」 普通に返したつもりだったが、何故かリーマスはこめかみを押さえてわざとらしく深い溜息をついた。 「先は長いか……」 悔しいが、返す言葉もない。 「おや、あれに見るはリリーじゃないか! おーい! リリー!」 思わずぎょっとしてジェームズの視線の先を見ると、見慣れた後ろ姿が目に入った。エヴァンスが横にいるにも関わらず見えなかった辺り、俺もそろそろ末期だな、と一人小さく嘆息する。 「何か用?」 「いいや、別に!」 「じゃあ話し掛けないでよ、面倒臭い人ね」 エヴァンスとジェームズのいつものやり取りをリーマスが生暖かい目で見守っている。ローズの姿がいつの間にか見えなくなっていた。何処だ、と視線を巡らせると、リーマスの後ろからひょっこり顔を出していた。小動物みたいなその仕草が俺の中の何かをくすぐるようで、心臓が大きく跳ねた。 「よ、よおローズ」 「う、うん」 流れる沈黙。言葉を発そうとするも何故か言葉が出てこない。すると突然リーマスが真意の読めない笑みを浮かべて立ち上がり、図書館に行って来るよ、とそのまま談話室を出て行ってしまった。続く沈黙。ええい!しゃらくせえ!とりあえず何か、何か。 「あのよ!」 「あのさ!」 俺の声とローズの声が重なる。安っぽいラブストーリーにありがちな展開も実際に味わってみると中々いいモンじゃねえか。照れ臭く思いながらも口角が自然と上がる。 「先どーぞ」 「あたしは後でいいわよ」 「レディファーストを心掛けるのが英国紳士ってヤツだろ?」 ちょっと格好つけて言ってみると、ローズは小さくくすくすと笑った。暫くすると、言いにくそうな顔をして俯き加減に口を開いた。 「こないだ変身術の宿題出されてたじゃない?」 「ああ、そういえば」 「…あ、その、それが、ちょっと難しいから、その……」 ローズはそうやって言葉を濁す。どうした?と促すように問い掛けてみると、意を決したように顔を上げて真っ直ぐ俺の瞳を見つめてきた。 「手伝ってほしいの!」 澄んだ空色の瞳が俺の顔を映す。綺麗だな、とそんな事を頭の端でぼんやり思う。つーか、今何て言った? 「手伝う?」 「コツとかあれば教えてほしいなって……面倒臭いわよね。ごめん、やっぱりいいわ」 「明日、晩飯の後」 ここで待ってろ。小さく笑みを乗せて勢いだけでそう言った。面倒臭いどころか願ってもない役割だったし、何より申し訳なさそうな表情は見たくないと思ったから。気が付いたらそう口走っていた。 「あ、えーと、その」 言葉を紡いでいく毎にその頬が赤く染まっていく。 「ありがとう!」 滅多に見れない満面の笑み。反則的なその行動に抱き締めてやりたい衝動が込み上げてきて、出しかけた手を必死に抑える。鼓動が煩い。ローズに聞こえてしまうんじゃないかと思ってしまうくらい大きく脈打つ心臓を鎮めようと、気恥ずかしさを紛らわすようにローズの髪の毛を掻き混ぜた。 「な、何すんのよ!」 「うっせー」 (お前が可愛すぎんのが悪い!) |