「なーにやってんだよ」
「……シリウス」




庭で寝転びながらぼーっと空を見上げていると、視界が黒に遮られた。青から黒へ、目に見える世界は暗くなったはずなのにどこか眩しく感じる。それは、今目の前にいるのが彼だからなのだろうか。そこまで考えて、自分がどれだけ彼を想っているのかを改めて知った。




「えらく長い考え事だったな。何回呼んだと思う?」
「さあ、5回くらい?」
「惜しい、6回だ」




口振りの割に怒ってはいないらしく、シリウスは呆れたように笑って、起き上がったあたしの髪をくしゃりと掻き混ぜた。




「俺より大事な事かよ」
「なあに、妬いてるの?」
「そこまでガキじゃねえ」




それでも、あたしが悪戯仕掛け人以外の男子と喋る度に嫌そうにしてたのは何処のどなたかしら?茶化すようにそう言うと、シリウスはバツの悪そうな顔を浮かべてそっぽを向いた。まだ子供っぽいところは多少あるが、少なくとも最近ではあたしが他の男の人と話してても、顔には出さなくなった。学生の頃から考えると大きな成長だ。




「いつまでもガキ呼ばわりすんなっての。もう20だろ、俺達」
「そうだけど、あたしはちょっと子供っぽい人の方が好きよ」
「……そうかよ」




嬉しいような悔しいような微妙な表情。こうして彼をからかえるようになったのもここ1年くらいの事だ。ホグワーツにいた頃は大いに振り回されていた。それはもう盛大に。何でそんな事をするのか、当時はいまいち理解出来ていなかったけど、今ならわかる。ころころ変わる彼の様子は見てて楽しい。一緒に暮らし始めて新たに見えた一面もある。そんな彼の全てが愛しい。もうあたし、末期かしら。




「で、何考えてた?」
「ああ、昔の事を、ちょっとね」




昔、と聞いてホグワーツを思い出したのか、シリウスははっと目を輝かせて、あたしの隣に座り込んだ。




「5年生の頃を思い出してたの」
「えーっとあれか、俺らが付き合い始めた頃」




覚えてたんだ、と思わず口から零れた言葉に当たり前、と返された。意外と思い出を大事にする性らしい。




「ねえ、覚えてる? 初めてホグズミードに行く事になった時」
「お前がレイブンクローの奴に誘われてた時だろ」
「そうそう」
「あれ、確か付き合う前じゃなかったっけか?」
「初デートには変わりないわよ」
「ま、そうだけどさ」




微かに口角が上がってる。どうやらかなりご機嫌のようだ。




「あたしあの時貰ったリング、まだ持ってるのよ」
「マジかよ」
「だって初めてのプレゼントよ? すっごく嬉しかったんだから」
「ああ、あん時のお前、顔真っ赤にしてたもんな」
「き、気付いてたの?」
「いやー可愛かったなー」




次はあたしが振り回される番だった。顔が熱い。自分から話を振っといてこんなに恥ずかしくなるなんて。ああもう馬鹿だな、とは思ったけど、不思議と嫌だとは思わなかった。




「まあなんて言うか、あれからもう何年も経ったんだよな」
「……急に老けた発言しちゃって」
「俺だってしみじみ感じたい時くらいあるんだよ」
「ほーらまたムキになってる」
「っせーな」




そうそう、このテンポ。やっぱり女が上手の方がしっくりくる。そう思ってほくそ笑んだ。




「ローズ」




綺麗に伸びたその声にはっと息を呑み、一瞬動きを止める。ただ名前を呼ばれただけだというのに、じわりと胸に響いた。そういう力を持っている声だった。




「……何?」
「あー、今まで照れ臭くて言えてなかったんだけど、さ」




頬を微かに赤く染めて、視線を逸らしながらシリウスはそう言った。あまり見た事のない姿に少し驚く自分がいて、何を言われるのか半分期待し、半分不安に思いながらも、続きを促すように顔を覗き込んだ。真剣な色をした灰色にあたしの顔が映る。次の瞬間、腕を引かれてそのまま逞しい胸に飛び込んだ。




「俺と、結婚してくれ」




結、婚。言葉の意味を理解しても、それが自分に向けられたものである事を理解するのにかなりの時間を要してしまった。いま、プロポーズ、されてる、あたしが。頭の中の処理速度はこんな感じ。でも、そんなあたしをシリウスはずっと優しく抱き締めてくれていた。




「これって、プロポーズ?」
「じゃなかったら何なんだよ」
「シリウスとあたしが、結婚?」
「他にしたい奴でもいるのか?」
「そもそもあたし達、もう一緒に住んでるわよね?」
「……タイミング見てたんだよ!」




あーもう恥ずかしいったらありゃしねえ。そう悪態をつきながらも、中々イエスと言わないあたしに不安になっているのか、腕の力が更に増していく。そんな彼にふっと笑みを零して、応えるように広い背中に手を添えて、ぎゅっとしがみついた。




「ローズ……?」
「あたしはね、あなたが思ってるよりあなたが好きなの」




だから。




「あなたと一緒に、生きたい」




彼に、そして自分に誓うように紡いだ言葉は、鮮やかな色を放ってあたし達を包み込んだ。よかった。安堵して緩みきったシリウスの声が耳元で響く。想いは言葉にするより行動に移した方が早いと思ったあたしは、腕から擦り抜けて身を離すと、そっと彼の頬に口付けた。




「おま、」
「ちょっとキスしたくなったの。いけなかった?」
「………言ってろ」
「あ、待っ、」




言葉を飲み込むように唇を塞がれ、逃れられないように後頭部と腰に手を回され引き寄せられる。触れるところから伝わる熱も、息苦しささえ愛しく思える。愛してる、なんて気恥ずかしくて言えないけれど、今は思うがままに身を任せよう。そう思ってあたしは彼の首に腕を絡めた。




左手の薬指に光るシルバーを見付けるまで、あと少し。




(I love you.)






不可視なはずの愛を見た






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