状況を整理してみよう。




現在、昼食前の魔法史の授業中。

現在地、2階の空き教室。

目の前にいつも通り、相棒のジェームズ。

何でこんな時間にこんな場所でこんな奴と一緒にいるかというと。格好良く言えば逃避行、端的に言えばただのサボりだ。




「なあ、ジェームズ」
「ん、どうしたんだい? すごーく暇そうな顔してさ」
「何たってすごーく暇だからな」
「と言われてもする事なんて」
「ねぇのかよ!」




気にするなパッドフットよ!と、ムカつく程清々しい笑顔を向けてくるジェームズに盛大に舌打ちをする。確かに、魔法史の授業なんて睡眠学習と化してるのだが、異常なまでのテンションで今日はサボろう!と誘ってきた相棒に多大なる期待を寄せていたもんだから、拍子抜けもいいところだった。

すると、ジェームズが小さくあっと声を上げた。おもむろに顔を上げると、標的を見付けた時のような笑みを浮かべながら手招きしていた。




「こっち来てみな! 暇なんて感じなくなるから!」
「あぁ?」
「いいからいいから」




お前がそこまで言うなら、と重い腰を上げ、窓枠の外を見た。




「ずっと好きでした。俺と付き合って下さい!」
「はぁ?!…もがっ……」




思い切り叫び声を上げそうになり、咄嗟のタイミングでジェームズに口を押さえられる。告白現場自体は珍しくもなんともないが、相手が問題だった。

まさか、ローズ、なんて。

今まで約5年間比較的近い場所であいつを見てきたが、告白されているところを見た事は一度たりともなかった。俺としては何故、という衝撃がかなり大きく、暫くジェームズの声すら聞こえなかった。




「大丈夫? そんなに吃驚した?」
「ったりめーだろ。あいつが告白されてる現場なんざ初めて見た」
「え、そうなの?! ローズって実はモテるんだよ」




そう言うと、ジェームズはあらん限りの情報を話し出した。




容姿端麗、才色兼備、おまけに名門アークエット家の一人娘。誰に対しても優しく親切ではあるが、どこかミステリアスで近寄り難い空気を纏う彼女に、隠れたファンはごろごろいるらしい。




「ふーん……。って、あいつってそんな空気持ってる奴か?俺からしたら事ある毎に突っ掛かってくる短気な暴力女なんだが」
「照れ隠しかもね〜」
「はあ?一体何の」
「はいはい、ほら、そんな事言ってる内に取られちゃっても知らないよ」




そう言われて、再び意識を外の会話に向ける。どうやら相手はホグズミード行きだけでも誘いたいらしい。ローズは必死で断ろうとするのたが中々しつこく、口実を考えてるのか、困ったような表情をして黙り込んだ。




「取られちゃっても知らないよ」




ジェームズの言葉が頭を過ぎる。俺は何も考えずに窓から身を乗り出して名前を呼んだ。




「ローズ!」




びくっと肩を震わせてこちらを見る。詰め寄られてた時とは打って変わって無防備に間の抜けた表情に、少しばかり優越感を感じつつも、余裕を見せ付けるかのようによお、とだけ言った。

窓の桟から地上までの距離を目測だけでざっと見積もる。恐らく5mもないだろう。




「ジェームズ、悪ぃ。先帰るわ」
「うん、わかった。……って、へ、シリウス?!」
「なーにやってんだ、よ」




軽い動作で窓を飛び越え、宙を舞う。ローズの向かいに立つそいつは見覚えのある奴で、度肝を抜かれたかのように目を見開いていた。その様子がおかしく、口元が自然と弧を描く。




「7年生にもなってサボリはちょっとカッコ悪いんじゃねえの?」
「そういうお前はどうなんだ、ブラック」
「俺か?」




どうせ魔法史だしな、なんて返答は普通すぎて面白くない。俺はちらりとローズを一瞥すると、意地悪く笑った。




「まあ、魔法史なんて試験前にローズのノートをぱらぱらーっと見りゃ十分だからな」
「だ、誰も貸すなんて言ってな」
「それにだ」




頬を真っ赤に染めて必死に訂正しようとするローズをからかいたいのは山々だが、今は目の前の"敵"の排除が最優先。




「ローズとホグズミードに行くのは、俺だから」




雷に打たれたように呆然とするそいつに勝ち誇った笑みを向け、その隙にローズの腕を掴む。細い腕を一気に引っ張って、逃げるように走り去った。








無意識の内に談話室に向かっていたらしく、太った婦人に合言葉を言って中に入ると、そのままソファに倒れ込んだ。全力で走ったせいか、まだ息が荒い。普段から走って逃げる事に慣れている俺でもこのザマだ。心配になってローズの方を見ると、案の定こちらも言葉を発せない程に息が上がっていた。やりすぎたか、と少し罪悪感で胸が痛んだ気がした。




「大分走らせちまったな、悪い」




汗でべたつく前髪を払いのける。しばらくぼーっと俺の方を見ていたかと思うと、顔付きをがらっと変えて身を乗り出してきた。




「何勝手な事言っちゃってんのよ馬鹿シリウス!」
「別にいいだろ、あれくらい」
「いつあたしとあんたが約束したっていうの!?」
「んなモン口から出任せだって。いいじゃねえか、助けるための口実なんだし」
「別に助けなんて求めてない!」
「10分以上粘られてたろ?」




俺は見てたんだぞ、と言うように見下ろす。




今更だが、こう見るとローズはやっぱり小さい。頭一つ分なんか余裕余裕。何かこう、頭をそっと撫でたくなるとゆうか……

って、何考えてんだ俺!

自然と途中まで出ていた手を頭ではなく肩に乗せ、動揺している事がバレないように笑顔で隠す。




「まーまー。どうせなら一緒に行こうぜ」




きょとん、と上目使いで見つめてくるローズにまたもやられそうになる。ちくしょー。笑顔がぎこちなくなってないか不安を覚えながらも、同意を求めて笑いかける。




「な?」




耳までも林檎みたく真っ赤にして、ローズは俯きながら小さく頷いた。

内心一人でガッツポーズを決めていたのは内緒の話だ。




(「認めるよ、リーマス」)






残念ながらベタ惚れ